名前問題と昼食
「それで、その後は頑張ってこの子達をテイムしたんです。今回、念願だった猛禽類のオオワシまでテイム出来て、本当に嬉しいです……」
話し終えたムジカ君は、少し照れたみたいに笑って自分の従魔達を順番に撫でていたんだけど、不意に肩にいたオオワシを撫でていた手が止まり、突然妙な声をあげて頭を抱えた。
「ええ、どうしたんだ? どこか痛い? それとも気分でも悪くなったか?」
慌てて駆け寄り抱き上げるようにして助け起こしてやると、俺を見たムジカ君が情けない声をあげて俺に抱きついてきた。
「ケンさ〜〜〜〜ん!」
「おお、大丈夫か? ええと、体調不良って万能薬で治るかな?」
割と本気で心配しながらそう言うと、ムジカ君は俺に縋りついたまますごい勢いで首を振っている。
見る限り顔色もいいみたいなので、どうやら体調不良ってわけではないみたいだ。
「なあ、本当に大丈夫か?」
具合が悪いんでなければ、急に様子がおかしくなったのはどうしてだ?
訳が分からなくて心配になって俯く顔を覗き込むと、半泣きになったムジカ君が俺の腕に縋ったまま悲鳴のような声を上げた。
「やっちゃいました! 名前〜〜〜〜!」
一瞬何の事を言っているのか分からなくて手が止まったが、グレーのオカメインコが俺の目の前に飛び出してきたのを見て堪えきれずに吹き出してしまった。
「も、もしかして、名前ダブった!」
「うああ〜〜〜やっちゃいました! ちょっと嬉しすぎて、以前猛禽類をテイムしたらつけようと考えていた名前を、そのままつけちゃいました! オカメのジュジュをテイムした時にすっごく格好良いって思って、猛禽類用に考えていたジュジュって名前をつけたのに〜〜〜!」
その情けない悲鳴に、ちょっと二人の過去を聞いて妙な雰囲気になっていた皆も一斉に吹き出す。
「うああ、ごめんよ〜〜〜!」
オカメインコのジュジュと、オオワシのジュジュを並べて必死に謝るムジカ君。
「ええと、これって……今更だけど変更出来たりする?」
思わず、小さな声で俺の右肩に座っていたシャムエル様に聞いてみる。
「一応、ご主人から従魔への命名は一度きりなんだよね。まあ、この場合はどちらかをちょっと変えた名前で呼ぶのがいいんじゃない? ケンだって、決めた名前じゃあなくて愛称で呼んでいる子がいるでしょう? そんな感じでさ」
笑いながら尻尾のお手入れを始めたシャムエル様の言葉にもう一回吹き出す。
ちなみに、ムジカ君の従魔のダブルジュジュちゃん達は、名前がダブったと言っても特に怒っている様子はなくて、平謝りしているご主人の事を若干呆れた表情で見ているだけだ。
「なあ、どうして欲しい?」
地面に土下座せんばかりに凹んでいるムジカ君を見て、俺は小さな声でジュジュちゃん達にそう尋ねる。
「そうですね。私の方が後輩ですから、私に何か別の愛称をつけてくださればそれで良いと思いますが?」
従魔にとって、ご主人がくれた名前というのは言ってみれば絶対のものなので、他の誰かと同じでも気にならないみたいだ。
オオワシのジュジュがそう言って困ったように笑っている。
「ほら、そうなんだってさ。何か考えてやれよ」
苦笑いした俺は、まだ腕に縋り付いているムジカ君の頭を軽く叩いてからそっと腕を外してやる。
「従魔達は、別に貰った名前がダブっていても気にしていないみたいだよ。オオワシのジュジュが、別の愛称で呼んでくれればいいってさ」
「ええ、そうなんですか?」
驚いたようにそう言って顔を上げたムジカ君は、慌ててオオワシのジュジュを自分の腕に改めて留まらせてやる。
「いただいた名前は、大切な私だけの名前です。でも他と同じで混乱するのなら、私の呼び名を変えていただけばいいですよ。それも私にとって大切な名前になりますので」
ムフッ、って感じにちょっと頬を膨らませたオオワシのジュジュの言葉に、他の従魔達も笑っている。
「じゃあ……ジャムってどうだ? ジュジュとジャムなら間違わないだろう?」
「ああ、いいですね。では、ジャムとお呼びください」
嬉しそうに目を細めてそう言ったジュジュ改めジャムは、軽く羽ばたいてムジカ君の指を甘噛みした。
「ご主人は、おっちょこちょいの慌てん坊さんですね。次からは間違わないように、先に名前を決めておいてあげてくださいね」
「ごめんなさい! 気をつけます!」
もう一回謝るムジカ君の言葉に、俺達も遠慮なく大笑いになったのだった。
「さて、じゃあ無事にスライムとオオワシをテイム出来たところで昼にするか。ちょっと遅くなっちゃったけどさ」
なんだかタイミングを逸して言えなかったけど、多分、全員腹が減ってる。
笑ってそう言った俺の言葉に、何故か全員から拍手が起こる。そうだよな。やっぱり腹減ってたよな。
「ああ、確かに昼過ぎてますね。じゃあ食べようか」
ムジカ君とシェルタン君は、顔を見合わせて背負っていたリュックから水筒と携帯食を取り出した。
そのまま食べようとするのを見て慌てて止める。
「いいよな? 一緒でも!」
振り返りながらハスフェル達の方を向いてそう言うと、また全員揃って拍手をしてくれた。
「なあ、せっかくだから一緒に食べようよ。美味いぞ」
鞄から大きな折りたたみ式の机を取り出す俺を見て、二人の目が驚きに見開かれる。
「じゃあ色々出すから好きに食ってくれよな」
笑っていつものサンドイッチや揚げ物中心に色々取り出して並べる。それを見たランドルさんやリナさん達も、一緒になって色々と出してくれる。
ムジカ君とシェルタン君は、揃って俺を見てから並んだ料理の数々を見た。
笑顔で頷いてやると、二人は揃って感激の歓声を上げていたよ。
「そうだ。頑張る二人に俺からの応援の贈り物だよ。ほら、手を出して」
現金を渡すのはちょっと違う気がしたので、俺は大量に持っている収納袋の在庫から収納力五十倍で時間遅延も五十分の一の収納袋を二つ取り出した。
「ええ! それってもしかして、収納袋ですよね!」
二人の驚く声が揃う。
「うん、大量にあるから遠慮なく貰ってくれていいぞ。多分、俺が持っているより活用してくれるだろうからさ」
呆気に取られて俺を見つめる二人の手に、それぞれ収納袋を持たせてやる。
「い、いいんですか?」
「これって、これってすっげえ高いやつですよね!」
慌てる二人に、俺は笑顔で頷いてやる。
「バイゼンの地下洞窟で、これが大量に出てさ。たくさんあるから遠慮しないでいいんだってば」
押し返そうとするのを笑って止めながらそう言ってやると、二人は揃って顔を見合わせてからすごい勢いで俺に向かって頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
「このご恩は一生忘れません!」
「だから遠慮しなくていいって! ほら、好きなのを取って食べてくれよな。ここでの決まりは一つだけ。お皿に取ったものは残さない事!」
目を輝かせる二人の背中を叩いて、料理の方へ向き直らせてやる。
「ありがとうございます!」
「ではいただきます!」
速攻持っていた携帯食をリュックに戻した二人に、俺は笑ってお皿を渡してやる。
目を輝かせてサンドイッチを取る二人を見て、俺もいつものタマゴサンドを二切れお皿に取ったのだった。