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ハンプールのギルド

 ギルドの建物に入ると、他の街のギルドと同じで、一番最初に入った部屋は、銀行みたいな仕切りのある広いカウンター式の受付が半分と、奥はいくつかの机と椅子が置いてあり、壁面にはいくつもの張り紙がしてある。

 そして、そこに座っていた冒険者ほぼ全員が、入って来た俺たちを見て一勢に立ち上がったのだ。

 しかもその殆どが武器を構えている。


「おう、ハスフェルじゃないか、久し振りだな……って、ちょい待て! お前、背後にいるそのデカいのは何だ?」

 カウンターの中にいた、案外小柄な男性が出て来てハスフェルの顔を見て嬉しそうにそう言ったんだが、途中から彼の背後にいるシリウスだけでなく、俺たちの連れている従魔一同に気付いて、目を見開いて絶句してしまった。


 ああ、完全に固まっちゃったよ。


「あの……こいつらは全部、俺と、ここにいるクライン族のクーヘンの従魔です! お願いですから武器をしまってください!」

 俺が、両手を頭上に広げて振り回しながら出来るだけ大きな声ではっきりとそう言うと、部屋中がどよめきに満ちた。

 その後、何人かの冒険者は武器を納めると、俺のすぐ側まで来てマックスを覗き込んできた。

「お前さんが噂のすっげえ魔獣使いだな。レスタムの街であんたの噂を聞いたよ。へえ、ヘルハウンドやグレイハウンドの亜種をテイムしてるって聞いて、絶対冗談だと思っていたけど、確かにこりゃあすげえや。なあ、こいつに触っても大丈夫か?」

 一番近くまで来たこの男は、どうやら犬好きだったらしく、目をキラキラさせてマックスを見つめている。

「いいですよ、でも強く毛や耳をひっぱったり、押さえたりはしないでやってくださいね」

 一応首輪を捕まえて押さえてやると、頷いたその男は、嬉しそうにマックスの首から背中の辺りを優しく毛の流れに沿って撫でてくれた。

「へえ、むくむくの毛って感じだな。それに確かに大人しい。へえ、こりゃあ凄いや」

 まるで子供のように何度もマックスを撫でながら、感激したように呟いている。

 うん、この人は絶対良い人っぽい。

「ブリック! お前は相変わらず無茶をするなあ。だけど、おかげでどうやら確かに大丈夫そうだって事は分かったよ」

 カウンターから出て来たさっきの背の低い男性は、どうやら自力で復活したらしく、俺達の少し前で立ち止まり、腰に手を当ててまじまじと俺たちを見上げた。


「少し前から、君達の事は噂になっているよ。しかし、ハスフェルとギイまで一緒とはね。知り合いなのかい?」

 話しかけられたハスフェルとギイは、揃って笑顔で頷いた。

「ああ、直接では無いが、俺たちの古い知り合いを通じてってとこだな。俺達の従魔も彼がテイムしてくれたんだぞ。ああケン、紹介しよう。彼がここのギルドマスターでエルピダ、俺達はエルって呼んでる。エル、彼がケン。ご覧の通り、超一流の魔獣使いだ」

 笑顔で差し出された右手を握り返す。柔らかいが見事なペンだこが出来た手だった。

「それから、そっちのクライン族はクーヘン。彼もご覧の通り魔獣使いだ。そして、ケンの弟子でもある」

「成る程、それで紋章に同じ意匠が入っているんですね」

 感心したようにクーヘンとも握手をしたエルさんは、ギイとも上げた手を打ちあって笑っている。

「じゃあ、とりあえず登録だけは済ませておけ」

 ハスフェルの言葉に、俺たちはエルさんの案内で受付のカウンターに座った。

「登録をお願いします」

 ギルドカードを差し出すと、受付のお姉さんが笑顔で受け取りやっぱりどう見てもポイントカードにしか見えないあの道具で、俺達のカードにハンプールのギルドの名前を追加してくれた。

「ハンプールは、ここ新市街と別にある旧市街は、少し離れているけど一つの街だからね。向こうにはギルドの分所があるけど、登録は必要ないよ」

 返してもらったカードを確認しながら、俺はクーヘンを見た。

「なあ、預かってるジェムはどうする?少しでも売るんなら、ここはクーヘンに譲るよ。俺は別に何処で売っても構わないけど、家を買うのに頭金だって必要だろう?」

「そうですね。価格に変更がないか、一度会って確認してからでも良いかと思っていたんですが、どうしましょうかね」

 困ったような俺たちの会話を聞いたエルさんが、目を輝かせて俺の腕を突っついた。

「どんなジェムがあるんだい? 何でも喜んで買うよ。レスタムや東西アポンでは、かなりのジェムを融通してくれたって聞いたよ。よかったら、うちにも何でも構わないから売ってくれないか」

 顔を見合わせた俺とクーヘンは無言の譲り合いの後、揃って苦笑いをした。

「じゃあここは私が売らせて頂きます。ええと、すごく沢山あるんですけれど、ここで宜しいですか?」

「そう来なくちゃね。じゃあ奥へどうぞ。ああ、もちろん従魔達も一緒で構わないよ」

 嬉しそうにそう言って立ち上がると、カウンターの横から出て来て、二階にある別の部屋に案内してくれた。




 そこには当然何人もの年配の人達が待っていた。多分副ギルドマスターか、ジェムの鑑定専門の人達なんだろう。

 俺とクーヘンは、並んで勧められた椅子に座った、大きな机には何枚ものトレーが積み上げられている。

「で、まず何を売る?」

 小さな声でそう聞くと、隣の椅子に座ったクーヘンは腕を組んで考えている、

「やっぱり高値がつくのは恐竜でしょうかね……あ、その前に質問しても宜しいでしょうか、ギルドマスター」

 改まったクーヘンの言葉に、後ろの爺さん達と話をしていたエルさんが振り返った。

「ああ構わないよ。何だい?」


「この街では、まだ個人でのジェムの販売は許可されませんか?」


 クーヘンのその一言に、エルさんだけでなく五人いた爺さん達までが一斉に動きを止めた。

「ほう、何故そんな事を聞く?」

 真顔になったエルさんだったが、ビビる俺に構わず、平然とクーヘンは座ったまま彼を真正面から見返した。

「私はこの後、知り合いを通じて家を購入して、近々この街で商売を始めようと考えております。クライン族の仲間の作る、細工物を売る店にする予定ですが、まあ日銭を稼ぐ意味もあって、出来れば冒険で手に入れた大量のジェムを販売したいと考えています」

 臆せず堂々と話すその様子を、俺は感心して半ば呆然と見つめていた。

「ああ、店舗を構えての販売なら、うちか商業ギルドに申請を出してくれれば良い。近々解禁される予定だよ。注意すべきは、隠れて直接取引をする、いわゆる闇取引でね、こちらは相当無茶な価格や粗悪品が出る事も多いから、正直言ってまだ警戒しているんだ」

 クーヘンが、この街で店舗を構える予定だと聞いたエルさん達は、明らかに警戒を解いてホッとした表情になった。

「気を悪くしたなら申し訳ない。ようやく沈静化したんだが、闇取引で酷い粗悪品をつかまされる人が続出してね。ギルドでも困っていたんだよ」


「なんだよそれ。ジェムの粗悪品なんてあるのかよ」

 横で聞いていて思わず呟くと、机に現れたシャムエル様が何度も頷いた。

「私達は合成ジェムって呼んでいるんだけど、見かけだけはジェムそっくりに作られた、ただの透明の石があってね。再生ガラスに色を付けたり割ったりして、いかにも本物っぽく作られているんだ、しかも、ちょっとくらいは火が付くもんだから、素人さんには買ってすぐには見分けがつかないんだよ。特にこの十年ほどは本当に酷かったんだ。だけど、これは製造の大元を絶ったからもう心配は要らないよ」

 胸を張るシャムエル様に、心配していた俺はホッと安心して小さく頷いた。

「ただね、未だに流通しているその合成ジェムがまだ沢山あるはずなんだ。だからそれを全部回収するまでは、しばらく何処のギルドでも警戒が必要なんだよ」

 ああ、そういう事か。

 買い取りに出した後、鑑定って何をするんだろうって思っていたけど、どうやら偽物が混じっていないか、調べていたんだな。そりゃあご苦労様。



「話が逸れたね。それで何を出してくれるんだい?」

 俺達の前に座ったエルさんに言われて、クーヘンは組んでいた腕を解いた。

「ではケン、トライロバイトとアンキロサウルスのジェムを出していただけますか」

「幾つあるんだい? あるだけ買い取るよ」

 身を乗り出すエルさんに、俺達の背後で立って見ていたハスフェルとギイが吹き出した。

「エル、こいつが持っているジェムを全部買い取ったら、それだけでここのギルドは確実に破産するぞ」

「本当に? それは頼もしいな……」

 半ば呆然と俺達を見たエルさんは、苦笑いして積み上げていた大きなトレーを机に並べた。

「失礼した、じゃあ、君が売っても良いと思うだけ、ここに出してくれたまえ」

「では、ブラックトライロバイトのジェムを1000個、それから亜種のジェムは500個、素材の角も1000個出して頂けますか」

 頷いた俺は、鞄に入ってくれたアクアから、トレーにガンガンと言われたジェムと角を取り出していった。

 あっという間に、机の上がジェムで埋め尽くされていった。

「それから、ブラックアンキロサウルスのジェムが100個と亜種のジェムも100個、素材の棘はいくつ要りますか?」

「500個もらっても構わないか?」

 やや引き攣った声でエルさんが言い、頷いた俺が、これまたどんどん出していく。


 まだ二種類出しただけなのに、既に机の上からあふれんばかりに積み上がったジェムと素材の山を見たエルさんが、突然笑い出した。

「いやあ、夢にまで見た光景が今、目の前に広がっているぞ。なあ、リッツ。これは夢じゃないよな」

「大丈夫だ、エル。俺にも見えてるから少なくとも夢じゃないぞ」

「だよな、いやしかしこれは凄い……」

 俺とクーヘンは無言で目を見交わしてため息を吐いた。

「第一弾はこれぐらいにしておくか?」

 俺の言葉に、エルさんと、リッツと呼ばれた爺さんが揃って振り返った。

「待て! 今なんて言った? って事はまだあるのか?」

「ええと、ブラックディノニクス、ブラックラプトル、ブラックトリケラトプス。それからブラックステゴザウルス、ブラックパキケファロサウルス、後はマイアサウラ。それぞれ亜種と素材も確保しています。どれが良いですか?」


「君達……何者だい?」

 真顔のエルさんにそう言われて、誤魔化すように笑う俺とクーヘンだった。

「いや、失礼した。創造主様が人の姿をして我々を助けに来てくださったのかと本気で思ったもんだからね。それなら、今言った全部の種類を……取り敢えず20個ずつもらおう。構わないかい?」

 クーヘンが頷くので、俺は黙って順番に取り出してやった。

 アクアは、同じジェムでも誰の分なのかちゃんと分かって管理してくれているんだって。

 いやあ、本当に感心したよ。凄いなスライムって。



「改めて感謝するよ。これだけのジェムがあれば、早駆け祭り迄に様々な準備が出来るよ。この街へ来てくれてありがとう、クーヘン」

 改めて差し出された右手をしっかりと握るのを見て、俺は後ろのハスフェル達と頷き合った。



「じゃあ、買い取り金額が確定するまで時間がかかるから、預かり明細を渡しておくから、ちょっと待ってくれるか。鑑定は明日中には完了する予定だが、代金はどうする? 現金だとちょっと凄い量になるぞ」

「あ、買い取り代金は全て私の口座に振り込んでください。そして、金額が確定してからで良いので、青銀貨を発行して頂けますか」

 ギルドカードを差し出すクーヘンに、エルさんは納得したように大きく頷いた。

「ああ、家を買うと言っていたね。了解だよ。じゃあ明後日以降ならいつでも構わないから来てくれるか」

「よろしくお願いします」


「青銀貨って何? そんな硬貨があるのか?」

 初めて聞く硬貨の名前に、振り返ってハスフェルに小さな声で聞くと、彼は笑ってクーヘンを見た。

「ギルド発行の青銀貨、つまりミスリル硬貨を持っているという事は、支払いの安全性をギルドが保証するという意味なんだよ。大口の取引などの際には必ず用いられる、いわば取引専用の信用保証硬貨って所だ」

「成る程ね。そりゃあこれだけのジェムを持ってるなら、ギルドも保証してくれるわけか」

 感心していたら、ジェムを奥の机に運び終えたエルさんが戻って来た。


「なあ、それよりさっきから思っていたんだが、君達、その従魔で早駆け祭りに参加してみないか? 参加受付が明日までなんだよ。参加してくれるなら、今すぐにでも受付するよ」

 目を輝かせてそんな事を言うエルさんに、俺達は揃って吹き出して一斉に手を挙げた。

「もちろん参加するぞ!」

 見事に全員の声がハモり、その場は拍手と大爆笑に包まれたのだった。


 よっしゃ!

 噂の早駆け祭りに参加決定だ!

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