朝のひと時と俺の悩み
「ふああ、ごちそうさまでした。いつもながら最高に美味しかったっす!」
「ごちそうさまでした。本当にどれも美味しかったですね」
笑ったアーケル君の言葉に、ボルヴィスさんも笑顔で頷いている。
今回の早駆け祭りのために新たにチームを組んで仲間になったこの二人、見かけは親子どころじゃあないくらいに体格差があるんだけど、どうやら気が合ったみたいでなんだかすっごく楽しそうに話をしている。
ううん、ライバルがまた増えたっぽいぞ。大丈夫か俺の三連覇?
スライム達が綺麗にしてくれた鍋やバット、お皿やお椀なんかをせっせと片付けながら、来るべき早駆け祭り当日の大騒ぎを思って、ちょっと遠い目になった俺だったよ。
昼も大騒ぎだったしさすがにちょっと疲れていたのでもう今夜はここで解散となり、部屋に戻ってからスライム達と一緒にお風呂に入ってすっかり寛いだ俺は、冷えた麦茶を飲みながらニニにもたれかかって小さなため息を吐いた。
「さて、この後はどうするかねえ」
「え? 早駆け祭りまでゆっくりするんじゃあないの?」
俺の呟きに、マックスの頭の上に座って尻尾のお手入れをしていたシャムエル様がこっちを振り返って首を傾げている。ああ、そのふっくらした頬を俺に突っつかせてくれ!
「いや、一応そのつもりだったけどさ。ほら、ギルドマスターのエルさんから頼まれた新人教育の話だよ。どうするべきかと思ってさ」
脱線しそうになる思考を無理やり引っ張って引き戻した俺は、そう言いながらこっそり手を伸ばして両手でシャムエル様をそっと捕まえて包み込んだ。そのままさりげなくもふもふ尻尾を撫でたり揉んだりしてやる。
「もう、何するんだよ……今、尻尾のお手入れ中なんだから……ふああ、気持ち良い……」
うっとりと目を閉じてそう言ったシャムエル様は、俺の手の中で全くの無抵抗で尻尾を揉まれている。
いいぞ、その調子だ。俺の癒しの手、最高〜〜〜!
しばし無言でシャムエル様のもふもふ尻尾を満喫した俺は、そっとマックスの頭の上にシャムエル様を戻してやり、わざわざ尻尾を抱えるみたいにして持たせてやる。
「はあ……あれ? 私は何を……? まあいいや。ああ、尻尾の毛がちょっと乱れてる!」
我に返ったシャムエル様が不思議そうに首を傾げてから、抱えていた尻尾を見て慌てたようにそう呟き、またせっせと尻尾のお手入れを始めた。よしよし、誤魔化されているぞ。
多分、そのうち気がついて対策されてしまうだろうけど、それまではもふもふ尻尾を心置きなく満喫させてもらおうじゃあありませんか!
脳内で力一杯拳を握ってそう叫んだ俺は、素知らぬ顔でニニの腹毛の海へ潜り込んだ。
「まずは、やっぱり個別指導をすべきだよな。でもって、あの暴力野郎の仲間だっていうテイマーは最後にして、ハスフェル達やリナさん達、皆にも協力してもらってとにかく従魔の扱いについてしっかり教える……かなあ。だけど、そもそもどうして従魔達に暴力を振るうんだって話なんだよなあ。そこは、一度向こうの話を聞いてから判断するしかないか。ふああ〜〜〜眠い」
そう呟いて大きなため息を吐いた俺は、胸元に潜り込んできたマニを抱きしめながら欠伸をした。
そしてそのまま、あっという間に眠りの海へ落っこちていったのだった。ぼちゃん。
翌朝、いつものように従魔達総出のモーニングコールに起こされた俺は、水場で顔を洗いながら大きな欠伸をした。
「ふああ〜〜〜〜〜まだちょっと眠いぞ〜〜〜」
サクラに一瞬で綺麗にしてもらった俺は、腕を頭上に上げて思いっきり伸びをする。
「ご主人、伸びをするときはこうよ!」
ティグとヤミーが若干大きめの猫サイズのまま、俺の横へ来て猫らしい伸びをする。
前脚を思いっきり前に伸ばして弓形に背中を曲げながら伸ばす、いわゆるまさに猫の伸びって感じのあれだ。
「いやいや、俺がそれをやったら絶対腰を壊すって。人間にそんな無茶を求めないでください」
笑って首を振りながらそう言ったところで、死角から跳ね飛んできたアクアが俺の顔面に思いっきりぶち当たった。
「もがあ! こらこら、無茶はしない! 窒息するだろうが」
顔面に張り付くアクアを引っ張ってはがし、笑いながらそう言って力一杯おにぎりにしてやる。
「きゃあ〜〜握られちゃった〜〜〜〜」
嬉しそうな悲鳴を聞いて吹き出し、そのままフリースローで水槽へ放り投げてやる。ナイスイン!
そのまま次々に跳ね飛んでくるスライム達を順番に受け止めては放り投げてやり、全員終わったところでマックス達と場所を交代する。
お空部隊の面々も水遊びは大好きなので、一緒になって飛んできてマックス達と一緒になって大暴れしていた。
スライム噴水でびしょ濡れになりつつも、羽を大きく広げて楽しそうにしているネージュを見て、俺はなんだか堪らなくなった。
あの暴力野郎やその友人達が連れている従魔達には、こんな楽しい時間はあるんだろうか?
それとも、俺は実際に見た事も聞いた事もないけど、ネットなんかではたまに話題になっていた、いわゆるDV夫みたいに飴と鞭の使い方が上手いんだろうか?
答えの出ない考えを大きなため息と共にふんじばって明後日の方向へ思いっきり蹴り飛ばしてやる。
「はあ、とにかく朝飯だ! ここでいくら考えても答えなんて出ないんだからさ!」
気分を切り替えるようにそう叫んだ俺は、手早く身支度を済ませて立ち上がった。
「じゃあ、飯食ったらマーサさんの事務所に声をかけてクーヘンに来てもらったら、今後の事について相談するとするか」
「そうだね。まずは相手を知らないとね」
うんうんと頷くシャムエル様の尻尾をこっそり突っついてから、俺は従魔達を引き連れてリビングへ向かったのだった。