差し入れのケーキと紅茶
「ああ、いらっしゃい! どうぞ入って」
「どうしているかと思いましてね。ちょっと皆が喜びそうな差し入れも持って来ましたよ」
笑って収納袋を見せるクーヘンの言葉に俺も笑顔になる。
「そりゃあ嬉しい。ありがとうな。ああ、残念だったな。もうちょい早く来てくれれば、新作おやつがあったのに!」
笑った俺の言葉に、クーヘンとマーサさんが揃って顔を覆って悲鳴をあげる。
「ああ、なんてもったいない! ケンさんの新作おやつを食べ損なうなんて〜〜!」
「だからもう少し早く来ようって言ったのに〜〜〜」
笑いながらのクーヘンの悲鳴に続き、マーサさんがクーヘンの腕をぺしぺしとまるでシャムエル様みたいに叩きながらそう言って笑っている。
「ご希望とあらば、二人分くらいなら……作れるかな?」
「ああ、いや、それはまたの機会にお願いします。実は少々込みいった話をギルドマスターから聞いて来ていまして、今日はその話をしに来たんですよ」
クーヘンの何やら含んだその言葉に、思わず足が止まる。
「ええと、もしかして俺、また誰かに命を狙われていたりする?」
冗談抜きで、それは勘弁して欲しい。
割と本気でビビりながらそう尋ねると、隣を歩いていたクーヘンとマーサさんは足を止めて俺を見上げた後に、揃って吹き出した。
「まあ、気持ちはとってもよく分かりますよ。でもご安心を。今回は命の危険はないと思われますから」
「マジ?」
ちょっと涙目になりつつ、念押しをする俺。
「大丈夫ですからご安心を。でも、また前回とは違う意味でケンさんは大変かもしれませんねえ」
笑ったマーサさんの言葉に、クーヘンも苦笑いしつつ頷いている。
「ええ、一体何だ?」
思い当たるとしたら、あのネージュの元主人の事くらいだけど、それとは違うんだろうか?
まあ、確かに込み入った話なら皆と一緒に聞いた方がいいだろう。それに、ネージュをクーヘンやマーサさんに紹介して事情を説明しておかないとな。
って事で、とりあえずリビングへ二人を案内していった。
ちなみに、クーヘンもマーサさんも乗ってきた子達は厩舎に連れて行ってから来たらしく、従魔は連れていない。
「クーヘンとマーサさんが来てくれたよ。差し入れがあるそうなんだけど、食べ……ああ、食べられるんだな。じゃあ、せっかくだからお茶でも淹れようか」
リビングに入ったところでそう言って、笑顔で挨拶を交わす二人を置いてキッチンに向かった俺は大急ぎでお湯を沸かしてからリビングへ戻った。
「おお、美味しそう。それじゃあたまには紅茶でも淹れるかな」
いつもコーヒーばかりだから、たまには紅茶も飲みたい。
二人が持って来てくれた差し入れは、机の上に並べられているんだけど、どれも直径30センチ以上は余裕でありそうな大きなホールケーキで、栗の甘露煮がぎっしりと埋まっているタルトと、それからイチゴと生クリームをたっぷり使ったイチゴのショートケーキ、それからイチゴのタルトと、イチゴとチョコレートのタルト、それからさくらんぼのタルトの五種類持って来てくれていたよ。
うん、確かに美味しそうだけど……これって一体何人前換算なんだ? しかも俺達はついさっき山盛りのフレンチトースト食っているんですけど!
脳内で思いっきり突っ込んだ俺は間違っていないよな?
「うわあ、美味しそう!」
「これは素晴らしいですね! ああ、全種類食べてみたい!」
「俺も全種類食べたい!」
草原エルフ三兄弟の本音丸出しの叫びに、全員揃って吹き出している。だけどそれを聞いた全員が目を輝かせて頷いていたから、紅茶の用意をしていた俺はちょっと遠い目になったよ。
「じゃあ、紅茶の用意は俺がするから、ケンは先にケーキを切ってくれるか。一応人数分に足りるようにな」
笑ったギイが来てくれてそう言うので、紅茶の茶葉の入った缶ごと渡しておき、大きめのカップにお湯を入れておく。
生クリームやチョコ系のケーキを切る時には、ナイフを温めてから切るのがお約束だからな。
ナイフコレクションから、ホールケーキ用に買った刃渡り30センチ以上は余裕である長いナイフを取り出す。
「これって冗談抜きで、もう少しブレードの厚みがあれば刀みたいだな」
手にしたそれを見ながら思わず呟く。
真っ直ぐなブレードと意外に薄い厚み、でも、刃の部分はめっちゃギラっと輝いているから、なんとも言えない凄みがある。
ちなみに、しっかり焼き入れがされているので切れ味は最高にいい。分厚い肉や骨付き肉でも、骨ごとざっくり余裕で切れるよ。
少し考えて、半分の半分、つまり四分の一にカットして、それをまた四つにカットしていく。
これで一つのケーキにつき十六個出来るから、全員が全種類食べても余裕がある。
まずはイチゴのショートケーキをカットして、それから他のケーキも順番にカットしていった。イチゴのタルトの飾っていたイチゴが若干ずれて型崩れしてしまったけど、まあこれくらいは素人なんだから許してもらおう。
しかし巨大ケーキを全種類切ってみて思った。一切れの大きさがおかしい。
これは……俺は全種類一口ずつもらって、あとは全部まとめてシャムエル様に進呈だな。
綺麗なお皿付きのカップ、ええと、確かカップアンドソーサーって言うんだっけ? それに紅茶を淹れたギイが、皆に紅茶を配ってくれる。
「一応聞くけど、全種類食べる人手を挙げて〜〜」
自分の右手を上げて見せながらそう尋ねると、当然全員の右手が即座に上がったよ。
「了解、少々お待ちを〜〜」
サクラが取り出して渡してくれた大きめのお皿に、差し入れケーキを全種類並べていく。
拍手喝采になるのを見て、苦笑いしてため息を吐いた俺だったよ。
では、ケーキを食べながら、その込み入った話とやらを聞こうじゃないか!