郊外への出発とピッピの頑張り!
「まあいいや。じゃあとりあえず、一度このまま郊外へ出てみようか」
俺はそう言ってムジカ君とシェルタン君を見た。
一応、こうして見る限りシェルタン君自身に何か問題がある風ではないので、能力の開花問題については今のところ様子見だな。
なんなら、郊外へ出た時点で、スライムか草食系のジェムモンスター辺りを一度俺達の前でテイムさせて見てもいいかもしれない。
もしかしたら、それで問題点が何か分かるかもしれないからさ。
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします! 魔獣使いの紋章が欲しいです!」
目を輝かせる二人に俺達も笑顔で頷き立ち上がる。
それぞれの騎獣に鞍を載せ、手綱を引いて建物の外へ出る。
よく晴れた空を見上げて一つ深呼吸をした俺は、俺達の背後にいたムジカ君とシェルタン君を振り返った。
ちなみにムジカ君の騎獣であるエミューのミューは、今はダチョウサイズに大きくなっていてその背にはランドルさん達が使っているようなやや深めの椅子タイプの鞍を載せている、首に通したリング状の首輪には手綱が取り付けられている。
そしてシェルタン君の騎獣であるウサギのピッピは、大型犬サイズよりもさらに一回り大きくなっているが、何故かその背に鞍は無く、首輪に取り付けたやや長めの手綱があるだけだ。
「ええと、シェルタン君、ピッピに載せる鞍は? もしかしてまだ作っていないのかい?」
まだ早駆け祭りまで若干余裕はあるが、すでにこれだけ大騒ぎになっている街に、今から騎獣用の鞍を買いに行くのは至難の業だろう。
心配になってそう尋ねたんだが、シェルタン君は俺の質問に何故かにんまりと笑って首を振った。
「ご心配いただきありがとうございます。でも大丈夫ですよ。俺に鞍は必要ないんです」
何故かドヤ顔でそう言われて、俺だけでなくハスフェル達やランドルさん達、リナさん一家も揃って不思議そうにしている。
「じゃあ、せっかくなのでお見せしますね。ほらピッピ、乗せてくれるか」
得意そうにそう言って笑ったシェルタン君は、大きくなったピッピの横に立った。
「はあい、どうぞ乗ってくださ〜〜い!」
嬉しそうにそう言ったブラウンホーンラビットのピッピは、伏せをするようにやや小さくなる。
すると、シェルタン君はその背中によじ登ってなんと手綱を手に立ち上がったのだ。
ちょうど背骨の上、肩甲骨の間の辺りに足を置いて立ち上がったそれを見て、俺達の目が驚きに見開かれる。
そんな俺達を見て、ピッピの背の上に立ち上がったままのシェルタン君がまたしてもドヤ顔になる。
「こうすれば、まあ多少は揺れますが普通に乗れるんですよ」
そう言ってゆっくりとピッピを歩かせる。
確かにピョンっと一気に跳ねるのではなく、トコトコって感じに歩くその様子は、意外なくらいに安定していてそれほどの揺れもなく見える。
だけど、そのままの体勢で走るのは絶対に無理だろう。
そんな俺達の顔を見て、エミューのミューに乗ったムジカ君が吹き出す。
「大丈夫ですから行きましょう。ええと、ここからなら普段俺達が使えない方の城門から出られますね」
「ええ、じゃあ行きましょうか」
ムジカ君の言葉に、小型のポニーのノワールを厩舎から引いてきたマーサさんが笑顔でそう言って頷く。
ギイとオンハルトの爺さんも、厩舎に置いていたエルクのエラフィとブラックラプトルのデネブを引いてきてその背に飛び乗った。
「へえ、そんなのがあるんだ。じゃあもしかして俺達も普段から使えたのかな?」
いつも街に直結する街道から出入りしている俺は、少し考えながらそう呟く。
「一応、普段街の人が出入りする城門の横に、もう一つ貴族専用の城門があるんですよ。その城門から伸びた道は、そのまま途中で街道と一緒になります。あの地に別荘をお持ちのケンさんなら、お使いいただいても問題ありませんよ。契約の際、敷地内のことを一通りご案内した際に説明したんですが、覚えておられませんか?」
マーサさんに驚いたようにそう言われて、思わず無言になる。
「ええと……ごめん。確かに言われてみれば、契約の後にオプションをお願いした際に、なんか色々聞いたような気がするけど、正直言って全然覚えてません!」
いっそ開き直ってそう答えると、何故かマーサさんに呆れられた。
改めて詳しく話を聞いたところ、あの家の鍵を持ってその貴族専用の城門へ行って登録すれば、専用の通行証をくれるらしい。これは一応個人の権利なので、マーサさんのお店では依頼があればもちろん手続きの代行をしてくれるけど、基本的にノータッチらしい。
「ええと、じゃあ、手続きをお願いしてもいいですか? もちろん手数料は払いますので!」
せっかくなので、マーサさんにそうお願いしておく。すぐにやってくれるらしい。
聞けば、早駆け祭り前後は貴族の別荘地は出入りが特に厳しく制限されるらしいので、見物客に取り囲まれるリスクはかなり軽減されるんだって。
それは、俺的にはすっごく有り難いので、是非とも利用させていただこう!
俺もマックスの背に飛び乗り、従魔達も一瞬でいつもの定位置に着く。
そのままのんびりとマーサさんの先導で噂の城門へ向かった。
「ああ、確かにいつもの街道から見えていましたね」
ちょっと見覚えのある大きな城門を見上げて納得したようにそう言って頷く。
あれは、業務用の大きな設備や巨大な建築資材なんかを通すための緊急用の城門かと思っていたが、どうやら貴族専用の城門だったみたいだ。
意外に広い道をのんびりと進んで街からかなり離れたところで街道と合流した。
そのあとはハスフェルとギイの案内で街道を外れて緑の草原や森の中を抜けていった。
ちなみに、街道を外れるまではずっと並足程度の速さだったんだけど、当然街道を外れて草原に出た時点で一気に加速した。
俺は、シェルタン君がどうやっているのか心配になって彼を振り返って、驚きに目を見開く事になったよ。
彼はさっきと同じくピッピの背に立ったまま長めの手綱を握っているんだけど、その彼を乗せたピッピの走り方が、以前俺がラパンに乗せてもらった時のようにピョンと一気に飛び跳ねるのではなく、顔を前に向けて上半身をやや起こした状態で、ほぼ後ろ足だけで飛び跳ねているのだ。顔も真っ直ぐ前を向いて安定しているので、言ってみればその首元に立っている彼も若干揺れはあるけどそれほどの衝撃が無い状態になっているんだよ。
「へえ、ウサギってあんな走り方が出来るんだ」
初めて見るその走り方に思わずそう呟くと、マックスの首元のカゴの中にいたウサギトリオが揃って笑い出した。
「確かに普通はあまりしない走り方ですね。あれは言ってみれば、ピッピがご主人を上手くその背に乗せる為に開発した走り方のようですよ。教えてもらいましたので、後で試してみましょうね」
「そっか、ピッピが頑張って考えたのか」
感心したように笑ってそう言い、走るマックスの首元をそっと撫でてやった俺だったよ。
ああ、どの子も本当にご主人の事が大好きな良い子達だよな!