大事な話の始まり
「だからごめんって、拗ねないでくれよ〜〜」
二度も自分を見分けてもらえなかったムジカ君のメイプルは、彼の右肩に留まったまま、フン! って感じにわざとらしくそっぽを向いて拗ねている。
「だからごめんって。なあ、機嫌直してください」
困ったようにそう言って腕を伸ばし、そっとメイプルを掴んで顔の前に持ってくる。
もちろんそっと包むみたいにごく軽く握っているだけだから、メイプルも無抵抗だ。そして顔の前で、改めて両手で包むようにして覗き込む。
「もう、ダメなご主人ね」
仕方がないなあと言わんばかりに彼を見て笑ったメイプルの言葉に、突然驚いたようにムジカ君が目を見開く。
「ええ! ねえ、今、今もしかしてこう言った? もう、駄目なご主人ね、って?」
その言葉に、メイプルが軽く羽ばたいて甲高い声で鳴く。
「ご主人! やっと聞き分けてくれるようになったのね!」
「うん、メイプルの言葉が分かるよ。ええ! 凄い!」
目を輝かせたムジカ君が、俺がいつもしているように両手で捕まえたメイプルに何度も頬擦りをする。
「ご主人、私も〜〜〜!」
「ああ、ずるい。私もしてくださ〜〜い!」
その様子を見ていた彼の他の従魔達が、慌てたように羽ばたいて飛んできて、彼の肩や頭の上に留まる。
「うわあ、お前らの言葉も分かるよ。待って、順番にね!」
これ以上ないくらいの笑顔になったムジカ君の言葉に、黙って見ていたハスフェル達やランドルさん達も、揃って拍手をしてくれた。
「ああ、確かに俺もこんな感じで、初めてこの子達の言葉が聞き分けられた時には大感激したよなあ」
うんうんと頷きながら、ランドルさんが嬉しそうにそう言って笑っている。
「確かに、俺も初めて言葉が分かった時には大感激だったもんなあ」
この世界へ来て初めての時、巨大化したマックスとニニに押し倒された時の事を思い出して、俺もこれ以上ない笑顔になったのだった。
「ええ〜〜〜! お前だけずるい〜〜〜!」
呆然とムジカ君と鳥達のやりとりを見ていたシェルタン君が、唐突に我に返ってそう叫ぶ。
「へっへ〜〜〜ん! 凄いだろう!」
メイプルを肩に戻してやりながら、振り返って自慢げに胸を張るムジカ君。当然だけどドヤ顔だ。
「うう、悔しい。俺も早く魔獣使いになれるように頑張ろう! なあ、まだお前らの言葉は分からないけど、俺の言ってる言葉は通じてるんだよな!」
シェルタン君は悔しそうにそう言って、自分のスライムのスイミーとブラウンホーンラビットのピッピを交互に撫でた。
「もちろん分かってるよ〜〜〜!」
「ピッピも早くご主人とお話ししたいで〜〜す!」
撫でられた二匹の言葉を俺が通訳してやると、シェルタン君はもう最高の笑顔になって二匹を抱きしめていたのだった。
「じゃあ、せっかくだから、座ってくれよ。それで、ここへ来た目的であるちょっと詳しい話をしようか」
興奮がおさまったところで改めてそう言い、二人にもソファーに座ってもらい俺達も大きなソファーに適当に分かれて座る。
一応昨夜のうちにハスフェル達が、この広いダンスホールみたいな何もない部屋に、倉庫から予備のソファーとテーブルをいくつも運び出して並べてくれていたので、俺達全員が座ってもまだ余裕がある。
「はい! よろしくお願いします!」
目を輝かせて俺の正面に座った二人が、声を揃えてそう言って頭を下げる。
「やる気があって結構。だけど、俺から教えてあげられるのは、多分君達が期待しているような事じゃあないと思うよ」
笑った俺の言葉に、二人が揃って首を傾げる。なんだよその可愛いシンクロ率は。
「だって、多分君達が期待しているのは、実際に具体的にどうやれば強い従魔を従えられるのか、とか、どうすれば自分がもっと強い魔獣使いやテイマーになれるかとか、そういう事だろう?」
当然とばかりに揃って頷く二人を見て、俺は小さなため息を吐く。
「そういう意味では、期待外れでごめんよ。そんなの、俺の方が知りたいくらいだ」
「ええ、史上最強の魔獣使いが何を仰るんですか!」
「そうですよ。実際に、これだけの従魔を従えておられるのに!」
驚く二人の言葉に俺は苦笑いして、俺が座っているソファーのすぐ後ろでもふ塊になっている従魔達を振り返った。
「確かに、今では史上最強の魔獣使いなんて言われているけど、もっと強い従魔をたくさん連れた魔獣使いがもしもいたら、喜んで史上最強の名をお譲りするよ」
「ええ……?」
またしてもシンクロしている二人を見てから、俺は笑ってすぐ後ろにいるマックスの頭を撫でてやった。
「このマックスとニニは、もっと小さい頃から俺と一緒にいる、文字通り俺の家族であり相棒だった子達だよ。故郷を離れて旅立った時も、世間知らずでヘタレな俺をしっかりと守ってくれた最高の護衛でもある」
俺の話を二人は目を輝かせて聞いてくれている。
「その後に仲間になったのが、まずこのスライム達、アクアとサクラ、それからファルコだ」
「あ、五匹ですからそれで魔獣使いになったんですね!」
目を輝かせる二人の言葉に苦笑いしつつ頷く。
「俺は神殿じゃあなくて、その時ちょっと色々あって知り合ったお方に、直接魔獣使いの紋章を刻んでいただいたんだ」
まさかシャムエル様に刻んで貰ったとは言えずにそこは誤魔化しておく。
「そうなんですね。でもあれ……刻んでもらう時って、冗談抜きで死ぬほど驚きましたよね?」
笑いを堪えたムジカ君の言葉に、シェルタン君以外の全員が揃って吹き出す。マーサさんもクーヘンからその辺りの事は聞いていたみたいで、一緒になって大笑いしていたよ。
「ええ? その話をするとムジカは毎回笑うんですけど、一体何があるって言うんですか?」
一人事情が分かっていないシェルタン君の言葉に、またしても大笑いになる。
「まあ、それは自分が紋章を刻んで貰う時の楽しみに取っておくといいよ。大丈夫だよ。絶対に忘れられない事になるからさ」
笑いを堪えた俺の言葉に、首を傾げつつも素直に頷くシェルタン君だった。
さて、素直に話を聞いてくれるこの子達に、まずはどこから話すべきかな。