鍋料理は締めまで美味い!
「ああ〜〜〜食べたいのに、可愛すぎて崩せませ〜〜ん!」
ぐつぐつと煮立っているみぞれ鍋の前で、携帯鍋を抱えたリナさんがそう叫んで右手で口元を覆ってジタバタしている。
「あはは、確かに気持ちは分かりますね。確かにこれは食べ辛い」
ランドルさんまで一緒になって、空の鍋を抱えたまま笑って何度も頷いている。
「じゃあ、制作者権限で、俺が崩しましょう。ぶち猫君、ごめんよ〜〜〜!」
放っておけばいつまででもそうしていそうだったので、確保した豆乳鍋が山盛りに入った携帯鍋を置いた俺は、菜箸を取り出して横からみぞれ鍋を豪快にかき混ぜた。
あっという間にぶち猫になっていた大根おろしが崩れて普通のみぞれ鍋になる。
リナさんとランドルさんの悲鳴が重なり、ドッと笑い声が聞こえた。
「よし、よくやった!」
笑ったハスフェルとギイが携帯鍋を手にみぞれ鍋に突入するのを見て、俺も慌てて空の携帯鍋を取り出して争奪戦に参加したよ。
結局、俺は豆乳鍋とみぞれ鍋、それからキムチ鍋をお椀一杯に確保してから席に戻った。
収めの手は、大はしゃぎで鍋を順番に回って撫で回して持ち上げただけでなく、リナさん一家やランドルさん、それからボルヴィスさんのところへも行って彼らの頭も撫で回してくれていた。それから全員の従魔達も順番に撫でてくれていたから、もしかしたら何かの祝福を授けてくれていたのかも。
「ありがとうな。ええと、二重の捧げ物になるかもだけど、俺が取ったこれも一応お供えしておきます」
大きなお椀を手に高速ステップを踏むシャムエル様とカリディアを横目に見つつ、白ビールの瓶と黒ビールの瓶も取り出した俺は、小さくそう呟いてそっと手を合わせて目を閉じた。
一瞬で来てくれた収めの手が俺の頭を何度も撫でてから、俺の携帯鍋も順番に撫でて、最後にキムチ鍋の入ったお椀もしっかりと持ち上げる振りをしてからまた鍋の方へ戻って行った。
どうやら今夜はすぐに消えずに、鍋パーティーを一緒に楽しんでくれるみたいだ。
「ありがとうな」
もう一度小さくそう呟いてから、顔を上げた俺は目を輝かせてお椀を差し出すシャムエル様を見た。
「で、どれが欲しいんだ。あ、カリディアにはいつものこれな」
先にカリディアにはいつもの激うまブドウを渡しておき、携帯鍋を見せながらそう尋ねる。
「もちろん全種類ください!」
当然のようにそう言われて堪える間も無く吹き出した俺は、結局空いたお椀に水炊きと味噌鍋も確保してきて、シャムエル様に一通りの具が入るように取り分けてやった。
うん、これだけ食ったら、もう俺はギブアップかも……。
「ううん、みぞれ鍋って濃厚なのに案外さっぱりしていて美味しいね」
岩豚をもぐもぐしてから飲み込んだシャムエル様が、次につくねを引っ張り出して齧りながら嬉しそうにそう言って笑っている。
「消化酵素がたっぷりな大根おろしが入っているからな」
笑った俺も、みぞれ鍋からつくねを取り出して口に入れた。
「熱っ! でも美味しいな」
「美味しいね! いつもありがとうね!」
嬉しそうなシャムエル様の言葉に、俺も嬉しくなって野菜と岩豚をまとめて箸で摘んで口に入れた。
「熱っ!」
予想以上の熱さにまたそう叫んで、シャムエル様と顔を見合わせて揃って吹き出したのだった。
「ねえ、ちょっと質問。消化酵素って何?」
不意に顔を上げたシャムエル様に真顔で質問されて俺の方が驚く。
「ええ、こっちの世界には、そういうのって無いのか?」
これは割と重要な事だと思うんだけど……。
「ううん、その辺りの設定って、ケンの元いた世界からそのまま持ってきた部分もあるから、そうなっているのかなあ……?」
小さな腕を組んで、何やら不穏な事を呟くシャムエル様を見て、ちょっと遠い目になった俺だったよ。
シャムエル様が大雑把なのは、もう個性だと思っているから別に構わないんだけど、こと世界設定に関してだけは大雑把はやめてください。いや、マジでさ。
「てへ」
俺の言いたいことが伝わったらしく、笑って誤魔化すシャムエル様を見て、もう一回虚無の目になった俺だったよ。
うん、とりあえず美味しい鍋料理を食べよう。はあ、冷えた白ビールって最高に鍋に合うよなあ……。
若干現実逃避をしつつ、豆乳鍋に入った湯葉入りツミレを口に放り込んだのだった。
「お、これ美味しい!」
「何々? どれが美味しいの?」
目を輝かせるシャムエル様に、もう一つあった湯葉入りつみれを箸で摘んで見せる。
「豆乳鍋に入れた、新作の湯葉入りツミレがめっちゃ美味しい。食ってみてくれよ」
「どれどれ? ふおお! これは確かに美味しいね。湯葉入りつみれ最高〜〜〜!」
俺の箸から湯葉入りつみれを強奪したシャムエル様は、さっそく齧り付いてご機嫌になってる。
「うう、見せるだけのつもりだったのに……あ、まだあるな。よしよし、今のうちにがっつり確保だ」
大体、豆乳鍋は俺がメインで食う事が多くて、皆はキムチ鍋や味噌鍋などの濃い味付けのものを好む傾向があるんだよな。まあ、最終的には全部駆逐されるんだけど、優先順位がちょっと違う。
にんまりと笑った俺は、いそいそと豆乳鍋に駆け寄り、先に湯葉入りツミレをたっぷりと確保したのだった。よし!
「ええと、豆乳鍋の締めは豆乳カルボナーラで、みぞれ鍋の締めはさっぱり雑炊にしよう。これなら味変にもなるしな」
あれだけあった材料がほぼ駆逐され、各お鍋はもうお出汁と野菜屑くらいしか残っていない。
苦笑いした俺は、いつものようにそれぞれの鍋に残ったお出汁を種類ごとに集めてから、キムチ鍋はチーズリゾットに、味噌鍋には太めの腰のあるうどんを入れ、水炊きにはちょっとだけ残った野菜を細かく刻んでから入れて、卵たっぷりの雑炊を作りながら残り二つの鍋を見てそう呟いた。
「締めも色々と作れるから、鍋料理は楽しいんだよな」
半分に折った乾燥パスタを少しお湯を足して薄めた豆乳鍋に放り込んで強火にする。軽く塩を足して、時間通りにパスタを煮込む。ちょうどいい感じに水分が減ってカルボナーラっぽくなったので、ここにも刻んだモッツァレラチーズを振りかけておく。
みぞれ鍋にもご飯を足して軽く煮込み、こちらも溶き卵をたっぷりと回しかければ完成だ。最後に一つだけ残っていたお花の形の大根おろしを雑炊の上に乗せて、花の所々にポン酢をかけてやれば出来上がり!
目を輝かせてお椀を手にこっちを見ている皆を振り返って、ドヤ顔になった俺だったよ。