たまには真面目に訓練だ!
ぺしぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺしぺし……。
小さな手で額を叩かれて、もふもふの海に沈んでいた俺は笑って顔を上げた。
「寝てないよ。起きてるって。ああ、だけどいつまででもここに埋もれていたいぞ〜〜」
笑ってそう答えて、抱きしめたままだった腕を緩めてマニを解放してやる。
「なんだ。静かになったから、また寝たのかと思って張り切って起こしにきたのに」
笑ったシャムエル様にそう言われて、俺も笑いながらシャムエル様のもふもふ尻尾を突っつく。
「寝てませ〜〜〜ん!」
もふもふなニニのお腹の上に寝転がったままだった俺は、笑ってそう言いながら腹筋だけで勢いよく起き上がり、気配を察知して慌てて逃げようとしたシャムエル様を両手で包み込むようにして捕まえてやった。
「きゃ〜〜捕まっちゃった〜〜〜!」
予想外に妙に嬉しそうな悲鳴が手の中から聞こえてきて、横を向いて吹き出す。
「いいのか〜〜では、遠慮なく!」
そのまま捕まえたシャムエル様を顔の前へ持っていき、開いた両手に顔面ダイブしてもふもふな尻尾に遠慮なく顔を埋める。はあ、気持ち良いぞ〜〜〜!
「もう! なにするんだよ! 私の大事な尻尾で鼻を拭かないでちょうだい!」
くるっと俺の手の中で器用に向きを変えたシャムエル様が、ゲシゲシと俺の顔を蹴飛ばし始めた。
「痛い痛い! 待てってば」
慌てて顔を上げて解放してやると、一瞬でマックスの頭の上までワープしたシャムエル様は、激おこ状態で俺を見て、ふんす! って感じにため息を吐いた。
「もう、大事な尻尾がベタベタだよ。本当に油断も隙もあったもんじゃあないね!」
そう言って、マックスの頭の上に座ってせっせと尻尾のお手入れを始めた。
「ええ? ベタベタって……あ、俺のよだれか。ごめんごめん」
鼻を拭いた覚えは無かったので、思わずそう呟きながら顔を触ると、口元がちょっと濡れているのに気がついて笑っちゃったよ。
まあ、確かに他人のよだれは俺も嫌だな。気をつけよう。
小さく笑って一つ深呼吸をしてから周りを見回すと、皆それぞれに自分の従魔達とくっついて寛いでいる。
笑って思いっきり伸びをした俺も、こっちを見ていたニニのお腹に上に寝転がってのんびり休憩タイムを楽しんだのだった。
一休みしたそのあとは、棒術でのハスフェルとギイの本気の対決を皆で見学したり、二人が休んでいる間は残りの全員揃ってオンハルトの爺さんから、木刀というか木剣みたいなのを使った対人戦での効率的な剣の使い方の講習なんかもしてもらった。
対人戦では間違いなく役立たずな俺は、一応一通りの説明を聞いたあとは、個別指導で攻撃された際の防御中心で教えてもらい、万一斬り合いになった際の逃げ方なんかも実際に手合わせしながら教えてもらった。
なんでも冒険者って割と自己流で剣を覚えて戦っている人が多いらしく、こんな風に誰かから実技込みで教えてもらえるような機会は皆無らしく、普段はふざける事の多い草原エルフ三兄弟もこの時ばかりは真剣に教えを受けていた。
オンハルトの爺さんの方も誰かに武術を教えられるのが嬉しいらしく、こちらもご機嫌で時折実技を交えながら詳しい説明をしては、合間に実際に模擬戦をやらせたりもしていた。
途中からは復活したハスフェルとギイも加わり、俺もハスフェルに改めて棒術での防御の仕方を中心に教えてもらったりして過ごした。
「はあ、今日はなかなかに有意義な時間だったな。ううん、ちょっと小腹が空いてきたけど、今何か食ったら夕食が食えなくなりそうだなあ」
一段落したところでまた俺はもふ塊に飛び込んで休憩していたんだけど、ふと気がついてそう呟きながら顔を上げた。
「朝がいつもより遅かったからなあ。だけど朝昼兼用にするにはちょっと早い時間だったのか。ううん、どうするかねえ」
あれだけ食ったはずのうどんは、もうすっかり消化しちゃったみたいだ。
「確かに腹減りましたねえ」
「確かにちょっと腹が減ってきたなあ」
今は草原エルフ一家に、オンハルトの爺さんにハスフェルとギイも加わり、小柄な彼らが大柄な相手と対峙した際の戦い方や注意点なんかを実技を交えながら詳しく説明しているところなので、ランドルさんとボルヴィスさんは休憩中だ。
「じゃあ俺が食べたいから、ちょっとキッチンへ戻って何か甘いものでも作ってこようかなあ」
そう呟いて立ち上がった瞬間、ちょうどタイミングよく手を止めたところだったハスフェル達やリナさん一家が全員揃って勢いよくこっちを振り返った。
「お願いします!」
目を輝かせた全員の声が重なる。
まあ、作り置きはまだまだ色々あるんだけど、ちょっと食べたいものを思いついたので、笑って胸を張った俺は全員を見回して大きく頷いた。
「じゃあ、準備が出来たら知らせるから、リビングに戻ってきてくれよな」
「はあい!」
全員の元気な返事が返ってくる。どれだけ楽しみなんだよ。
スライム達が入った鞄を手にした俺は、何故か全員から拍手で見送られてトレーニングルームを後にした。
「それで、なにを作るの?」
ワクワクって擬音が背後に見えそうなくらいに目を輝かせたシャムエル様の質問に、リビング横のキッチンに到着した俺は笑ってドヤ顔になった。
「まあ、楽しみにしていてくれ。きっとシャムエル様は好きだと思うからさ」
「わあい、わあい、なんだか分からないけど楽しみにしてま〜〜す!」
ご機嫌でステップを踏み始めたシャムエル様の横では、瞬時に現れたカリディアが同じステップを踏んでいる。
しばらく踊って、最後は揃ってキメのポーズだ。
「お見事〜〜〜! じゃあカリディアにはこれな」
笑って拍手をして、カリディアにはいつもの激うまブドウを渡してやる。
シャムエル様は、俺の右肩に現れて目を輝かせているので、ここで見学するみたいだ。
「ええと、まずは下準備からだな。サクラ、今から言うものを出してくれるか」
キッチンの大きなテーブルの上に上がってこっちを見ているサクラに、俺は今から作る材料を思い出しながら順番に読み上げていったのだった。
さて、どれくらい作ればいいんだろうね?