ベリーのジェムは……
「はいどうぞ」
準備したお茶を、各自の前に置いてやる。
今回はベリーも一緒に机の横にいるので聞いてみると、お茶やコーヒーなどの飲み物は皆と同じように飲めるしマナの補給にもなるらしい。なので俺の予備のカップを出してやり、ベリーも一緒にお茶を入れてやった。
今は腹もいっぱいだから、茶菓子はいらないだろう。あとで、大活躍だったらしいベリー達には果物を出してやらないとな。
何となく、しばらくは無言でそれぞれのお茶を味わった。
俺のカップの横に座っているシャムエル様の分は、いつもの盃に入れて出してやった。
ちょっと熱かったらしく、だけど嬉しそうにフーフーしながら飲んでいたよ。神様も猫舌なのかね?
何となく面白くてしばらくお茶を飲むシャムエル様を眺めていた。
「ええと、それでベリーが確保してくれたジェムって、全部でどれくらいあるんだ?」
何となく誰も言わないので、仕方なく俺が話を振る。
ベリーは、飲んでいたカップを置いて俺に向かってにっこりと笑った。
「はい、今回は目的が出来ましたから、我ながら頑張りましたよ。それで、先程クーヘンに言われたんですが、貴方にも半分引き取ってもらうようにとの事でしたので、そのようにします。それでお渡しする内容なのですが……」
わざとそこで言葉を止めて、ゆっくりとお茶を飲む。
ハスフェルとギイは、完全に野次馬状態で俺達の会話を聞いている。
「まず、ブラックディノニクスのジェムが658個、亜種のジェムは389個、素材は爪で、これが778個。それからブラックアンキロサウルスのジェムが895個、亜種のジェムは306個、素材の棘は4826個。次がこれですね。ブラックラプトルのジェムが602個、亜種のジェムは1027個。素材の爪は2054個。トリケラトプスのジェムは487個、亜種のジェムは195個、素材は額の大角で585本。次はステゴザウルスのジェムですね。ええと……ああ、これだ。876個と亜種のジェムが463個、素材の背板は926個。それからパキケファロサウルスのジェムが996個と亜種が592個、素材は石頭で592個。あとはこれですね。草食恐竜のマイアサウラのジェムで、これが2602個、亜種は841個です。これには素材がほとんど無くて、亜種の中でも上位種だけが時に素材を持つのです。それは草食恐竜独特の形をした平らな歯です。これが一体につき複数とれます。大小ありますが、今回手に入ったのは全部で96個ですね。まあ、これ以外にブラックトライロバイトのジェムも6234個と亜種のジェムが2895個、素材の角は5936個ほど確保してきました。改めて数えると、なかなか豪快ですね。まあ、ちょっと張り切り過ぎましたかね」
最後は苦笑いしながらそう言い、ハスフェルとギイは笑って拍手なんかしてやがる。
はっきり言って、途中から俺の脳細胞はベリーの言葉を理解する事を拒否したみたいです。
多分、クーヘンも同じだろうと思い隣を見ると、彼は目を見開いたまま固まってました。
嬉々としてジェムを取り出し掛けたので、俺は慌てて止めた。
「待った! 今ここでそれを出すと大変な事になるだろう!ちょっと片付けるから待ってくれって」
しかし顔を上げたベリーは、不思議そうに首を傾げた。
「今言ったのは半分の量ですから、そのままアクアに渡しますのですぐにすみますよ。ちょっと待ってて下さい」
足元に寄って来たアクアを抱き上げるベリーを見て、納得し掛けた俺は勢い良く立ち上がった。
「ちょっと待ったー! 今、今聞き逃せない言葉を聞いたぞ。俺の分? ちょっと待ってくれ。今の数って……あれが半分なのか?」
「そうですよ。半分だと言われたので、きちんと半分ずつにしました。ああそれから、予定外の場所にティラノサウルスが全部で4匹いたので、とりあえず狩って来ました。これはどうしますか?」
「ティラノサウルスと予定外の場所で遭遇して、とりあえずと言ってサクッと倒す奴が、この世にどれ位いるんだろうなあ……」
本気で遠い目になり呟いた俺の言葉を聞いて、横でハスフェルとギイが大爆笑している。
「なあ、これって数が多過ぎて実感が無いんだけど、どうしたらいい? クーヘンの店で売れるかな?」
返事が無いので、俺は隣のクーヘンを覗き込んだ。
「おおい、帰って来いよー」
顔の前で手を振っても全くの無反応。もしかして、また気絶した?
背中を軽く叩いてやると、何度か瞬きをした後、ゆっくりとこっちを向いた。
「ケン……さすがにあれは……どうしましょうか?」
「まあ、腐るもんじゃ無いんだし、せっかくの機会だし取り敢えず貰っとけよ。店で売るなり、言っていたように王都で売ったら大繁盛だぞ」
「本当によろしいのですか? 正直言って恐竜のジェムは、早々売れる物では無いでしょうから、開店時には各10個ずつもあれば充分だと思っていたんですがね。それに、賢者の精霊殿にここまでして頂いても、私には何もお返し出来る物がありません。このご恩をどうやってお返しすれば良いのでしょうか?」
戸惑うクーヘンの言葉を聞いて、ベリーは優しい微笑みを浮かべた。
「恩義に感じる必要はありませんよ。私は、ケンに、この生涯かけても返せない程の恩義を感じています。でも、彼はそれを盾にして私に何も求めてくれませんからね。なので、その彼の弟子である貴方が店を出されるのなら、それをお手伝いするのは私には至極当然の事なのです。それにジェムは、人の生活には必要不可欠なものです。必要とする人達の所へ、暴利を貪る事なく届けて頂けるなら、貴方にそれ以外は求めません。己で管理出来るだけの誠実な商売をなさい。そうすれば、必ず人々は貴方について来てくれるでしょう」
「ありがとうございます。肝に命じます」
背筋を伸ばして深々と頭を下げたクーヘンは、顔を上げて晴れ晴れと笑った。
「貴方にも心からの感謝を、ケン。あの時、無茶をしてでも貴方の弟子になった、あの日の私を褒めてあげたいです。よくやった! ってね」
「本当にな。びっくりしたんだからな」
顔を見合わせた俺達は、ほとんど同時に吹き出して大笑いになった。
さて、この大量のジェム。どうしようかね?
アクアとサクラの中にあるジェムの総数を考えて、ちょっと気が遠くなった俺は……悪く無いよな?
「いやあ、面白かったよ。じゃあ今日はここまでだな。明日の予定だが、一番早い船なら朝の7つ鐘で出発だから、出来ればそれに乗りたい。なので、夜明け前には此処を出るぞ。皆頑張って早起きしてくれよな」
立ち上がったハスフェルの言葉に頷き、その場は解散になった。
カップは各自の物だったので、残ったそれ以外をサクラに綺麗にしてもらい、ベリーやフランマ達に果物を箱ごといくつも出してやった。
食べている間に、俺は水場で顔を洗って口をゆすいでくる。
それからサクラに全部綺麗にしてもらったら、もうする事も無いのでとっとと寝る事にした。
「じゃあ今夜もよろしくな。暑くなって来たけど、ニニの腹の寝心地は最高だもんな」
笑って腹にもたれる俺の横にはマックスが寝転がり、背中側にはラパンとコニーが巨大化して潜り込む。そして俺の腹側にはタロンが物凄い勢いで潜り込んできた。
「今日は私がここなの!」
フランマと猫軍団はベリーの所へ行った模様。
「じゃあおやすみ。明日は早起きなんだって。起こしてくれよな、よろしく……」
「ちゃんと起きてよね」
頭の上側から笑ったシャムエル様の声が聞こえて、俺は笑って顔を上げた。
「昔から朝には弱くてさ。早起きだけは苦手だったんだよ」
学生時代の色々とやらかしたあれやこれやを思い出して、思わず笑ってしまった。
「まあ、頑張って起きるから、よろしくな。頼りにしてる……よ……。おやすみ……」
最後まで言えたかどうかの記憶はもう無い。
疲れていた俺は、ニニの腹に顔を埋めた瞬間に、気持ち良く眠りの国へ急降下していったのだった。