待ち時間とシェルタン君の紋章
「はあ、待っている時って、本当に時間が経つのが遅く感じるよなあ」
食事を終えてすっかり片付いたテーブルの上には、とりあえずホットコーヒーとミルク、それから手持ちのクッキーとドライフルーツが出してある。
皆、それぞれ自分のカップを取り出してコーヒーをいれて、今は食後のコーヒータイムの真っ最中だ。
「確かに時間って、あっという間に過ぎる時と、なかなか経たない時がありますよね」
「俺はここへ来てからの時間が、もう全部まとめて一瞬だった気がする」
俺の呟きに笑ったムジカ君がそう言い、シェルタン君もそう言いながらうんうんと頷いている。
「確かに、ここへ来るまではもう毎日が長くて長くて気が遠くなりそうだったけど、ここへ来てからの一日の短い事」
顔を見合わせた二人が、そう言って笑っている。
「そういえば、二人は、街にいる時の宿はどうしていたんだ?」
コーヒーを飲んでから二人を見た俺の質問に、二人が揃って笑顔になる。
「もちろんギルドの宿泊所を借りていました。従魔達は小さくなったら狭い部屋でも大丈夫だって言われたので、二階にある一人部屋をそれぞれ借りていました」
「ええ、トイレはどうしていたんだ?」
確かに彼らの従魔なら小さくなればそれ程の負担にはならないだろうが、トイレ問題は大丈夫だったんだろうか?
「鳥達は、止まり木代わりに大きめのハンガーを置いて、その下に汚れても大丈夫なボロ布を敷いてました」
「ピッピは砂場があれば良いと聞いたので、大きめの木箱に砂をもらって部屋の隅に置いていましたよ」
成る程。従魔が少なければそれくらいで大丈夫なんだ。
「でも、これからは従魔も増えてきたし、出来れば庭付きの部屋に泊まりたいなあ。宿代は高いけど頑張っちゃおうかな」
「そうだな。当分は何があっても大丈夫なくらいにジェムを貰ったから、宿はちょっとくらい贅沢しても良いかもな」
顔を見合わせて嬉しそうにそんな事を言う二人を見て、もう周りにいる全員が完全に保護者気分になって身悶えている。
何、この可愛い子達は!
「庭付きの部屋はベッドも大きいのがあるから、従魔とくっついて寝るなら絶対におすすめだぞ。何しろニニとマックスが一緒に寝られるんだからな」
まあ、場所によってはベッドの大きさが微妙で、マックスはギリギリで脚がベッドからはみ出したりする事も、あるみたいだけどさ。
笑いながらそう教えてやると、目を輝かせる二人だったよ。
「そういえば、シェルタン君の紋章を授けてもらわないといけないよな。ええと、街の神殿まで俺達が一緒に行ったら間違いなく大騒ぎになるよな。でもせっかくだから授けてもらうところは見届けたいよなあ」
「俺も、出来ればケンさん達には一緒に見届けていただきたいです!」
身を乗り出すシェルタン君の言葉に、俺達も笑顔になる。
「どうするかね? お願いすればここまで神官様に来てもらえるのかな?」
出張費を払ってでも来てくれるのならお願いしたい。もちろん、出張費くらいお祝いがてら俺が払うよ。
「ううん、さすがにここまでは来てくれないだろうなあ。ホテルハンプールなら神殿と契約しているので来てくれるから、レース直前になるが、ホテルに泊まった時にお願いすれば良いんじゃあないか?」
首を傾げながらのハスフェルの言葉に、そう言うものかと納得する。
「ええと、それで構わないかな? 早く欲しいなら何とか考えるけど?」
街へ行くのに、変装するとかは駄目だろうか? あ、それはそれで楽しそう。
若干脱線しかけた思考を無理やり引っ張り戻す。
「ええ、紋章を授けてもらえる事が確定しているんですから、それくらいなら待てますよ」
嬉しそうに笑ったシェルタン君が、そう言ってカップに残っていたコーヒーをぐいっと飲み干した。
ちなみに俺達は普段コーヒーには砂糖は入れないんだけど、彼らは甘いのが良かったらしく、最初にすごく申し訳なさそうにお砂糖が欲しいと言われて、慌てて出したんだよ。
そうだよな。コーヒーは甘い方が好きだって人もいるんだよな。
そんな感じでのんびりとコーヒーを飲みながら寛いでいると、何やら真剣な様子のシェルタン君が俺の横へ来て座った。
「あの! ケンさんにお願いがあるんですが、良いでしょうか?」
「お、おう。なんだい? 俺に出来る事ならなんでも協力するぞ」
慌てて俺もそう答えて座り直す。
「実はその、紋章についてなんですが……」
少し恥ずかしそうにそう言いながら、ベルトに取り付けた小物入れから折り畳んだ紙を取り出す。
あ。もしかして……。
思わず座り直した俺を見て、少し赤い顔になったシェルタン君がその紙を俺に向かって差し出す。
「良いのか。じゃあ見せてもらうね」
受け取ったそれを机の上に置いてそっと広げる。
そこにあったのは、予想通りに俺の肉球を使った新たな紋章が描かれていた。
やや縦長の楕円形の二重丸の真ん中に、肉球マークがしっかりと描かれている。しかも四つある指のうちの一番右側の一つが、なんと四葉のクローバーになっているのだ。
これは可愛い。
「ずっと、どういうマークが良いか考えていたんですけど、四葉が候補だったんですが、ケンさんの紋章を見てからはもうそれしか考えられなくて……厚かましいお願いなのはわかっているんですが、どうかお願いします!」
深々と頭を下げるシェルタン君の肩をそっと叩いて顔を上げさせてやる。
「良いから顔を上げて。もちろん喜んで提供するって」
笑顔の俺の言葉に満面の笑みになるシェルタン君。
そしてその後ろで、こっそり悔しがっているムジカ君を見て、もう笑いが止まらない俺だったよ。
また一人、紋章を継いでくれる子が現れたよ。うん、素直に嬉しい。
「じゃあ、紋章を授けてもらう日を楽しみにしているよ。きっと絶対に忘れられない日になるからな」
笑った俺の言葉を聞いて、シェルタン君以外の全員が大笑いになったのだった。
さて、彼の紋章授与は、どんな風になるんだろうね?