癒しの手って?
『はあ? 俺の手が癒しの効果って、何それ?』
トークルーム全開のまま力一杯叫ぶ俺。
ハスフェルとギイとオンハルトの爺さんが揃って吹き出しかけて誤魔化すみたいに咳き込んでいたよ。
「ええ、どうしたんですか?」
「大丈夫ですか!」
唐突に咳き込んだ三人を見て、近くにいたアーケル君とランドルさんが慌てたようにそう言って彼らの背中をさすっている。
「ああ、すまんすまん。大丈夫だよ」
苦笑いしたオンハルトの爺さんの言葉に、ランドルさん達も笑っている。
「まあ、突然むせる事だってありますよね。気をつけてください」
もう一度背中を軽く叩いてそう言ったランドルさんだったけど、俺はそんな彼らに何かを言う余裕もなく呆然とシャムエル様を見つめていた。
『なあ、マジで一体何事? 俺の手って、どうにかなっちゃったわけ?』
少なくとも見た目は変わらない両手を見ながら必死になって念話でそう尋ねる。
『まあ、詳しい解説はまた後でね。別に何か問題が出るわけじゃあないから心配はいらないよ……多分」
『多分かよ!』
俺の全力のツッコミにまたハスフェル達が咳き込んでいたよ。
「ところで、この後はどうする? 何も考えていなかったけど、そろそろ日が暮れるぞ」
水遊びしている時間は案外長かったみたいで、まだ赤くはなっていないが、そろそろ傾いた日が暮れ始める時間だ。
「夕食にはまだ早いですが、ちょっと冷えてきましたから一旦屋敷に戻りましょうか。スライム達が綺麗にしてくれたけど、かなり濡れましたからねえ」
軽く身震いするふりをしたランドルさんの言葉に、他の皆も苦笑いしつつ頷いている。
「確かにちょっと冷えてきたな。じゃあ一旦戻って少し休憩して……夕食は鍋にするか。温まるしな」
昼のバーベキューは明らかに肉メインだったので、俺的にはもっと野菜を食いたい。
「ああ、いいですね。それじゃあそれでお願いします」
満面の笑みのアーケル君の言葉に、皆も笑顔で頷いている。
まあ、鍋ならスープや出汁の作り置きはまだまだあるから、俺も楽が出来るからな。
って事で、話がまとまったので一旦それぞれの騎獣に乗って別荘へ戻った。
もちろんマックスの背に乗っていればあっという間だけど、これって冷静に考えて、迂闊に身軽な徒歩で外出したら自分の家の庭で遭難するレベルの広さと険しさだよな。
うん、気をつけよう。
別荘に戻ったところで一旦解散してリナさん達やランドルさん達はそれぞれの部屋に戻る。
そして当然のようにハスフェルとギイとオンハルトの爺さんは、一緒に俺の部屋についてきたよ。まあ、さっきの話の続きをするのなら、彼らも話を聞きたいのだろう。
部屋の隅に集まった従魔達が好きに寛いで若干小さめのもふ塊になるのを見て和んだ俺は、一つため息を吐いてからマックスの頭に座っていたシャムエル様を捕まえて、ソファーに座った俺の膝の上に乗せた。
「で、詳しい話を聞こうじゃあないか。確か以前癒しの術を習得するにはなんだかとんでもない修行をしないと駄目だって言っていたよな。まさかとは思うけど、俺の体に一体何をしたわけ? 俺は絶対にそんな修行なんてしないぞ〜〜」
確か以前、シルヴァ達から聞いた話では、神様達が全員揃って真顔で止めるくらいだったんだよ。
もしかして勝手に能力を付与されて、否応なく修行開始〜〜! とか言われたら、本気で俺は逃げるぞ。
「嫌だなあ。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ええとね。癒しの手と言っても、ハスフェルの癒しの術みたいに具体的に怪我が治るとか痛みが引くとか、そういうのじゃあ無いからね」
何故かドヤ顔のシャムエル様の言葉に、てっきりそうだと思っていた俺の方が驚く。隣に座ったハスフェルも、それからもう一つのソファーに座ったギイとオンハルトの爺さんも揃って驚いている
「え? 違うのか?」
「違う違う。ええとね、ほら、ケンはいつも従魔達をたくさん撫でたり揉んだりおにぎりにしたりしているでしょう?」
その通りなので、素直に頷く。
「あれを見ていて思ったんだよね。従魔達がいつもすっごく嬉しそうだなあって。だから、そんな従魔達にもっと幸せになってもらうためにどうしたらいいかなって思って考えたのが、この新たなる癒しの手。ううん、癒しの手というよりは、幸せになる手って感じかなあ」
「し、幸せになる手?」
それって単なる怪我を治すとか痛みを抑えるよりももっとすごい効果な気がするんだけど……。
呆気に取られる俺達を見て、またしてもシャムエル様がドヤ顔になる。
「幸せと言っても人生を左右するような経験とか、そんな大掛かりなものじゃあなくてさ。ほら、たとえばすっごくふわふわしたものに触れた時だったり、自分の好きな物を持ったり触ったりした時に感じる幸せ感。分かる?」
「もの凄く分かるぞ。それって従魔達を撫でるたびに俺が感じている事だからな」
こっちもドヤ顔でそう答えると、それはそれは嬉しそうに目を細めたシャムエルがうんうんと頷く。
「そうそう、まさにそんな感じね。ケンが感じているそれを、従魔達にも感じて欲しくてやってみたの。ああ、ちょうどいいや。ねえセーブル、ちょっとこっちに来てくれるかな」
そう言ったシャムエル様が、もふ塊を見て端っこにくっついていたセーブルを手招きする。
不思議そうにしつつも、セーブルが俺のすぐ横まできて遠慮がちに俺の足に頬擦りする。
「ああ、もうお前は可愛いやつだな。もっと遠慮なく甘えていいんだぞ〜〜〜!」
なんだか堪らなくなって、そう言っていつもよりリアルクマサイズになっているセーブルを捕まえてやる。
「ほらおいで」
俺の太ももを軽く叩くと、側にくっついて太ももに顎を乗せてきたので、グーグーと喉を鳴らす真似をして唸るセーブルの顔を捕まえておにぎりにしてやる。これはなかなかに大きな爆弾おにぎりだぞ。
「ああ、シャムエル様のおっしゃっている意味が分かりました。確かに前よりももっと、ご主人に撫でたりもんだりしてもらうと、すっごくすっごく幸せを感じますねえ……」
うっとりと俺の手に頭を擦り付けてくるセーブルの言葉に、俺もなんだか幸せになってきたよ。
「ご主人、マニも〜〜〜!」
もふ塊の中から飛び出してきたマニが、俺のところまで走ってきて、そのまま俺の足の間に勢いよく鼻先を突っ込んで止まる。
危ない危ない。もうちょっとで俺の大事な愚息が色々と大変な事になるところだった。
「無茶するなって。ほらお前もモミモミだぞ〜〜」
笑って今度はマニの顔を両手でおにぎりにしてやる。
まるで順番待ちをするかのように集まってきた従魔達を見て、もう笑いの止まらない俺だったよ。