講習会場見学会!
「へえ、確かにこれくらいの方が俺も落ち着く気がするなあ」
到着した建物は、確かにしっかりとした石造りの建物なんだけど、本当に装飾が最低限だ。
普通なら、これでもかってくらいに蔓草模様や幾何学模様が掘り込まれる事が多い建物の壁面も、ちょっとした小花や動物が彫られている程度で積み上がった石がそのままの場所が多い。まあ、石はツルツルに磨かれているから普通に綺麗なんだよ。
どちらかというと、これは俺の元いた世界の建物の壁に近い。例えて言うなら、細やかな装飾の入ったおしゃれな明治時代の石作りの建物って感じだ。
色合いも全体にグレーと茶色が主流なので、ベルサイユ宮殿みたいな金銀ピカピカな華美な装飾が主流のこっちのお屋敷と比べると、明らかに地味だと言われるのも頷ける。
「へえ、良い趣味じゃあないか」
「確かに、これは趣味人が建てた屋敷だというのも納得だな。うん、悪くないぞ」
玄関から建物の中に入ってすぐの広い、いわばエントランスホールを見て、ハスフェルとギイが感心したようにそう呟いている。
「ふむ、確かに良い建物だな。隅々にまで建てた人のこだわりが見てとれる。おお、これはルーシティの山で採掘される希少鉱石の白玉石か。ほとんど濁りのない良き石ではないか」
一面に張られた乳白色の床の石を見て、オンハルトの爺さんが嬉しそうにそう言ってしゃがみ込む。
顔が映りそうなくらいにツルツルに磨かれた床の石は、一見すると大理石っぽい。
「へえ、希少鉱石って事は、珍しい石なのか」
残念ながらそういった方面の知識は皆無なので、ここは素直に質問する。
「そうさ。この石は正式には純白玉結晶石。通常はやや黄色味がかった白い石で、瑪瑙のような細い縞模様が全体に出るのだが、時にこのように模様の無い乳白色のみの石が取れる。非常に硬く割れにくいので建築材、特に床石としての人気が高い。この床を見ただけで、かつてのここの主人がどれほどの趣味人であったかが窺い知れるという事だよ」
目を細めたオンハルトの爺さんの詳しい説明に、マーサさんがうんうんと嬉しそうに頷きながら笑っている。
「私がしようと思っていた説明を全部されてしまいましたね。そうなんです。この建物はこんな感じでどこもかしこもこだわり抜いた最高の素材が使われています。ですが言ったように装飾などは最低限な為に、ここを買ってくれそうな資金のある貴族の方には不人気なんですよね」
「ええ、良い建物だと思うのになあ」
割と本気で感心しながら天井を見上げる。
アーチ状に梁が渡された天井はドーム状になっていて、教会の天井みたいでとても綺麗だ。
しかも、天井部分に近い場所に採光用なのだろう幾つもの嵌め殺しの小さな窓があって、ちょうど今の時間は全部の窓から光が入っていてとても明るい。
「では、中を案内しますね」
感心する俺達を見て何故か嬉しそうなマーサさんがそう言い、彼女の案内で屋敷の中を一通り見て回る。
一階の北側には大きな厨房と湯室があって、東側にはダンスホールかと言いたくなるくらいの広い部屋や、食堂と思しき厨房に近いこれまた広い部屋を始め、広い部屋がいくつもある。
二階は主人の為と思われる広い部屋以外にも、客室と思しきベッドのある部屋がこれまたいくつも並んでいた。
確かにこれなら、俺達が全員泊まっても余裕の部屋数だ。
しかも、どの部屋もシンプルな造りなのに明らかに相当な金がかかっているのが俺でも分かるような、なんとも贅沢な作りになっていたのだ。
例えば、部屋の壁一つとってもツルツルに磨かれた大理石みたいな石の壁もあれば、綺麗な布が一面に張られた部屋もある。
その壁の模様はどれもとても手の込んだ模様で、俺の元いた世界ではイギリスの、なんて言ったっけ……ウイリアムモロス、あれ? モリスだったっけ? なんかそんな感じの名前の、装飾デザイン画みたいな感じだ。
置かれている家具も明らかにどれも手の込んだ造りになっていて、部屋を見るたびにリナさん達も大感激していたし、目を輝かせたオンハルトの爺さんの解説に皆感心して聞き入っていたよ。
さすがは鍛治と装飾の神様、知識の量が半端ないっす。
そんな感じで一通りに部屋の見学を終えた俺達は、一階へ戻ってまずは講習をする部屋を決めた。
一番広い、あのダンスホールみたいな部屋だ。
講習といっても、資料を前に座って勉強するのと違って、俺が話をするのがメインだからね。
実際に自分の従魔達と触れ合いながら、話を聞いた方がいいだろうと考えたからだ。
それにここでなら、従魔達も一緒に入っても広いからのびのびと過ごしてもらえるだろう。
って事で、見学しているだけでかなりの時間が経ってしまったので、街へ戻るマーサさんとクーヘンを見送った俺達は、今日はこのまま従魔達も一緒にここに泊まる事にしたよ。
ちなみに、俺達が建物の中を見学している間に従魔達は広い庭を一通り確認してくれてる。
一応ベリーが一緒に行ってくれたので、勝手に敷地の外へ出る事はないだろう。多分。
「じゃあ、夕食の準備をしてくるから、適当にくつろいで待っていてくれるか」
まずはそれぞれ泊まる部屋を決め、リビングにしようと決めた二階の広い部屋に集まったところで俺がそう言うと、アーケル君達が慌てて自分の収納袋を見せた。
「買い置きがまだまだありますので、提供します! ケンさんは明日に備えてゆっくりしてくださいよ」
「そうですよ。俺も提供しますから、ゆっくりしてください」
笑ったランドルさんに続きハスフェル達も頷いてくれたので、お言葉に甘えて今夜は皆の買い置きや俺の作り置きを色々出して好きに取る、いつもの食べ放題スタイルになった。
俺はおにぎりが食べたかったので色々と取り出しつつ、明日から始まる新人講習会が無事に終わりますようにと、いつもの味見ダンスを嬉々としてカリディアと一緒になって踊っているシャムエル様に向かって、こっそりと祈っておいたのだった。
一応神様なんだから、これはお願いして良い案件だよな?