スライムをテイムしよう!
「じゃあ、追い出すから頑張ってな」
マックスに乗ったまま、俺は地面に落ちていた小石を引き寄せ、茂みに向かって思い切り投げつけた。
一瞬静まり返った茂みから、一気にスライム達が飛び出してきた。
「ピンク見つけた!」
シェルタン君が、そう叫んで自分の方へ跳ね飛んできたスライムを剣で吹っ飛ばす。
「クリアー来た!」
ムジカ君も同じように叫んで、同じく握った剣でスライムを吹っ飛ばした。
おお、あれはホームラン級の当たりだぞ。
シェルタン君が弾き飛ばしたスライムは、すぐ近くの木にぶち当たってそのままずり落ちていったが、ムジカ君が吹っ飛ばしたスライムは、木の隙間を通ってかなり遠くまで飛んでいってしまった。
「おいおい、本当にホームランになったぞ。どうするんだよ」
苦笑いしながらそう呟いて、スライムが吹っ飛んでいった方を見る。
しかし、見ているとパタパタと飛んでいったムジカ君の従魔のオカメインコのジュジュちゃんが、なんとノックアウトしたスライムを掴んで連れてきてくれたのだ。今は少し大きめの姿になっている。
「ジュジュ、ありがとうな」
嬉しそうに笑ったムジカ君が、ジュジュちゃんからソフトボールサイズのスライムを受け取り、自分の目の前に持っていく。
「俺の仲間になれ」
しっかりと力を込めてそう言った瞬間、スライムはピカッと光って彼の手から落ちて地面に転がった。
「はあい! 貴方に従います!」
可愛らしい子供の声でそう答えたスライムを、ムジカ君が嬉しそうに改めて両手ですくい上げる。
「お前の名前はキララだよ。よろしくな、キララ」
「わあい、名前もらった!」
嬉しそうにそう言って跳ね飛ぶキララを、ムジカ君は嬉しそうにそっと両手で掴んで持ち上げた。
「紋章はどこに付ける?」
優しい声でそう尋ねると、周りにいた俺達のスライムが、一斉に集まってきて見事に整列した。
当然、全員が自分の上側に刻まれた紋章を見せるかのように伸び上がっている。
「皆と同じところにお願いします!」
同じくらいにビヨンと伸び上がったキララの答えに、笑ったムジカ君が手袋を外した右手をそっとキララの頭上にかざした。そのままそっと押さえる。
一瞬光ったそのあと、手を離せば彼の紋章である小さな花模様とその真ん中に描かれた千鳥模様のような、可愛いちょっと鳥っぽい紋章が刻まれていた。
「うん、羽毛とはまた違ったこのぷよぷよな手触りもいいな」
ムジカ君は嬉しそうにそう言って、笑いながらスライムをおにぎりにして遊び始めた。
「きゃ〜握られちゃった〜〜〜」
どう聞いても嬉しい以外に聞こえない悲鳴を上げたキララの声に、あちこちから笑いが起こる。
うん。ムジカ君は、見る限り声にもしっかりと力が入っていたし、これなら大丈夫だろう。
そこまで考えて、俺は慌てて周囲を見回した。シェルタン君はピンククリアーを捕まえたはずだが、あっちはどうなったんだ?
「あ、いた……」
見つけたシェルタン君は、さっき跳ね飛ばしたスライムがぶち当たった木のすぐ側に、こっちに背中を向けて立っている。
しかし、地面にスライムがいるはずだが木に駆け寄るわけでもなく、何故か少し離れた場所に立ち尽くしている。
何かあったんだろうか?
俺は慌ててマックスをその側に行かせようとしたが、やや早足で進んだマックスは、彼からまだ少し離れた場所で急に立ち止まった。
「ご主人、彼はなんだか凄く緊張しているように見えますね。死角から急に近づくと、驚いておそらくパニックを起こすでしょうから、ゆっくり前から近付きますね」
やや緊張した声でそう言ったマックスは、音を立てないようにゆっくりと大回りして、シェルタン君の前側まで回り込んだ。
「あ……」
正面から彼の顔を見て驚きに咄嗟に声が出ない。
確かに、マックスの言う通りで、明らかに不自然なくらいに緊張している。
額には小さな汗がびっしりと浮き上がっていて、やや呼吸も早い。
ハアハアと口で呼吸をしている彼を見て、無理そうならここは止めたほうがいいかと思ってマックスから降りようとしたその時、大きく息を吸ったシェルタン君は、すごい速さで地面に転がっていたスライムを文字通り鷲掴んだ。
指の隙間からスライムがはみ出しているくらいの力の入れっぷりで、下手をしたらそのまま握りつぶしそうな勢いだ。
「お、俺の仲間になれ!」
さっきまで話していた声とは全く違う、明らかにひっくり返ったかのような素っ頓狂な声でそう言ったが、スライムは反応しない。
まあ、当然だろう。声にほとんど力が入っていないからな。
「お、お、俺の、俺の、仲間になれ!」
さっきよりは若干落ち着いたように聞こえるが、それでも駄目だ。
それどころか、掴まれたまま垂れ下がっていたスライムが急に彼の腕にまとわりつき始めた。
明らかに支配から脱して抵抗しようとしている。
「おいおい、何事だ?」
これは止めた方が良さそうだと思ったんだけど、突然シャムエル様が彼の右肩に現れたのが見えて思わず足が止まる。
「大丈夫だよ。落ち着いて。君に酷い事をする人はもういないからね」
慰めるかのような優しい声でそう言ったシャムエル様が、よしよしって感じに彼の頬を撫でてから、一瞬で俺の右肩に戻ってきた。
「ええと……?」
どう聞いたらいいのか分からずに困っていると、大きく深呼吸をしたシェルタン君が、顔を上げて胸を張った。
「俺の仲間になれ!」
今度の声は、明らかに力がこもっていた。
ぎゅっと力を入れて、抵抗するスライムを握りしめる。
プルプルと震えていたスライムは、急に動きを止め彼の手に丸くなって戻った。
「はい、貴方に従います!」
ピカっと光ったピンククリアーのスライムの返事を聞いて、俺だけでなくほぼ全員の口から安堵のため息がもれた。
そのままころんと手から落ちて地面に転がる。
「あ、ありがとう。俺の従魔になってくれてありがとうな。お前の名前はピンキーだよ。よろしくな。まだ俺、自分の紋章が無いんだ。だからもうちょっと待ってくれよな」
「はあい! じゃあピンキーは紋章を刻んでくれる日を楽しみに待ってま〜〜す!」
ビヨンと伸び上がってシェルタン君にキスするように一瞬だけくっついたピンキーは、嬉しそうにそう言ってスイミーのところへ転がっていった。
そのままヘナヘナと地面に座り込んだシェルタン君は、いきなりその場にうずくまって泣き始めた。
「シェルタン!」
ムジカ君が慌てたようにそう言って駆け寄り、彼の体を抱きしめるみたいにして何度も背中を撫でてやる。
「よくやった。お前は立派なテイマーだよ。すぐに魔獣使いになれる。大丈夫だ! 大丈夫だ!」
どうやら彼の事情を知っているらしいムジカ君の言葉に、俺達は顔を見合わせて、とにかく彼が泣き止むのを黙って待ったのだった。