到着
「へえ、綺麗な街なんだな」
バルコニーから眺めるハンプールの街は、建物も大きく道も広い、港を行き交う人も多く活気に満ちあふれていた。
「じゃあまた、まずは冒険者ギルドかな。クーヘンはどうするんだ?」
振り返った俺は、隣に立つクーヘンの姿を見て思わず絶句した。
「誰?……ああ、そっか! そうだよな。ここはお前のホームタウンなんだもんな。あはは。びっくりしたあ」
そう、クーヘンは、初めて会った時のクライン族のおっさんの姿に戻っていたのだ。
「驚かせて申し訳ありません。まあ、この街でならクライン族でも変な目で見られる事は殆どありませんからね」
「そっか、なんだか変な感じだけど、話したらクーヘンだって分かるよ。すぐ慣れるって。ごめんよ」
俺達は、困ったように顔を見合わせて笑い合った。
「私も一旦ギルドに宿を借ります。それから例の家の持ち主の所へ行ってみます」
「そうだな。ええと、俺達はどうしたら良い? 確認したら、三人揃って開店資金に協賛する気満々なんだけどさ」
「有難いですが、本当によろしいのですか? 正直言って全く新しい店ですから、一年で閉店……なんて可能性もありますよ」
「そんなに簡単に諦めるのか?」
「まさか、やる以上は石にしがみついてでもやり遂げてみせますよ」
あんまり情けない事を言うので、態と煽るような言い方をしてやると、簡単に煽られたクーヘンはムキになって言い返してきた。
そうそう、そうでなくっちゃな。
「だったら、やる前から失敗する心配なんかするんじゃないよ。やると決めたんなら、如何にして成功させるかを考えろよ」
そう言って笑って背中を叩いてやると、態とらしい悲鳴を上げたクーヘンは、大きな深呼吸をして俺に向き直って右手を差し出した。
「ありがとうございます。貴方に最大限の感謝と尊敬を。クライン族に伝わる教えにこのような言葉があります。お前の事を信じてくれる人が一人でもいる限り、決して諦めるなかれ。信頼は何よりの財産である。とね。今まで、正直言ってこの言葉の意味をあまり気にしたり、深く考えたりした事は有りませんでしたが、今はその意味を思い知りました。ありがとうケン。私は決して貴方を裏切りません」
「そんなに真面目に改まって言われると、なんだか照れるな。まあ、程々にな。ベリーも言ってたろう。自分で管理出来るだけの誠実な商売をしろってな。確かにその通りだよ。ちゃんとした商売をしていたら、お客はついて来てくれるさ」
「そうなら良いのですがね。でも、やる限りはそう簡単には諦めませんよ。自分にどこまで出来るのかは分かりませんが、とにかくやれる限りの事をしますよ」
「おう、その意気だ」
笑ってしっかりと握手を交わした俺達は、お互いに照れたように笑い合って二人揃って誤魔化すように外を見た。
「若いって良いな」
「そうだな。希望を持って、新天地で新たな道を進もうとする彼らに、我らからの加護を贈ろう」
ハスフェルが重々しい言葉でそう言って、目の前で複雑な印を切った。それと同時に、右肩にいたシャムエル様も小さな姿で不思議な印を切り、頷いたギイもまた違った印を切った。
俺達の耳元で、軽やかな鈴のような音が一瞬聞こえてすぐに消えた。
「あれ? 今のはなんだ?」
思わず振り返ると、にっこりと笑ったハスフェルとギイ、そして俺の右肩の定位置に戻ってきたシャムエル様は三人揃って、満面の笑みだったのだ。
「何だよ。どうしたんだよ?」
「何でもない。仲が良くて良いなって思っただけ」
シャムエル様の言葉に、肩を竦めた俺達は、従魔達を迎えに厩舎へ向かったのだった。
これ、あとで何だったのか詳しく聞いたんだけど、なんだか凄い加護を頂いちゃったらしいです。俺達……。
客室警備担当の偉いさん直々の案内で、俺達はまた、一般客とは別のデッキから港に降り立った。
街に入る時も、ギルドカードを出せば、特に何も言われずあっさりと街に入ることが出来た。ハスフェル達に聞くと、普通は、街に入る為にかなり並ばされるので、こんなに簡単に入れるのは、やっぱりあの乗船券の威力だろうと言われた。
すげえな、VIPカード。
そう、俺はこの乗船券を密かにVIPカード、と呼んでいるのだ。
時間に余裕が出来たら、このVIPカードを使って、豪華客船でのんびり船旅をしてみるのも良いかも。なんて考えたのは……内緒です。
受付を出て港の広場みたいなところに出ると、一斉に俺達の周りから、またしても人がいなくなった。
「おい、あれ……恐竜だよな」
「うわあ、鞍が乗ってるって事はあれに乗るのかよ」
「凄い、どうやってあんな大きな魔獣や恐竜をテイムしたのよ」
「テイマー、いや魔獣使いか。凄えな」
「ほら、あの後ろの恐竜を連れてるのって、クライン族じゃないか。初めて見たけどクライン族に魔獣使いがいるのかよ」
俺達を見て、周囲の群衆は好き勝手に言い合っている。一応声は潜めているつもりなんだろうけど、正直言って俺の耳にはまる聞こえだ。
どうやらシャムエル様ったら、洞窟でフランマを探した時に俺の目と耳をパワーアップさせたまま、解除するのを忘れていたらしい。
大丈夫なのかと聞いたら、問題が起こってる様子はないから様子見なんだと。良いのかよ、神様がそんな適当で。
うん。まあ知ってたけどな。シャムエル様って大雑把だもんな。
そのまま俺達は、クーヘンの案内でまずは冒険者ギルドに向かった。
ハンプールの新市街は、新しい街だと言う通りに白い石造りの建物も綺麗だし、何よりも区画整理が行き届いているらしく、どこも道路が広くてとても綺麗で歩きやすかった。
港から続く一番の大通りだと言う広い道を進むと、街の中心地の一つである中央広場に突き当たる。
東アポンの中央広場よりもかなり広く、真ん中には何と、大きな水場があって綺麗な石造りの土台の噴水が設けられていた。
「ここが新市街の一番の中心地である中央広場、別名噴水広場です。向こうの通りが朝市が並ぶ通り、その隣は食品通りです。反対側には道具屋や武器屋、馬具屋や鞄屋などの職人達の店が並んでいます」
クーヘンの説明を聞きながら歩いていた俺達は、その噴水広場に出てきた途端に起きたどよめきと悲鳴、水が引くように一斉に俺達の前から人がいなくなるのを見て、立ち止まって頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「またかよ。もう毎回毎回ここまで怖がられると、本気で切なくなるって」
「諦めろ。そのうち慣れてくれるさ」
ハスフェルに背中を叩かれて、俺は大きなため息を吐いて立ち上がった。
「こんなにも良い子達なのになあ。全く、またしてもホラ見て良い子だぞ作戦実行かよ。お前達、よろしく頼むぞ」
「もちろんです。我らに任せてください」
マックスの頼もしい返事に、俺はむくむくの太い首の横を少し掻いてやった。
「ああ、頼りにしてるからな」
ワンと元気に吠えるマックスを見て、俺は思わず笑顔になるのだった。
「それで、ギルドがあるのはどの通りなんだ?」
「こっちです、商業ギルドも並んでありますので、私はそっちにも登録します」
「そうだな、ここで商売をしたいと考えているなら、商業ギルドへの加入は必須だろうな」
「はい、今なら資金も有りますし、両方に登録しても問題ありません」
「あれ? 登録料以外に何か掛かるのか?」
「商業ギルドは登録が一年から十年単位での更新なんです。なので、一年の登録にすると、次の年にまた、規定の更新料が必要になります」
「面倒なんだな」
「まあ、これは毎年一回、きちんと商売をしているかの確認の意味もありますので、仕方ありませんよ」
「へえ、色々あるんだな」
感心したような俺の呟きに、クーヘンも苦笑いして何度も頷いていた。
のんびりとそんな話をしながら広場をそのまま通り抜けようとしたのだが、周りの人たちは俺達から3メートルくらい離れて取り囲むようにして無言で見つめていて動こうとしない。だが、俺たちが少しでも前に進むと一斉に下がるのだ。しかしすぐに後ろが詰まってしまい、また止まってしまう。
そんな感じで、先程から全く前に進めなくなってしまった。
立ち止まった俺達を、最前列の人達が、ガン見している。
しかし、その視線の大半は、従魔達に対する恐怖というよりも、未知のものに対する好奇心が全開で、従魔達が何かする度にどよめきと囁きが起こり、俺達は中々噴水広場を通り抜ける事が出来ずにいた。
「見世物にでもなった気分だな」
「全くだ。あからさまに怖がられるのも切なかったが、こうも好奇の大注目を集めると、本当に見世物になった気分だよ」
俺の呟きに、隣を歩いていたハスフェルも笑って小さくそう呟いた。
「これ、一番の理由はやっぱり恐竜だって事だよな。ってか、絶対ブラックラプトルのデネブのせいだと思うなあ」
苦笑いしながら、俺が振り返ってそう言うと、俺の後ろにいたギイはわざとらしく傷ついた顔をしてデネブの首に抱きついた。
「んな事言うなよ、可愛い奴なんだぞ」
デネブに抱きついたギイを見た周りから、大きなどよめきが起こる。
クーヘンがちょっと考えてチョコの首にそっと抱きつくと、またしてもどよめきが起こった。
「ほら見ろ、やっぱりそうじゃないか」
笑った俺が二人を突っつくと、二人揃って俺とハスフェルを見て口を尖らせた。
「俺達の従魔だけじゃないと思うぞ。じゃあお前らもやってみろよ」
顔を見合わせた俺とハスフェルは、当然とばかりにマックスとシリウスの太い首に揃って抱きついた。
さっきと変わらない大きなどよめきが起こり、俺達は揃って大きく吹き出した。
「ごめん、前言撤回します。見られていたのは俺達全員だな」
揃って大笑いして、もう気にせず広場の人混みを押し切り、広い道を通り大きな建物に到着した。
「ようやくの到着ですね。ここが冒険者ギルドですよ」
到着したその建物は、縦にも横にも広い、かなり大きな建物だった。
「もちろんここのギルドマスターも知り合いだ。紹介してやるから来ると良い」
平然とそう言ってハスフェルとギイが建物に入っていくのを見て、俺とクーヘンも慌てて後を追って、ギルドの建物の中に入って行ったのだった。