これからの予定と今日の予定
「それじゃあ、初心者講習については詳細が決まり次第また知らせにきますね」
「こうしたいってお考えがあれば、事務所に声をかけてくれればいつでも来ますからね」
一緒に作り置きで豪華な夕食を食べたクーヘンとマーサさんが、笑顔でそう言って帰って行くのを玄関まで出て見送った俺は、早駆け祭りまでの間にやるべき事を考えて密かなため息を吐いた。
「ううん、冗談抜きでまた揉め事の気配しかないんだけど、これは俺的には知った以上は放置出来ない問題だもんなあ」
もう一度大きなため息を吐いてそう呟き、近くにいたニニに抱きつく。
「ああ、癒される……」
「おいおい、こんなところで寝るなよ」
笑ったハスフェルに頭を軽く叩かれてなんとか顔を上げる。
「おお、いかんいかん。本当に玄関先で寝そうになったよ。もふもふの癒し効果すげえな」
笑った俺の言葉に、ニニがものすごい音で喉を鳴らしながら頭を擦り付けてきた。
甘えてくる大きな顔を両手でしっかりと抱きしめてやる。
「暴力的なご主人にテイムされている従魔達の事は確かに気になるわね。きっと辛い思いをしているわ。ネージュの前のご主人も、かなりの乱暴者だったみたいだしね」
顔を上げたニニの言葉に、俺も真顔で頷く。
「そうなんだよなあ。だけど、それでも従魔は自分のご主人の事が大好きなんだよ。そこが辛いところなんだよなあ」
いっそご主人の事を嫌ってくれれば、一方的な暴力にも少しくらいは抵抗も出来るだろう。嫌なご主人の元から逃げようとする子だって出てくるかもしれない。だけど、それでも現状の従魔達は、ご主人に何をされようが全て許して受け入れてしまうんだよ。ネージュがそうだったみたいにさ。
もう一度ニニを抱きしめた俺は、もう何度目か分からないため息を吐いたのだった。
その夜、風呂に入って温まった俺はもふもふのニニの腹毛に潜り込みながらこれからの事を考えて大きなため息を吐いた。
「ギルドが借りてくれた屋敷へ一旦全員集合させるか。それとも、個別に会って別々に指導すべきか……」
胸元に潜り込んできたマニを無意識に抱きしめながら小さく呟く。
だけど、それはどちらも一長一短ある気がする。
そもそも全く知らない人達を一箇所に集めて自分が指導出来るかと言われたら、間違いなく無理だと思うぞ。
だけど、ハスフェル達やリナさん達、ランドルさんやボルヴィスさん達だっているんだから、一旦全員集合させて全員総出で個別指導って手もありそうだ。
「それが一番話も早そうだし良いかな? でもそうなると、間違いなくその暴力野郎を俺が指導する羽目になるのが目に見えるよなあ」
もう一回ため息を吐いた俺は、マニの頭に顎を乗せて考える。
「そもそも、どうして自分の従魔にそんな暴力を振るうんだって話だよ。いくら服従しているとは言っても、相手は非力な女性や子供じゃあなくて爪も牙もあるジェムモンスターだぞ。反撃される可能性を考えないのだろうか?」
そう呟いた俺は、もう一回大きなため息を吐いて首を振った。
「自分に服従している間は、絶対に反撃してこないと分かっているから暴力を振るうのなら……そんなの、そんなの絶対に許せない」
卑怯極まりないよな。
グッと拳を握ってそう呟くと、腕の中にいたマニが不意に顔を上げて俺の顎の辺りをベロンと舐めた。
「うわあ、おいおい、お前の舌はザラザラなんだからいきなり舐めるの禁止だぞ」
両手で大きな顔をおにぎりにしてやりながら言い聞かせるみたいにそう言ってやる。
「ご主人、眉間に皺がよってますのにゃ。疲れている時は、考え事しても絶対にいい答えは出ないんだにゃ。ほら、マニにくっついて寝るにゃ!」
何故か若干赤ちゃん言葉になったマニが、大真面目にそう言って俺の腕の中に顔を突っ込んでくる。
「あはは、確かにそうだな。じゃあ、考え事はまた明日〜〜〜」
笑ってもう一回マニをおにぎりにした俺は、もう一度ため息を吐いて考えるのを放棄して目を閉じたのだった。
翌朝、いつものように従魔達総出で起こされた俺は、眠い目をこすりながらなんとか起き出して水場へ行って顔を洗った。
「お、今日はいいお天気みたいだな。とりあえず考え事はやめて外へ出て楽しく過ごすか」
窓の外を見ていい天気なのを確認した俺は、脱いでいた防具を取り出して順番に身につけて行った。もちろん中には鎖帷子を着ているよ。
『おおい、そろそろ起きてくれよ〜〜』
『今日はいい天気だぞ〜〜〜』
ちょうど準備が終わって従魔達と戯れていたタイミングで、ハスフェルとギイから念話が届いた。
『おう、おはよう。もう準備は出来てるよ。じゃあ今日は言っていたみたいに皆で外へ出てバーベキューかな?』
『そうだな。いいと思うぞ』
『じゃあまずはリビング集合な』
『りょうか〜〜い』
若干気の抜けた返事をして、一つ深呼吸をする。
「よし、とりあえず今日は楽しく過ごすぞ。でもって、時間があれば今後のことを皆に相談してみよう!」
難しい問題は全部まとめてふん縛っておき、明後日の方向へぶん投げると拾うのが大変そうなので、とりあえずそこらへ転がしておく事にする。
問題の先送りとか言わない! 頭の中をリフレッシュさせる休暇は必要なんだよ。
リビングに従魔達を引き連れていくと、もう全員集合していた。
「おはよう。ああ、ごめんよ。じゃあまずは食事だな」
俺だけじゃあなくて皆が色々と取り出してくれた豪華な朝食を美味しくいただきながらも、やっぱり考えるのは例の一件だ。
「思っていたんだけど、とりあえず新人達をマーサさんが言っていた屋敷に集合させて、様子を見ながら全員総出で個別指導するのがいい気がするんだけど、どう思う? 最初の魔獣使いとしての心得やテイムの際の注意事項くらいは一緒でもいいかもしれないけど、例の暴力野郎は個別指導にしないとおそらく真面目に聞かないだろうからなあ」
おかわりのコーヒーを飲みながらの俺の呟きに、全員が真顔で俺を見る。
「俺達も同意見だな。場合によっては、例の暴力野郎だけ別の日に指定して、それ以外は全員まとめての指導でもいい気がするな」
苦笑いするハスフェルの言葉に頷いていたギイが、不意に手をあげて俺を見た。
「なあ、それならあの暴力野郎以外を先に指導して、その上で事情を話して新人達も巻き込んで、後から暴力野郎の指導を全員でするのがいいんじゃあないか? アルクスは、事情を話せば間違いなく協力してくれるぞ」
おお、白い狼を連れているっていう上位冒険者のアルクスさん、まさかの知り合いだった。
「ああ、確かに彼なら間違いなく協力してくれるな。人柄は保証するぞ」
笑ったハスフェルもそう言ってくれたので、とりあえずその予定で一度エルさんに相談してみる事にしたよ。
まあ、今日のところは、まずは外で従魔達も一緒に遊んでバーベキューをするんだけどね。