トレーニングタイムともふもふタイム!
「ごちそうさまでした〜〜〜!」
「はあい、お粗末さまでした」
アーケル君達草原エルフ三兄弟のご機嫌なご馳走様に、俺も笑ってそう答えてやる。
もう全員食べ終わってすっかりお寛ぎモードだ。
何しろ、用意したうどんの鍋はどれもすっかり空っぽになっている。出汁まで残らないとか、呑んだ翌朝なのにすごい食欲だな、おい。
ええと……皆、二日酔いなんじゃあなかったっけ?
頭の中で力一杯そう突っ込んだ俺は、空っぽになった鍋をいそいそと片付け始めるスライム達を見て小さく笑った。
まあ、残されるよりずっといいよな。
うんうんと頷いてそう考えた俺は、一つ深呼吸をしてからハスフェル達を見た。
「ええと、ところで今日の天気ってどうなってるんだ?」
「残念だが、今日も曇天だな。今にも降り出しそうだぞ」
カーテンを開けたギイの言葉に、俺も窓の外を見る。
窓から見える外の天気は、確かに彼が言う通りに昼間とは思えないくらいに薄暗くてどんよりとしている。
「うわあ、確かに今すぐにでも降り出しそうなお天気だなあ。残念。じゃあ、今日も庭遊びは駄目で休憩かあ……こう、毎日ダラダラするだけってのも面白くないなあ。料理でもするか」
基本無趣味だったから、暇な休日にやっていた事ってニニとマックスの散歩以外だと、料理と筋トレくらいだ。
「あ、それならちょっと気分転換に運動でもするか。確か、トレーニングルーム用の部屋もあったよな」
確か、ハスフェル達が見つけてくれた元はダンスホールっぽい部屋があって、前回ここを立つ前に修繕と訓練用の器具一式を搬入するようにお願いしていたはずだ。
「おう、あの部屋なら綺麗になっていたぞ。行くか?」
うどんの塩分と水分補給のおかげで、ちょっと二日酔いでぼうっとしていた気分もすっかり元に戻っているんだから、たまにはしっかり運動するのもいいだろう。
笑って頷き立ち上がって思いっきり伸びをする。
「じゃあ、ちょっとひと運動するか」
以前の俺の世界ほど複雑な機械ではないが、ホテルハンプールのトレーニングルームにはそれなりの運動器具みたいなのがあったんだよな。
「もちろん用意してもらっているぞ。じゃあ行こうか」
嬉しそうにそう言ったハスフェルの言葉に、当然のように全員が立ち上がる。
だけど今の俺達の装備って、当然だけど冒険者装備だから全員がそれなりに高価ながっしりとした防具を装着している。
女性であるリナさんもそれは同じだ。
「ええと、この格好だと運動するには不向きだから、ひとまず部屋に戻って着替えてから、一階の奥にあるトレーニングルームに集合でいいかな?」
「了解で〜〜〜す!」
笑顔のアーケル君達の返事に続き、ランドルさんも嬉しそうに返事してくれた。
って事で、一旦ここは解散して着替えてから集合してトレーニングルームへ行く事にしたよ。
俺は、従魔達と一緒に一旦屋根裏部屋へ戻って、防具も剣帯も全部外し、鎖帷子も久しぶりに全部脱ぐ。
当然のように脱いだ防具は即座にサクラが綺麗にして、アクアが収納してくれた。
少し考えて、ゆったりめのトレーナーっぽい頭から被るタイプのシャツと、緩めのカーゴパンンツを履いておいた。
靴も、今まで履いていた底のがっしりした分厚い革靴ではなく、以前ハンプールで買った薄くて底の柔らかな鹿革っぽい革靴を履いておいた。
一応、これがこっちの世界での運動着セットみたいな感じらしいからな。多少の差はあれ、全員が似たような服装になって廊下に集合した。
当然従魔達は全員俺についてきたけど、まあ、他の皆の従魔達も全員ついてきていたから問題ないよな。
俺達が運動している間は、君らはまた隅っこでもふ塊になっていてくれたまえ。たまに俺が休憩がてら飛び込ませてもらうからさ。
「おお。なかなかに広くていいですね」
「うわあ、道具も色々揃ってる!」
「しかもどれも新品だ〜〜〜!」
トレーニングルームの扉を開き、壁面に備え付けられている配電盤みたいなやつにブラウングラスホッパーのジェムをねじ込んで明かりをつけてから、全員揃って部屋に駆け込む。
ちょっとした体育館くらいはありそうな広いその部屋は、傷んでいた床も綺麗に修理されていてピカピカのツルツルだ。これなら裸足でも良さそうかも。
天井が丸いドーム型になっていて、シンプルなシャンデリアが等間隔で全部で九個ぶら下がっている。
もうこれを見ただけで、どれだけ広い部屋なんだよ! と、突っ込んでしまった俺は間違っていないと思う。
しかもこの部屋には柱が一本も無いんだよ。
部屋を見たオンハルトの爺さんの解説によると、この丸くなったドーム状の天井が天井全体をしっかりと支えているらしく、部屋の真ん中に柱が無いのもこれが理由らしい。
これもドワーフの秘伝の技の一つなのだとか。いやあ、ドワーフの皆さん凄すぎます!
俺には絶対に出来ない技術にひたすら感心していると、俺以外の全員が部屋に散らばって好きに運動を始めた。
とは言っても、まずは準備運動だ。
このところ不摂生な生活が続いたので、ちょっとなんと言うか体が全体に鈍っている気がする。
俺でもそう感じるのだから、ハスフェル達なんかはもしかしたら、ちょっと焦っているかもしれない。この世界の警備担当者達には、常にしっかりと体を整えていてもらわないとな。
全員でまずはしっかりと準備運動と柔軟をして体をほぐした後、俺とアーケル君達三兄弟は一番数があるいわゆるベンチプレスを始めた。
それを見たリナさんとアルデアさんは、その隣に並んでいるフットプレスを始めた。と言ってもこっちは足首に重りを巻きつけて椅子に座り、足を上げ下げするだけだ。
ハスフェルとギイとランドルさんとボルヴィスさんは、それぞれ長い棒を持ってご機嫌で打ち合い始めたよ。
彼らが戦う賑やかな音を聞きながら、器具組は黙々と筋トレをする。
途中交換しながら、腹筋や背筋も交互に鍛えていく。
「せっかくだから、ケンも参加しろよ。オンハルトが相手がいないと言って拗ねているぞ」
クールダウンしていたところでそんな事を言われて、断ろうとした時には棒を渡されていた。
「まあ、確かにこっちもちょっとはしておくか。だけど本気で戦ったら俺なんか一撃でのされるのは確定なんだから、そこは配慮してくれよ!」
何しろ、オンハルトの爺さんはハスフェルとギイが二人がかり打ち込んでも平然と返すような強者なんだからさ。俺ごときがお相手しても。務まるような相手じゃあないんだって!
「もちろん心得ておるわ。受けてやるゆえかかって来い!」
棒を構えたオンハルトの爺さんに嬉々としてそう言われてしまい、苦笑いした俺は手にしていた棒を改めて握り直した。
「じゃあ、お願いします!」
何しろ相手は闘神の化身を幼い頃から鍛えたお方だ。
俺の力一杯の打ち込みを平然と受けて流す。
「もういっちょ!」
返す手で反対側からも打ち込むけどこれも平然と打ち返され、衝撃で棒を叩き落とされてしまう。
慌てて下がろうとしたけど、笑って引いてくれたのでお礼を言って棒を拾い、改めて向き合う。
「お願いします!」
もう一回そう叫んで、今度は下段から打ち込みに行った。
結局ハスフェルとギイが乱入してきて乱打戦となり、青あざをいくつも作った俺はハスフェルに癒しの術をかけてもらう羽目になったのだった。
いや、俺がやりたいと言ったのはちょと軽い筋トレ程度で、こんなハードな訓練じゃあなかったんだけどなあ……。
床に転がったまま、はるかに高い天井を見上げてため息を吐いた俺は、棒にすがるみたいにして立ち上がり部屋の隅を見た。
退屈した従魔達が今日も巨大な猫団子あらためもふ塊になっている。
「癒してくれ〜〜〜〜!」
手にしていた棒をその場に放置してそう叫んだ俺は、笑いながらもふもふの山に飛び込んで行った。
「ご主人捕まえた〜〜〜!」
当然のようにマニとマロンが飛びかかってきて、そのまま一緒にもふもふの海に沈んでいく。
あちこちから笑い声が聞こえた後、皆も歓声を上げてもふ塊に飛び込んでくる。
人全員と従魔達全員の楽しそうな笑い声が重なり、マニに腹側から抱きついていた俺も一緒になって声を上げて笑って、もこもこなマニの腹毛に顔を突っ込んだのだった。
はあ、この短い腹毛も良きかな、良きかな……。