彼らの考え
「はあ、お腹いっぱいだ」
朝食を食べ終えて、おかわりのコーヒーを飲みながら小さくそう呟く。
「ところで、ちょっと相談なんだけどいいか?」
気分を変えるように一つ深呼吸をした俺は、そう言って皆を見た。
「おう、どうした?」
驚いたようなハスフェルが、飲んでいたカップを置いてこっちを見ながらそう言ってくれ、皆も驚いたように俺を見てから慌てて居住まいを正してくれた。
「ええと、例の新人講習の件なんだけどさ」
俺の言葉に、全員が納得したように小さく頷く。アーケル君達草原エルフ三兄弟は、さっき少し話をしてあったのでちょっとドヤ顔でうんうんと頷いているよ。
「問題はやっぱり、あの暴力野郎の仲間のテイマーだと思うんだよ。だけど、そもそもどうしてそんなに従魔達に暴力を振るうのかってところが、何度考えても俺には分からないんだ。どうしてだと思う? 理解するには何をしたらいいかなあ」
結局、そもそも相手が何を考えているのかが分からないと、根本的な対策は出来ないんだよな。
自分で考えて分からない事は人に聞くに限る。ここには、のほほんとなんとなく生きてきた俺なんかよりも、はるかに人生経験豊富な大先輩が大勢いるんだからこれを活用しない手はないよな。
だけど、俺の質問にリナさん一家とランドルさん達は困ったように顔を見合わせた。
「まあ、理由が分かったとしても、間違いなくケンには理解出来ない理由だろうな」
苦笑いしたハスフェルの言葉に、何故か俺以外の全員が揃ってこちらも苦笑いしつつ頷いている。
「ええと、じゃあハスフェルには分かるのか?」
若干拗ねた言い方になったが、俺を見たハスフェルはすっごく優しい笑顔で頷いた。
「何故、そんな考えに至ったかの背景は聞いてみないと分からないが、従魔に暴力云々って話なら、これ以上ないくらいに分かるぞ」
「ええ?」
驚く俺に、何故か全員の視線が妙に優しくなる。
「従魔を家族と同じと考え、実際にそう扱うケンさんには決して理解出来ない考えなんでしょうが、彼らはテイムした従魔をあくまでも自分の所有物、つまり物として考え、そもそも従魔に気持ちがあるなんて考えもしないのですよ」
ため息を吐いたリナさんの言葉に、俺は思わずネージュを見た。
今は、空いた椅子の背にファルコと並んでくっついて留まっている。貴重な男子仲間だからなのか、ファルコとネージュは最近よく一緒にくっついている。もちろん、ファルコの隣には、今までいつも一緒にいたプティラもくっついているよ。
俺の視線に気付いたらしく甘えるように鳴いたので、手を伸ばして撫でてやる。
「ええ? 従魔が自分に懐いているのは一緒にいれば絶対に分かるだろうに、それなのに、相手に気持ちが無い……なんて考えるのは変じゃないですか? 生きている相手ですよ? 気持ちがあって当然だと思うんですけど?」
思わずそう言ったんだけど、リナさんはすっごく優しい笑顔で俺を見て首を振った。
「もうその言葉だけで、ケンさんがどんな方なのかがよく分かりますよね。最強の従魔達が、あれだけ貴方に懐くのも、従うのも当然だと思います」
リナさんの言葉に、部屋の隅でくつろいでもふ塊になっていた俺の従魔達が一斉に顔を上げてこっちを見た。
全員がドヤ顔になっているのを見て、俺は堪えきれずに吹き出したよ。
「ありがとうな。大好きだよ」
嬉々として俺のところへ走ってきたマニを両手でしっかりと抱きしめてやる。
はあ、このもふもふがいれば全部大丈夫だって気がしてきたよ。
「私が以前辛い思いをしたあの事件の時、貴族の人にはそんな考えの人が大勢いました。従魔なんて所詮はけだものであって、尊い身分である自分と同等の相手ではない。私の所有物なのだから、何をしようが自由だろうが。面と向かってそう言われた事だってありますよ」
マニから顔を上げて驚きに目を見開く俺に、リナさんは寂しそうに笑って頷いた。
「テイムされたり売られた従魔には、従う相手を選ぶ権利はありません。当然、一度テイムされたり所有されてしまえば主人を変える事なんて従魔側からは不可能です。だからテイムされた従魔は、ある意味盲目的にご主人に従うし、大好きになるんです。それを逆手にとって、反撃してこないからと暴力的になったり攻撃的になったりする人物が一定数いるんですよね。正直に言って、ぶちこ……失礼、引っ叩いてやろうと思った事は、一度や二度ではありません」
最後はやや力のこもった声でそう言われて、突っ込みかけて必死で飲み込んだよ。
リナさん。今、ぶち殺してやりたいって言おうとしましたよね。すっごく可愛い言葉で言い換えましたけど、俺の耳は無駄に良いので全部聞こえてるんですよ。
リナさんって意外に武闘派思考なんですね。
吹き出しそうになるのを必死で堪えつつ頭の中で思いっきり突っ込んでいたら、リナさんはにっこり笑って従魔達を見てから俺を見た。
美人の、すっごく優しいはずのその笑顔なのに、俺のあらぬところがヒュンってなるくらいに怖いのは何故なんでしょうか?
「だから、ケンさんがすべきは彼らを理解しようとするのではなく、彼らの従魔達の考えを根本から変えてやるか、あるいは彼らを少々痛めつけるくらいでちょうどいいと思いますよ」
まさかのリナさんからの乱暴すぎる提案に驚いた俺は、ハスフェル達やランドルさん達を見た。
だけど、ハスフェルだけでなくギイもオンハルトの爺さんも、それからランドルさん達も真顔で俺を見て大きく頷いた。
「俺もボルヴィスもリナさんと同意見ですよ。ケンさんは彼らの考えを理解しようとしなくていい。いや、間違いなく理解出来ないと思います。だからケンさんがすべきは、彼らを理解しようとするのではなく、彼らに盲目的に従っている従魔の考えを変えてやるか、あるいは、彼らにちょっと痛い目を見させてやるべきだと思いますよ」
まさかのランドルさんの言葉にボルヴィスさんも真顔で頷いている。
ええ、かなり予想外の展開になったけど……どうすりゃいいんだ? これ?