強盗団?!
「無事に船に乗れた事だし、なんだか腹が減ってきたな」
しばらく、パノラマの景色を楽しんでたが、ちょっとさっきから腹が減ったなって思っていた俺は、小さな声でそう呟いた。
「気が合いますね。実は私もさっきからそう思ってました」
真顔でそう言ったクーヘンを見て、顔を見合わせた俺達は、ほぼ同時に吹き出した。
「ハスフェル。ギイ。朝飯はどうするんだ? ここで食べるのも気持ちよさそうだけど、せっかくだから船内のレストランも見てみたいぞ」
ソファーで寛いでいた二人は、俺達の声に揃って振り返った。
「それならレストランへ行ってみるか? せっかくの優雅な船旅なんだから、こんな時くらいケンもゆっくりしろよ」
「そうだな。じゃあ、お言葉に甘えて船に乗ってる間はゆっくりさせてもらうよ。まずはレストランへ行ってみようぜ」
嬉しそうにクーヘンが部屋の中に入っていくのを見て、俺も行こうとしたが、まだタロンやベリー達の朝ご飯を出していない事に気が付いた。
「ごめんよ、じゃあ出しておくから食べておいてくれよな」
食事に行く間、従魔達にはここで留守番していてもらう事にして、タロンには鶏肉を、ベリーやフランマ、それからモモンガ達にもまとめて果物の入った箱を色々出してやる。草食チームも果物なら食べられるだろう。
それを見た姿を消したままのベリーが、ちょっとだけ足音を立てて側までやって来て箱を覗き込んだ。
「なあ、今思ったけどベリーとフランマって、勝手に船に乗った事になるな」
従魔達の事は何も言われなかったけど、一応従魔達が乗っている事は船員には分かっている。だけど、姿を隠して一緒に来たベリーとフランマは、もしかして無賃乗船になるんじゃないか?
「まあ、そうなりますね。でもまあバレなければ良いんじゃないですか。私は以前も勝手に乗らせてもらった事がありますから」
苦笑いするベリーの声に、俺は若干遠い目になったよ。
「まあ、バレないようにな」
肩を竦めた俺に、ベリーは妙な事を言い出した。
「じゃあ、船賃代わりに一働きしましょうか。実はちょっと妙なのが乗っているんですよ。さっきから気になってまして……」
その時、バルコニーの柵に、突然鉤のついた縄がかけられ、すぐに縄を伝って下から三人の男が上がって来たのだ。
俺は、ベリーの方を向いていたために背中側だったそいつらに気づくのが遅れて反応出来なかった。
「はい、兄さんよ。ちょとばかり大人しくしていてくれよな」
突然、背後から羽交い締めにされた俺は、驚きのあまり反応出来なかった。俺を捕まえた男が、目の前に持っていた刃渡り三十センチはある片刃のナイフを突き付けてくる。
「はい、いい子だから大人しくな。俺様気が短けーから、ぐちゃぐちゃ言われると手が滑っちゃうからさあ」
ナイフを横向けにして、俺の頬をわざと優しく叩く。
「お前さんだろう? 最近噂の魔獣使いって。ずいぶん儲けてるって聞いたからさあ。せっかくだから、俺達にもちょっと分けてくれないかなあ?」
どうやら、まさかの強盗達に目をつけられていたらしい。
更に物音がして部屋を見ると、執事のアンディーさんが縄でぐるぐる巻きにされて放り投げられていた。執事さんの部屋から入って来た男も三人。
どうやら、バルコニー側から三人、部屋の扉側から三人の合計六人組のようだ。
ハスフェルとギイは、無言で剣を突き付けられてこっちを向いた。
クーヘンはもう、言葉も無く固まっている。
『ベリーが手伝ってくれるから、安心しろ。そっちの三人は任せるぞ』
唐突に俺の頭の中にハスフェルの声が聞こえて、俺は横目で果物の箱の横にいるベリーの揺らぎを見た。
『貴方を捕まえている人は任せます。ナイフは封じますからご安心を』
声が聞こえた次の瞬間、顔の前を風が吹き抜けた。
すると、俺に突き付けられていたナイフが根元の部分からすっぱりと折れて吹っ飛んだのだ。
「はあ?」
奇しくも俺と強盗の声が重なる。
「って事で、イベント発生は強制終了だよ!」
そう叫んで思い切り裏拳でそいつの鼻っ柱を殴りつけてやったら、悲鳴も上げずにそいつは崩れ落ちた。
よし! 決まった!
振り返ると、残りの二人はニニとシリウスによって完全に押さえ付けられて身動き出来なくなっていた。出遅れたマックスが悔しそうにしているのを見て、俺はちょっと笑っちまった。
「ご苦労さん。悪いけど、こいつも一緒に確保していてくれるか」
俺が倒した男を足で蹴飛ばしてマックスの所へ転がしてやると、尻尾を振ったマックスは嬉々として首筋に噛み付いて押さえ込んだ。
部屋の中では、はっきり言って絶対勝負にならない戦いの決着が、一瞬でついていた。
惜しい。見たかったけど、自分の方が精一杯であっちを見る暇が無かったよ。
「見事な裏拳だったな」
笑ったハスフェルがこっちを見て拳をつきだしてくれたので、部屋に入った俺は、笑って拳をぶつけてやった。
「も、申し訳ございません……今警備の者を呼んで参ります」
ギイが執事さんの縄を解くと、慌てたように立ち上がった彼は一礼して人を呼びに行こうとした。
「待て」
しかし、低い声でそう言ったギイが、いきなり執事さんの襟首を掴んで床に引きずり倒したのだ。
「お前さん。こいつらから幾ら貰ったんだ? いや、もしかして成功報酬か?」
ニンマリと笑ったギイの言葉に、止めようとした俺は驚いてハスフェルを見た。
『ちょっと、これは見逃せない。いいからここはギイに任せておけ』
念話でそう言われて、俺は小さく頷き、床に倒れているクーヘンに駆け寄った。
見たところ怪我は無い。サクラとアクアがバルコニーから跳ね飛んで来てくれたが、どうやら万能薬の出番は無さそうだ。確認したが、また気絶しているだけみたいだ。
安堵のため息を吐いた俺は、黙ってクーヘンを抱き上げて空いている豪華なソファーに横にしておいてやった。
「ご苦労さん。ごめんね。ちょっと様子を見るつもりだったんだけど、まさか、乗ってすぐにおっ始めるとは思わなかったんだ」
俺の右肩に現れたシャムエル様の言葉に、もう一度ため息をついた。
「ええと、つまり強盗団が乗って来ていたのに、シャムエル様やベリーは気が付いていた?」
「強盗団って言うか、ケンの事を妙な目で見ている奴らがいたから、気にしていたんだよ」
「妙な目?」
シャムエル様を見ると、困ったように小さく頷いた。
「そう。なんて言うか……完全に獲物を見る目だったんだよね」
「うわあ、マジですか? 俺、そんなの全然気づかなかったよ」
「まあ、ケンだからね」
「そうだな。ケンだもんな」
「だな。まあケンなら仕方あるまい」
シャムエル様の言葉に、ハスフェルとギイが同意するように頷いている。
何だよそれ。ちょっと俺が何だって言うんだよ。
ギイに捕まえられて俺達を睨みつけるようにしていた執事のおっさんは、忌々しげに唾を吐いた。
「冒険者やテイマー如きが何を偉そうに。ここはお前らのような者が使って良い部屋では無い!」
「俺たちが使うような部屋じゃ無いってのには、全面的に同意しかないけど……どうするんだよ、この後始末」
困った俺がハスフェルにそう尋ねると、大きなため息をついて立ち上がった彼は、ギイに向かって無言で頷いた。
「行くぞ」
俺に向かって一言そう言うと、そのまま部屋を出て行ってしまった。当然行くと言われたので素直に俺も一緒について出て行く。
「色々言いたい事はあるが、まずは警備のものに任せよう」
俺を連れて廊下へ出たハスフェルは、そう言ってそのまま警備の人を呼びに行き、大人しくついて行った俺も、一緒に部屋に戻った。
従魔達が捕まえていた犯人達も、全員まとめて縛って連行されて行った。
何とも言えない気持ちで、俺は連行されて行く男達と執事のおっさんを見送ったのだった。