シェルタン君の事情
「ね、無茶苦茶でしょう? 切断系の武器無しにスライムと戦ったら、最悪、口や鼻を塞がれて窒息死する事だってあるのに、棒だけ持ってスライムと戦うなんて、知らないって最強ですよね」
驚きすぎる衝撃の告白に声もない俺達を見て、ムジカ君がそう言ってスライムを撫でながら笑っている。
「いやいや、これそんな笑うような話じゃあないよな。そもそも父親から暴力って……いや、父親がわりって事は、お母さんが再婚したの?」
母親の話が出なかったので、恐る恐るそう尋ねると、シェルタン君は首を振った。
「母親はいません。顔も知りません。あのクソ親父とは血が繋がっていないんだって事は、何度も殴られるたびに本人の口から言われていたので知っているけど、じゃあどうして俺をあいつが引き取って手元に置いていたのか、理由は知らないです。あのクソ親父は元々冒険者だったらしく、引退した後も村の護衛役を担っていたんですよね。だから、俺の事は村の皆も知っていたんだけど、誰も親父に意見出来なかったみたいです」
苦笑いするシェルタン君の言葉に俺達も納得する。
意見したら間違いなく暴力で返される武器を持っている元冒険者。そりゃあ村の人も見て見ぬ振りをするか……。
だけど、それはそれで辛いものがある。
すると、シェルタン君は、そんな俺達を見て笑って自分の体を叩いた。
「村のゴミ置き場に置かれていた、腐りかけの残飯がお前の飯だっていつも言われて、無理矢理食わされて腹を壊した事は数知れずです。でも、だんだんそのゴミ置き場に置かれていた残飯が、何故か新しいものになっていたんですよ。村の人達が俺の事を知ってそうしてくれたみたいで、無理にゴミを食わされることはなくなりました。そのあとは、クソ親父の目を盗んで、作りすぎたからって言って俺に小さな木箱に弁当を作って届けてくれた近所の婆ちゃんや、残ったから食えって言って夜中に食堂へ呼んでくれた、村唯一の食堂のおじちゃんのおかげで、ここまで大きくなれました。他にも、こっそり子供の古着をくれるおばさんや、字や計算を教えてくれた人もいたんです。まあ、古着はクソ親父に破かれて捨てられた事もありましたけど、ちゃんと拾って繕いましたよ。俺、裁縫が得意なんです」
恥ずかしそうにしつつもそう言って笑うシェルタン君の言葉に、もう俺達の方が泣きそうになっている。
「だから、あのクソ親父の事は大嫌いだし死ぬほど軽蔑しているけど、村の人達には感謝しています。それで、村から逃げ出した後に初めてスライムをテイムして、そのスライムを連れて街道をひたすら歩いて東アポンの街へ到着したんです。当然、着の身着のままだったのでお金なんて銅貨の一枚も持っていませんでしたからね。正直に事情を話したら、門番の兵士の人が街へ入る為のお金を立て替えてくれたんです。それでそのまま冒険者ギルドへ連れて行ってくれました。そこで初めてテイマーとして冒険者登録したんです。その時にお金をギルドで借りたので、今頑張って返しているところです」
スライムのスイミーとピンキーを撫でながらのその言葉に、驚く俺。
「ええ、ギルドでお金を借りるって……ドユコト?」
思わずハスフェルを振り返ってそう聞くと、彼だけでなくギイや他の皆も納得したように頷いている。
「ケンは、初めて冒険者登録をした時点で魔獣使いになっていたから、少なくとも金には不自由していなかっただろう? だが、彼のように事情持ちで半ば逃げるようにして冒険者登録する子供は実は多いんだ。なので、ギルドではそんな人の為に、登録した時点でギルドが必要と判断すれば、無利子無担保無期限で生活費程度だが金の貸付を行なってくれるし、場合によっては中古の武器や防具の貸し出しも行っているんだよ」
「一応、初めの数ヶ月で最低一割程度は金を返済するのが条件で、その間はギルドから監視員という名の指導役が付いて、最低限の仕事の紹介をしてくれるんだ。まあ、それでも金や装備を持ち逃げする奴はいるが、たいていはすぐに捕まっているな。ギルドの情報網を甘く見るなって」
笑ったハスフェルとギイの説明に何だかすごく納得したよ。確かにギルドのネットワークというか、冒険者間の協力体制なんかも、すごくしっかりしているもんな。
こっちの世界でお世話になったあれやこれやを思い出して、すごく納得した俺だったよ。
「そっか。そんな救済制度があるんだ。それで今返済中なんだ」
「はい、装備を買うのにも追加でお金を借りたので、全額返すのは大変なんです。でも、今は完済するのが目標です」
少し恥ずかしそうに笑うシェルタン君の言葉に、とうとう俺の涙腺が決壊した。
「よく頑張った! よく生きていたな! そして、ちゃんとそんな中でも頑張って自分で自分の道を切り開いたんだから、君は偉い! 偉いぞ!」
俺はそう言って、腕を伸ばしてシェルタン君を正面からしっかりと抱きしめてやった。
それを見たマックスやニニをはじめとする従魔達が、一斉に集まってきて俺ごとシェルタン君をもふもふの海に沈めた。
「ふああ、なんだよこれ! 最高〜!」
赤い目をしながらも、俺が手を離すと嬉しそうにそう言ってニニに抱きつく彼を見て、俺の涙腺がさらに大決壊したのは当然だよな。
「ああ、良いな。俺も混ぜてください!」
すると笑ったムジカ君がもふ塊の中へ乱入してきて、従魔達が、特に巨大化したお空部隊の面々がムジカ君を嬉々として集中攻撃して、歓喜の海に沈めていたよ。
しばらく笑ってもふもふの海を堪能していたら、今度はムジカ君が俺のブランに抱きつきながら俺を見た。
「俺も実を言うとそこまで酷くはないんですが、似たような境遇なんです。だから彼と会って意気投合したんですよね」
少し恥ずかしそうにそう言って笑うムジカ君の言葉に、それぞれの従魔を撫でていた俺達の手が止まる。
「ええ? まさかムジカ君も虐待を受けていたの?」
すでに泣きそうになっている俺の質問に、ムジカ君が自分の境遇を話してくれたんだけど、また衝撃の告白で、俺達は揃って驚きの声を上げる事になったのだった。