お屋敷改め講習会場へ行くぞ!
「へえ、最後の一人は女性なのか」
「女性で、従魔達に暴力を振るうってか?」
横から机の上に広げた書類を覗き込んだハスフェルとギイが、少し驚いたようにそう言っている。
「みたいだな。うああ、もしかしてディアマントさんみたいな筋骨隆々な人が来たらどうしよう」
思いっきり情けなさそうな俺の呟きを聞いた二人が豪快に吹き出す。そして、どうやら他の皆もディアマントさんの事を知っていたみたいで、遅れて全員が吹き出した。
「そりゃあ困ったなあ。もし、あんなのが来たら……まあ、その時はその時だな。頑張れ」
「おう、全然解決になっていない助言をありがとうよ。だけどさあ。万一、従魔じゃあなくてこっちに暴力を振るわれるような事があったら、どう考えても俺如きでは抵抗出来ないだろうから、その時は対応よろしく!」
対人戦は、ましてや女性相手なんて俺には絶対に無理なので、ここは素直に助けを求めておく。
「そうだな。万一そんな事があればその時は俺達に任せろ」
「まあ、万一にも理不尽な暴力を振るうような奴が相手なら、俺達は女性でも容赦はしないさ」
にんまりと笑った完全に悪人顔なハスフェルとギイを見て、思いっきりドン引きした俺だったよ。
ううん、レニスさんって人が話の通じる人である事を心から願うよ!
一応、もらった書類は一通り全員目を通してもらい、まずはマーサさんとクーヘンにも加わってもらって、明日の新人講習の段取りを確認する。
「朝食の後、私が講習を受ける人と従魔達を連れて用意した郊外の屋敷へ行きますから、ケンさんや皆さん方には先にその屋敷へ行っておいて欲しいんですよね」
「ああ、確かにそうだな。ええと、じゃあ今日は特に予定は無いし、一度その屋敷へ行ってみて庭や部屋を一通り確認してみても良いですか? どこで話をするか、なんかも決めておきたいし」
「それなら、よければ泊まっていってくださいな。一応、予備の鍵をお渡ししておきます」
俺の言葉に頷いた笑顔のマーサさんが、自分の収納袋から重そうな金属製の輪っかが付いた鍵束を取り出して差し出してくれた。鍵束の中の一つには楕円形のプレートが付いていて、俺が持っているここの別荘の玄関を開ける鍵と変わらないくらいの大きさがある。多分、あれが玄関で、他は倉庫やそれぞれの部屋の鍵なんだろう
「良いんですか? 大事なものなのに」
「もちろんです。ああ、私も同じものを持っていますからご心配なく。こっちは、講習が全て終わるまでどうぞケンさんが持っていてください。これがあれば、いつでも自由に屋敷に出入り出来ますからね」
笑顔のシャムエル様もうんうんと頷いてくれたので、お礼を言って鍵束を受け取る。
これは、俺が自分で収納しておく事にした。
「じゃあ、暗くならないうちに一度その屋敷へ行きましょうか。ええと、じゃあ……呼び名は講習会場って事でどうだ?」
「ああ、屋敷と呼ぶと他の屋敷と混同する可能性もあるな。良いじゃないか。講習会場。じゃあそれでいこう」
笑ったハスフェルの言葉に、皆も笑顔で頷いてくれたよ。
って事で、従魔達も全員引き連れて、マーサさんの案内で屋敷改め講習会場のある場所へ向かう。
この辺りは、新市街の南側に広がるマーサさんの自宅がある高級住宅地のさらに奥側になり、俺の別荘がある貴族の別荘地を挟んだ反対側になる。行き来をするにしても、意外に近くて便利そうだ。
「この辺りは、言ってみれば大貴族が先祖代々所有しているような古い屋敷ばかりですからね。私の家がある辺りとは、屋敷の大きさも敷地の広さも桁違いですよ」
キョロキョロとお上りさんよろしく好奇心丸出して周りを見ている俺に気づいて、笑顔のマーサさんが教えてくれる。
「なので、普通ならこの辺りの屋敷が売りに出される事はほとんど無いんです。あってもまあ……大抵が訳ありなので、そうそう売れませんからね」
苦笑いして肩をすくめるマーサさん。確かに、俺があの別荘を買った時にもそんな事を言っていたね。
「今から行く屋敷は、とにかく広いんですが、以前の持ち主だった人が華美な装飾を好まなかったせいで、他の屋敷に比べると、かなり地味な造りなんですよね。それで人気が無くてね。なので今は貸出用の屋敷として使っているんです。まあ、無駄に置いておくよりは良いですからね。維持費程度にはなりますよ」
カラカラと笑ったマーサさんは、そう言ってもう一度肩をすくめた。
「個人的には、あれくらいの内装の方が落ち着く気がするんですけれどね。貴族の人の考えている事は一般人には分かりませんよ」
「ああ、確かにそうですよね。大抵の貴族の屋敷って、装飾過多にもほどがありますよね!」
思わず力一杯同意してしまい、我に返って苦笑いしつつ、自分が買ったあの別荘やバイゼンのお城を思い出してちょっと遠い目になった俺だったよ。
「ああ、あの屋敷ですよ。ほら、本当に端っこでしょう?」
マーサさんの言葉に納得する。俺の別荘と違って一応この辺りは平らな土地みたいで、確かに敷地内に川が流れている。
ううん、小川だって聞いていたけど、あれは小川じゃないと思う。ルアーフィッシングくらいは余裕で出来そうだ。
「屋敷の裏庭側に岩場があって、そこにかなりの水量がある水源が複数あります。そこから発したこの小川は、いくつかの屋敷を経由して、ケンさんの屋敷の横の川に流れ込んでいるんですよ」
マーサさんの説明に思わずさっき通ってきた貴族の別荘地を振り返った。あれ? 川なんて流れていたっけ?
「ああ、説明不足でしたね。この川はここでは自然に地上を流れていますが、この屋敷を出たところからは、地下に水路を作ってそこを流れているんですよ。それでいくつかの貴族に屋敷の池にこの川から水を供給しているんです。この辺りは高低差があまり無いので、この程度ならジェムの装置があれば地下の水路から水を汲み上げられるんですよ」
ほお、水路というよりは暗渠みたいな物か。そんなのまで作っちゃうんだ。凄いぞ異世界!
密かに感心していると、別の鍵束を取り出したマーサさんが、大きな玄関アーチの門を開けた。
一応敷地の周囲は、人の背丈くらいの塀で囲われているらしいから、これなら従魔達も敷地の範囲を理解出来るだろう。
キョロキョロと周囲を見回しつつ、好奇心全開の俺達はマーサさんに続いて講習会場になる屋敷の庭に足を踏み入れたのだった。