ごちそうさまと退屈な時間
「ごちそうさまでした〜〜〜!」
「もう、最高に美味しかったです!」
「ちょっと作ってくるって言って、あんなすごいお菓子を簡単に作っちゃうケンさんを尊敬します!」
目を輝かせた草原エルフ三兄弟にそう言われてなんだか照れ臭くなって笑った俺は、空っぽのお皿が積み上がった机の上を見てチベットスナギツネみたいな目になったよ。
大量に作ったあのフレンチトースト、一皿も残ってない。アレ、全部食ったんだ……。
うん、冗談抜きでこの人数で次に作るなら卵は八十個コースだな。残りを作り置き用に確保するなら……百個確定だな。あはは……。
「はい、お粗末さま。まあ、それだけ喜んで食べてくれたら、こちらとしても作り甲斐があるよ。ちなみにこのフレンチトーストのレシピは、俺、が、ええと、子供の頃に知り合いの人がよく作ってくれたレシピなんだ。すっごく世話になった人なんだぞ」
うっかり俺のバイト先、とか言いそうになって、なんとか堪えて誤魔化すようにそう言って笑っておいた。
まあ、嘘は言ってない。学生時代の事なんだから、まだ子供の頃、だよな。
「へえ、お知り合いの方が作ってくださったレシピなんですね。それじゃあその方にも感謝を! ごちそうさまでした〜〜!」
笑ったアーケル君の言葉に、オリゴー君とカルン君だけでなくリナさんやアルデアさん、ハスフェル達やランドルさん達も揃って店長に感謝してくれたよ。
店長、きっと今でも毎日美味しい料理をガッツリ作って腹減りな学生達を喜ばせているんだろうな。
不意に料理をしている時の店長の人懐っこい笑顔や、狭かった厨房の効率的な物の配置なんかを思い出してしまい、涙目になるのを必死になって誤魔化した俺だったよ。
店長! あの時に教えてくださったレシピだけじゃなく、バイト中に教えてくれた大量の料理の仕方が今めっちゃ役に立ってますよ! ありがとうございま〜〜す!。
聞こえるわけはないけど、定食屋の店長と、それからトンカツ屋の店長にも、脳内でこっそりそう叫んでおく。
そのあとは訓練を再開するでもなく、なんとなくのんびりダラダラと過ごしたのだった。
「ううん、なにもする事がないってのも退屈だなあ」
スライムベッドの上で従魔達とくっつきながら、大きな欠伸をした俺はそう呟いて遥かに高い天井を見上げた。
「外へ出るには天気がイマイチだし、作り置きは大量にあるから急いで料理する必要もないし。ああ、退屈だよ〜〜〜」
よく考えれば、この世界へ来てからここまで暇なのって初めてかもしれない。
ちょっと新鮮な気分も味わいつつ、小さく笑ってそばにいたマニに抱きつく。
その時、唐突に呼び鈴の音が聞こえてマニ共々驚いて起き上がった。
「今の音、何?」
かなりびっくりしたのだろう。マニは平気な風を装っているが思い切り尻尾が試験管ブラシ状態になっているし、背中の毛が逆立っている。
小さく唸ったマニは、そう言って俺にピッタリとくっついてくる。
なんだよ、この可愛いしかない子は!
脳内で両手を握りしめて絶唱しておいた。やっぱりマニは可愛いよなあ。
「大丈夫だよ。アレは呼び鈴って言って誰か来た時に鳴らしてくれる音だよ。誰か確認してくるから、離してくれるか」
ピッタリとくっついただけでなく、俺の右腕に前脚を使ってしがみついていたマニの頭を左手でそっと撫でてやる。
「ええ、行かないでご主人〜〜」
額をグリグリと腕に擦り付けられて、ちょっと理性が崩壊しそうになった。
「ああ、お前はもう、なんて可愛いんだ!」
しがみつくマニに、笑って抱きついてやり、しばしラブラブタイムを楽しむ俺だった。
「ああ、いかんいかん。いつまでも人を待たせちゃ駄目だよな。ほら、じゃあ皆で一緒に行くからお前もおいで」
うっかり忘れそうになったけど、呼び鈴を鳴らした人をいつまでも待たせちゃ駄目だって。
苦笑いしてマニから離れた俺は、駆け寄ってきたマックスやニニ達と一緒にとにかく玄関へ向かった。
「はあい、お待たせしました」
そう言いながら覗き窓から外を確認する。
一応、誰か来た時は迂闊に扉を開けずに、必ず誰が来たのか確認しろと、割と真顔でハスフェル達に言われているから、ここは素直に従っておく。
まあ、今回は命を狙われている訳じゃあないんだから、そこまで用心しなくて……いいんだよな?
そんな事を考えていると、覗き窓から見えたクーヘンとマーサさんの笑顔に俺も笑顔になり、大急ぎで扉を開けたのだった。