夕食は大好評!
「ふわあ〜〜いい香りですね〜〜〜!」
「ちょっと体が冷えていたところに鍋なんて、もう最高っす!」
タイミングよく、リビングへ戻ったところでリナさんを先頭に草原エルフ一家が駆け込んでくる。
嬉しそうなリナさんの言葉に、目を輝かせたアーケル君がそう言って飛び跳ねている。君は子供か。
「おう、たっぷり作ったからお好きなのをどうぞ。じゃあ出すからな。まずは大人気の岩豚のキムチ鍋〜〜」
取り出して並べたコンロの上に、岩豚がたっぷりと入ったキムチ鍋を取り出す。
当然のように拍手大喝采になる。皆、岩豚好きだよなあ。もちろん俺も好きだけどさ。
「で、こっちは豆乳鍋〜〜野菜たっぷりだし、湯葉入りのつくねもおすすめだぞ」
取り出した豆乳鍋を見て、また歓声と拍手が湧き起こる。
「こっちは、岩豚と根菜類や野菜がたっぷりと入った味噌鍋だよ。こっちのつくねには豆腐を入れて作ってみたから、いつものつくねよりも柔らかめになっていると思うぞ」
岩豚入り味噌鍋を取り出して蓋を開けると、またしても湧き起こる拍手大喝采。
「こっちはシンプル水炊きだから、ポン酢かゴマだれをつけてどうぞ。こっちに入っているのはハイランドチキンとグラスランドチキンのもも肉で、ツミレはいつもの定番のやつな」
大瓶に入ったポン酢とゴマだれを取り出しながらそういうと、またしても湧き起こる拍手大喝采。
うん、嬉しいのはわかったからちょっと落ち着こうな。
「そしてこれが、新作のみぞれ鍋だよ」
笑ってそう言いながら取り出したみぞれ鍋を見て、さっきとは違った歓声が上がる。
「きゃあ〜〜〜! 何ですかそれ! それはもしかしてタロンちゃんですか?」
胸元で両手を握りしめたリナさんが、俺の予想以上の食いつきでそう言ってみぞれ鍋を覗き込む。
そうだよ。思い出したのはSNSなんかでよく話題になっていた、いわゆる、ばえる鍋ってやつだ。
みぞれ鍋の大根おろしを猫やキャラクターの形に整えて作ったアレだ。
みぞれ鍋を用意していた時にふと思い出してちょっとしたいたずら心で作ってみたんだよな。
もちろん、大根おろしの形を整えてたのは俺じゃあなくてスライム達だ。こっちの世界にはシリコンの抜き型なんて便利なものは無いからな。
一応、大根おろしを見せながらこれでタロンが寝ている時みたいな形に大根おろしを作れるか? って聞いたんだよ。そうしたらアクアとサクラがくっついた後、少し考えただけであっという間に作ってくれたんだよ。
相変わらず俺のスライムは優秀すぎだって。そのあと全員とくっつきあっていたから、技を伝授してくれたみたいだ。
しかもその結果、それならこんなのはどうかと言って、他の子達が先を争うみたいにして小さな花の形や、良い子座りするマックスみたいな犬の形、ちょっとテディベアっぽい熊の形みたいなのまで作ってくれたもんだから、もう笑うしかなかったんだよな。
一応最初に猫が寝ているのと、猫が伏せをしているみたいないわゆるスフィンクス型を作ってもらい、二つ用意したみぞれ鍋の上にセットしておいたんだよ。あとは、平らなお皿に用意してもらってあるから、追加を作る時に適当に入れてもらう作戦だ。
気がつけば、いつの間にかお祈りもしていないのに収めの手が現れていて、白猫が寝ているみぞれ鍋を指差して大はしゃぎしている。
「ちなみに、ちょっとだけポン酢を垂らすと模様入りの猫になるぞ〜〜」
そう言ってぶち模様になるようにポン酢を垂らして見せると、もうリナさんは感激のあまり呼吸困難になっていた。
ちなみに、リナさんとアーケル君が大はしゃぎしているせいで目立たなかったけど、ランドルさんとボルヴィスさんも揃ってみぞれ鍋を見ながらキッラキラに目を輝かせていたから、どうやら可愛いもの好きのツボに命中したみたいだ。
とりあえず、黙ってその場で手を合わせてお祈りした俺だったよ。ついでに、この後も色々出るからお好きに持っていってくださいとお願いしておく。
大はしゃぎした収めの手が、真っ先にみぞれ鍋を撫で回して持ち上げる振りをするのを見てから、小さく笑って追加の野菜や肉各種、それからツミレ各種の入ったバットも大量に取り出して並べておく。
お出汁の入った寸胴鍋も、それぞれの鍋の後ろに置いておいた。
こうしておけばあとは各自で好きに追加を入れてくれるので、俺は楽が出来るからな。
「ほら。こんなのもあるから、みぞれ鍋に適当に入れてくれよな」
そう言ってにんまりと笑いながら、スライム達が作ってくれた大根おろしアートの数々が並んだお皿を取り出して見せる。
またしてもリナさんとアーケル君の堪えきれないような悲鳴が聞こえ、その直後に目を輝かせたランドルさん達も同じく野太くて甲高い歓声をあげた。
ううん、さすが親子。声までそっくりだ。野郎の野太い歓声はスルーしておく。
「ええ〜〜何ですかこれ! あ、大根おろしだ。うわあ、ケンさん天才! これ、王都でやったら絶対大ウケしますよ!」
「ねえ、この形はどうやって作ったんですか?」
「最高に可愛い!」
キラッキラに目を輝かせて身を乗り出すアーケル君とリナさんの言葉に、俺は堪える間も無く吹き出したよ。
「これは俺のスライム達が作ってくれたんですよ。でも、面白そうだから誰か職人を紹介してもらって、木彫りで凹んだ型を作ってもらってもいいかもしれないなあ」
面白がるような俺の言葉に、呆れたようなため息を吐くアーケル君。
オンハルトの爺さんは、面白がるみたいに笑って何も言わずにそんな俺達を見ている。
「干菓子用の小さな木彫りの型なら見た事はあるけど、こんな大きな凹んだ型は見た事ありませんね。でも、これは絶対に受けますよ。商人ギルドで権利登録した方がいいかも」
真顔のアーケル君の言葉に首を傾げる。
「権利登録?」
「そうですよ。これみたいに独創的な品物や調理法なんかは、早い者勝ちなんですけど権利登録が出来るんです。まあ、商業ギルドに登録している商人限定の規制ではありますが、ギルドに登録しておけば勝手に真似されたりした時に抗議して規制をかけたり、場合によっては権利金が入ったりするんですよね」
「へえ、そんな事が出来るんだ。でもこんなの、誰か考えているんじゃあないか?」
要するに特許と同じ考え方だよな。
密かに感心しつつそう言うと、真顔のアーケル君だけでなくボルヴィスさんまですごい勢いで頷いていた。
「俺はいろんな商人の護衛で文字通り世界中を回りましたが、こんな料理は初めて見ますよ。冗談抜きで、ケンさんは、もう少し自分の持つ料理の知識と技術に値打ちを感じるべきだと思いますね」
真顔のボルヴィスさんの言葉に、割と本気で驚いた俺だったよ。
でもまあ、これは俺の知識じゃあなくて元々の世界から持ってきただけの知識だからね。
別に権利を主張するつもりはないので、誰かが真似をしてくれてこっちの世界がもっと楽しくなるのなら、俺は別に構わないよ。
「そんな大した事じゃあないって。でも、まあちょっと考えてみるよ。ありがとうな」
笑った俺の言葉に、皆も苦笑いしつつ頷く。
「って事で、どうぞ食べてくださ〜〜い!」
俺の言葉を合図に、歓声を上げてそれぞれ携帯鍋を手に突撃する皆を見て、俺も携帯鍋を持って争奪戦に参加したのだった。