ムジカ君の事情
「さっき、少し話しましたよね。俺のひいばあちゃんが草原エルフだったって」
驚く俺達を見て、苦笑いしたムジカ君が自分の普通の人間と同じ耳を引っ張りながらそう言って肩をすくめる。
「あ、ああ……確かに、さっきそう言っていたね」
戸惑いつつ頷く俺に、ムジカ君は大きなため息を吐いた。
「家族の中で、俺だけがこんなに小さくて……暴力こそ振るわれた事はなかったけど、なんて言うか母さんや二人の兄貴はちょっとよそよそしいところがあって、正直言って、俺だけ違うってずっと思っていました。ひいばあちゃんが草原エルフだったってのは、小さい頃に俺の親父から聞いた話なんですけど、もちろん俺はその人に会った事もないし、親父以外の人からそのひいばあちゃんの話を聞いた事もありません。子供の時は素直に信じていたけど、今はその……親父が俺の背が低い事に理由をつける意味で嘘を付いてくれたのかなあとも思っています。その、本当の事なのかどうかは分からないんです」
いい親父さんじゃないか。そう言いかけた俺を見て、ムジカ君は泣きそうな顔になった。
「その親父は、俺が十歳になる前に事故で亡くなりました。農作業中に暴走した牛に跳ね飛ばされたんです」
「そ、それは大変だったね……」
御愁傷様って言い方が、この世界にあるのか分からなかったので、とにかくそう言ってムジカ君の背中をそっと撫でる。
「そうしたら、その後……急に母さんと二人の兄達が、何故か全員が俺に対してその……無視というか、いないものとして扱い出して……食事が無かったり、服を捨てられたりし出したんですよ」
「ええ、なんだよそれ!」
「見かねた近所の婆さんが教えてくれたんですが、実は俺って、母さんの子じゃあなかったらしいんですよ。要するに、親父がその……」
「つまり、お父さんが別の女性と、って事?」
言いにくそうにしている事を、代わりに言ってやるとムジカ君は困ったように頷いた。
「その通りです。俺が生まれた時、それでもう大騒ぎになったらしいんですよね。結局母さんは俺を引き取ってくれた。でも、親父が死んで我慢出来なくなったみたいです。それでまだ動けるうちにって思って、自分から家を出たんです。その時に持ち出せたのは、父さんの形見のこの短剣とマントだけです。それでそのまま一番近くのターバラの街まで、三日がかりで水だけ飲んでひたすら街道を歩きました」
驚きに言葉もない俺達を見て、ムジカ君は笑って首を振った。
「シェルタンと同じで、俺も銅貨の一枚も持っていませんでしたからね。ようやく到着した街だったのに、城壁にいた兵士に金が無いなら駄目だって言われて、結局街へ入れてもらえなくて途方に暮れたんです」
「ええ! ムジカ君はお金を貸してもらえなかったんだ!」
思わずそう言うと、ムジカ君は困ったように頷いた。
「ターバラの街は、元々あまり治安が良くないんですよね。なので、浮浪児は街へ入れない決まりだったみたいです」
地図を頭の中に思い出してターバラの街の位置を理解した俺は、シャムエル様が、確かレスタムの北側の街道は治安が悪いって言っていたのを思い出して遠い目になる。
「最悪、城壁の外で野宿する覚悟だったんですが、ちょうどその時に、外から帰ってきた冒険者らしき人達を見つけて必死になって声を掛けたんです。自分は風と水の術を上位まで使えるんだけど、冒険者になりたいので一緒に街へ入れてもらえませんか! 街へ入るお金がないんです! って言って袖にすがりついたんです」
「それは喜んで連れて行ってくれただろう。術を上位まで扱える奴は冒険者にとっては貴重だからな」
聞いていたハスフェルが、感心したように頷きながらそう言ってムジカ君を見る。
「はい。証拠だって言って、簡単に地面の穴に水を出した俺を見て、その冒険者達は俺を連れて一緒に城門を通ってくれました。しかも俺の分の通行料まで払って。それでそのまま冒険者ギルドへ連れて行ってもらって、その場で冒険者登録したんです。その時に、俺もいくらか金と防具をギルドから借りました。その後、俺を連れて行ってくれた冒険者の方達がそのまま指導役についてくださって、冒険者の基本的な事を教えてくれたんです」
揃って拍手する俺達に、ムジカ君は困ったように笑った。
「でも、ターバラの街は言ったように治安が悪くて、子供の冒険者は色々と問題に巻き込まれたりするんですよ。俺も街にいたら人攫いに襲われて、仕方がないので術で返り討ちにしたら、後日また別の男達に襲われたんです。その時はもう本当に死ぬかと思ったんですよね。相手に火の術を使う術師がいて、はじめて術を使う人と対峙したんです。怖くて怖くて、必死になって水で火を消しながら逃げ回っていたら、偶然俺の放った水の塊がその術者に正面から当たって気絶させる事が出来たんです」
「お、おう、それは怖かったな」
思わずそう言うと、ムジカ君は泣きそうな顔で頷いた。
「それでなんとかその場は逃げられたのでギルドに駆け込んで相談して、まだ見習い期間中だったんですが、紹介状を持ってレスタムの街へ行ったんです。そこでヘクターさんって上位冒険者の方に色々と助けてもらいました。郊外でジェムモンスター狩りにも何度も同行してくださって、それでなんとか借金を返せました」
まさかのここでヘクターの登場に、笑顔になったよ。
「おお、ヘクターには俺も世話になったんだよ。相変わらず、面倒見がいいんだなあ」
俺の言葉にムジカ君が満面の笑みで頷く。
一応、俺がヘクターに世話になった話をしてやると、ムジカ君は嬉しそうに笑って教えてくれた。
「ヘクターさんから、貴方の事を少しだけですが聞きました。それで、俺もテイマーになりたいなって思ったんです」
少し恥ずかしそうにしつつもそう言ったムジカ君は、自分の肩に留まっていた鳥達をそっと撫でた。
「そうしたら、それを聞いたギルドマスターがギルドの書庫を開放してくれて、テイムに関する本を必死になって探しました。一冊だけあったんですが、あまり詳しいテイムの仕方なんかは載っていなくて……でもその後、郊外へ行った時に偶然弱っていたこの子を見つけて、ダメ元でテイムしてみたら成功したんですよね」
そう言って示したのは、セキセイインコのジェムモンスターであるメイプルだ。
「ああ、そうだったんだ。良かったな」
笑って俺もムジカ君のメイプルをそっと撫でてやった。
「その後、メイプルの案内でセキセイインコのジェムモンスターの発生場所に行って、シロップをテイムしました」
そう言って撫でたのは、黄色の羽色のセキセイインコだ。
嬉しそうなその言葉に、俺達はもう一度揃って拍手をしてやったのだった。
ううん、二人とも辛い境遇の中にあってもグレもせずに頑張る良い子すぎて、ちょっとおじさんは涙腺が崩壊しそうだよ。