事件の後
「こ、このような事態を招き、大変申し訳ございませんでした」
客室警備担当の偉い人と、船長の両方から何度も何度も謝られて、正直もう帰りたくなっていた。
どうやら、部屋付きの執事だったアンディーって奴が、獲物を見繕って強盗団を手引きして臨時スタッフとして船に乗せていたらしい。
自分が被害者になる事で、容疑を免れていたらしく、今までにも数回似たような強盗事件が起こっている事から、余罪を追及するのだと言われた。
知るか、そんな事。
「もういいです。俺達、朝飯も食ってないんですよ。もう部屋に戻って良いですか? それとも、やっぱり部屋変えてもらった方が良いですか?」
うんざりした様子を隠そうともせずにそう言うと、船長がまたしても深々とお辞儀をした。
「はい。室内の清掃は済んでおりますので、どうぞお戻りください。捜査へのご協力感謝致します」
これも正直言うと、ランクが下がっても良いから別の部屋が良かったんだが、従魔達の事を考えると、生半可な部屋では周りに迷惑を掛けるからな。
で、結局、室内を改めて清掃してもらう事で話がついた。
「じゃあ戻りますね。執事さんはもう結構ですから」
「かしこまりました。大変申し訳ありませんでした!」
またしても声を揃えてそう言われて、俺達は顔を見合わせて大きなため息を吐いてとにかく部屋に戻った。
結局、あの後事情聴取みたいな事をされてしまった上に、警備担当と船長が揃ってお詫びに来たもんだからお陰で食事に行き損ねてしまい、それら全部が終わる頃には、太陽は頂点に近くなるような時間になっていた。
全く。俺の一泊二日の優雅な船旅の予定を根こそぎめちゃくちゃにしてくれやがって!
部屋に戻ると、バルコニーには心配そうなマックス達従魔一同が待ち構えていた。
「お前らは掃除中はどうしていたんだ?」
バルコニーへ出てマックスの首をしっかりと抱きしめて聞いてやる。
「私達は、皆で奥の厩舎へ入って待っていました。騎獣担当だと言う方が来てくださって、私達に随分と丁寧にブラシをかけてくださいましたよ。それから綺麗な水も出してくれました。特に何か酷い扱いを受けたりはしてませんからご安心を」
「そっか、それなら良かった。じゃあ、俺たち飯食ってくるよ。まだ朝から何にも食べてないんだ」
笑ってマックスとニニを撫でてやり、皆に手を振って部屋に戻った。
腹が減ったと騒ぐ二人には手持ちのガッツリ肉系のサンドイッチ色々とコーヒーを出してやり、俺は、逆に腹が減りすぎて気分が悪くなってきた為に、海老入りのお粥を出して食べていた。
「はあ、お粥美味しい……」
さっきの事件の事は、考えたら本気で怖くなるので、もう忘れる事にしたい。羽交い締めにされて首元に抜き身のナイフを突き付けられるとか、冗談でも嫌だよ。俺にそんな趣味はありません!
ハスフェルからもらったハンバーガーの欠けらを齧りながら、シャムエル様が心配そうにそんな俺を見ている。
「大丈夫? ケン。ちょっと顔色が悪いよ」
「そりゃあ、この距離で人が持つナイフを見たらさ、やっぱり怖いよ。今になって実は足が震えてきてたりするんだよ」
誤魔化すように笑ったんだけど、実はさっきから手も震えてる。だけど、それには気づかない振りをした。皆もおそらく気付いているんだろうけど知らん振りをしてくれた。
「本当に、君は争い事が嫌いなんだね」
何か言いたげなハスフェルとギイを横目で見て、食べるのを止めたシャムエル様がそう言った。
「嫌いってか慣れてないからな。だけど、俺だって売られた喧嘩は買うよ。黙って苛められるつもりも殺されるつもりもない。だけど……やっぱり武器を使っての生身の戦いは、正直言って嫌だな」
「まあ今回は本当に災難だったよ。こんな事は早々無いから安心してくれ」
「そうである事を切に願うよ」
ギイの言葉に残りのお粥を平らげながら、俺はもう今日何度目か数える気も失せたため息を吐いたのだった。
寝室は、相談の結果、部屋に近い側を俺とクーヘンが使い、バルコニーに近い側をハスフェルとギイが使う事になった。
結局、午後から俺は寝室で少し休ませて貰った。
大丈夫だと思っていたんだが、正直言って精神的なダメージは自分が思っている以上にかなりデカかったんだよ。
動悸と手足の震えはいつまでも続き、ちょっと自分のヘタレ具合が情けなくなった程だ。
寝室のベッドは大きなキングサイズで寝心地は抜群だった。だけど、俺は一人では広すぎるベッドに転がったまま眠る事が出来なかった。
心配したベリーとフランマ、それからタロンとスライム達、小型サイズになった猫族軍団と草食チームが揃って寝室へやって来て、皆で俺に添い寝をしてくれた。まあ、ベリーはベッドの横で見ていただけだけどね。
猫サイズに小さくなった従魔達とフランマのふかふか尻尾、それから草食チームの柔らかな毛皮に包まれて、俺はいつのまにかぐっすりと眠っていたのだった。
目を覚ました時、カーテンの引かれた窓の外は真っ暗になっていた。
「うわあ、俺寝すぎ。ありがとうな。もう大丈夫だぞ」
一緒に添い寝してくれた子達を順番に一匹ずつ抱きしめてやり、それぞれに違う手触りを堪能する。
部屋には、いつの間にかランタンが置かれていて、小さな火が灯っているのに気付いた。
「ベリーがつけてくれたのか? ありがとうな」
床に足を折って箱座りするみたいにして座っていたベリーに声を掛けると、嬉しそうにこっちを見て立ち上がって首を振った。
「これは少し前にハスフェルが届けてくれました。目が覚めた時に、真っ暗は気の毒だからってね」
「あはは、心配かけちゃったな。もう起きるよ。腹が減った」
何があっても人間腹は減る。食べられる時はちゃんと食べろ。
これは俺が小さい時に亡くなった爺さんの口癖だった。今ならその意味がよく分かるよ。うん食べる事は、生きる上でも絶対に重要だよな。
身支度を整えて剣帯を締める。黙って腰の剣を一度だけ撫でると、顔を上げた俺は壁の金具にかけてあったランタンを消してリビングに出る。
俺に気付いた三人が、心配そうに揃ってこっちを振り返った。
「大丈夫か?」
様子を伺うようなハスフェルの言葉に、肩を竦めた俺は笑ってわざと軽い口調で答えた。
「心配かけてごめんよ。もう大丈夫だよ。腹が減って眼が覚めるって、子供かよってな」
「食べられるのなら良い事だ。しっかり食べろ。どうする? 持って来てもらうか? それとも、レストランを見に行ってみるか?」
「行きたい行きたい」
笑ってそう言うと、三人も笑って立ち上がった。
ソファーで寛ぐ従魔達に留守番を頼んで、俺達は夕食を食べに行った。
見に行ってみると、船内のメインのレストランは超豪華なバイキングスタイルで、入る時に入り口でチケットを買う仕組みらしい。
居酒屋とはかなり違う豪華な料理が並んでいて、見ているだけでちょっとテンションが上がったよ。
肉はスタッフが待っていて、好みを聞いて焼いてくれるみたいだし、奥にはカクテルっぽいのを作っている人もいる。おお、ここで酒も飲めるんだ。
「じゃあここにするか」
そう言ったハスフェルが、持っていたチケットを入り口のスタッフに渡している。
「あれ? いつの間にチケットを買ったんだ?」
不思議に思ってそう尋ねると、笑って紙の束を差し出した。
「船長が束でくれたぞ。船舶ギルド発行のチケットだから、どの船でも使えるそうだ。期限は無いからまた船に乗ったら使ってくれとさ。これはお前の分だよ」
単語帳サイズに分厚いチケットの束を渡されて、遠い目になった俺は間違ってないよな?
自分では作れないような手の込んだ豪華な料理をたらふく食べ、その後は、これまた居酒屋で飲むのとはちょっと違う酒を飲んで、ゆっくりと優雅な夕食を楽しんだ。
部屋の一角では、楽器の生演奏なんかもやっていて、気を紛らわせるには中々良かったよ。
食後は散歩を兼ねて船内を少し歩いて周り、デッキに置かれた椅子に座ってのんびり星を眺めたりもした。
なんだかあっという間の船旅一日目は、最後はこうして穏やかに過ぎていったのだった。
そして、船室に戻った俺たちは、早々に解散して休む事にした。
「もう大丈夫だから、気を使わないでくれよな」
寝室に入る時に、ハスフェルにそう言うと、苦笑いして背中を叩かれた。
「おやすみ」
「おやすみ」
いろんな想いを込めた挨拶だった。
「お疲れ様。なんだかとんでもない一日だったね」
ベッドサイドにシャムエル様がいて、俺はベッドに座って装備を脱ぎながら、笑ってふかふかの尻尾を突いてやった。
「夕食の時は来なかったけど、腹は減ってないか?」
「うん、大丈夫だよ、明日の朝はご一緒させてもらうからね」
「で、どこに行ってたんだ?」
ちょっとジト目で見てやると、目を逸らしたシャムエル様は、誤魔化すように笑った。
「一応さ。ちゃんと取り調べされているか、確認しておかないとね」
「それで?」
「まあ、さっき船長が言っていたのでほぼ間違ってないよ。手引きをした執事の彼は、動物が大嫌いなんだって。本来のターゲットは、ハンプールから王都インブルグまで乗る別の貴族一行だったらしいんだけど、従魔を連れた君達が、突然乗って来て我慢出来なかったらしい。あの強盗団の男に騙されたんだとか言って騒いでいたけど、どう考えても自業自得だよね。罪はきちんと償ってもらわないとね」
「動物嫌いで犯行に及ぶって、なんか情けねえな」
「だね、ちょっとみっともなさ過ぎ」
顔を見合わせた俺達は、もう一度、大きなため息を吐いたのだった。