大宴会といつものモーニングコール
「ふああ、もう食べられない。お腹いっぱいだよ」
確か昨日も言った記憶があるセリフを言った俺は、小さく笑いながら手にした白ビールを飲み干す。
「そしてビールも、おかわりだ〜〜〜!」
ご機嫌でそう言いながら、栓を抜いた地ビールをマイグラスに手酌で注ぐ。
これは俺の元いた世界で定番の、俺もよく飲んでいた銀色の缶に黒いロゴが大人気のとってもドライなビールとほぼ同じ味がするやつだ。
色んな場所を旅していて気がついたんだけど、実は各地に俺の知るビールや発泡酒に似たような味の地ビールがそれぞれの地にあるんだよな。
なのでこれは、恐らくだけど作っている原材料そのものが似ているんだと勝手に思っている。
まあ、さすがにビールは自分で作った事はないので、俺が勝手にそう思っているだけなんだけどね。
「材料が何であれ、美味しければそれでいいよな!」
と、勝手に納得して瓶に残っていたビールをマイグラスに注ぐ。
一口だけ残っていた岩豚の角煮まんを口に放り込んでから、懐かしい味のビールをゆっくりと飲んだ。
「あれ? おっかしいなあ……いつの間に、マイグラスに残っていたビールが無くなったんだ?」
ハーブの効いたローストビーフみたいなのを口に入れて、またビールを飲もうとして空っぽのマイグラスの中を覗き込みながらそう呟く。
「何だ、シャムエル様か〜〜もう、俺のビールを勝手に飲まないでくれよな〜〜〜」
笑ってそう言った俺は手を伸ばして、ハーブの効いたローストビーフもどきをご機嫌で齧っているシャムエル様のもふもふな尻尾を突っついた。
「もう! 勝手に尻尾を突かないの! 大事な毛が減ったらどうしてくれるんだよ! それに、そのビールはケンが一人で全部飲んだくせに、私に濡れ衣を着せるなんて酷いよ! 今ならお返しに天罰を落とせるけど、どうしようかなあ〜〜〜?」
「うああ〜〜〜! 申し訳ありません! ちょっとした勘違いです! これどうぞ!」
唐突にブラックになったシャムエル様に低い声でそう言われて、慌てて謝ってまた別の地ビールの栓を開ける。
ちなみにこれは、俺の元いた世界でちょっとお高いビールの代名詞でもあった、釣竿と鯛を抱えたふくよかな神様の名前がついたビールと同じ味がするやつだ。給料日明けとか、正月とかしか飲めなかったやつだよ!
「まあ、素直に謝るその心根を評価して、今日のところは勘弁してあげよう。ほらここに入れて!」
「はは〜〜〜〜!」
空のショットグラスを差し出されて、両手で瓶を持ってこぼさないように気をつけながらちょっとだけ注ぐ。
「では、かんぱ〜〜〜い!」
ご機嫌でグラスを少しだけ重ねてまたぐいっと飲み干す。
この辺りから、だんだん記憶が無くなっていって……。
ぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
しょりしょりしょり……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
起こされているのは分かっていたんだけど、どうにも頭痛が酷くて返事が出来ない俺は、目をギュッと閉じて唸り声を上げながらもふもふの海に埋もれたままゆっくりと寝返りを打った。
はあ、どこを向いてももふもふしかないなんて、最高だよな……。
「ありゃあ、今朝は起こされても返事すらしないよ」
「まあ、昨夜はかなり飲んでいましたからねえ。ですが、二日続けてリビングで寝落ちはさすがにちょっと呆れますねえ」
「だよね。本当に全員揃ってだらしがない大人の見本みたいな生活してるよね」
シャムエル様とベリーのケラケラと笑っている声が聞こえた俺は、抗議の声を上げようとしたんだけど果たせなかった。
寝汚い俺の体は相変わらず全然起きてくれなくて、結局俺に出来たのは大きな欠伸をしながら腕の中のもふもふにしがみついた事だけだった。
このふわふわは……あ、この尻尾はフランマだな。相変わらず良き尻尾だよ……はあ、もふもふもふもふ……。
ぺしぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
チクチクチクチク……。
しょりしょりしょりしょり……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きてるよ……ふああ〜〜〜〜」
半ば無意識で返事をしながら、俺はまた襲ってきた酷い頭痛に唸り声を上げてもふもふに顔を突っ込んだ。
うん、これはフランマの胸元のもふもふだな。この辺りは毛が長いから俺の大好きな尻尾とタイマン張るくらいの良き手触りなんだよなあ……。
「ご、しゅ、じ、ん」
「お、き、て」
ハートマークが付いていそうな耳元で聞こえる甘い声は、完全に笑った声のファルコとネージュだ。
おいおい、いくら甘くても野郎の声で起こされるのはちょっといただけないぞ〜〜。
心の中で突っ込みつつ、楽しそうなファルコとネージュの様子に俺も笑顔になる。
「あ、寝ぼけて笑ってるよ。もう一体何の夢を見ているんだろうねえ。じゃあ、遠慮なく起こしてあげてちょうだい!」
「は〜〜〜い!」
シャムエル様の言葉に、嬉々として返事をするお空部隊の面々。
いやちょっと待って。もう起きてるから!
残念ながら心の中の抗議の声は届かず、耳たぶと瞼の上と鼻、それから上唇と脇腹の辺りに、それぞれ力一杯ペンチでつねられたような激痛が走る。
「うぎゃあ〜〜〜〜! 痛いって! げふう!」
悲鳴と同時に思いっきり腹を蹴っ飛ばされて仰向けに吹っ飛ばされる。
「だからどうして毎朝こうなるんだよって……」
誰かの笑う声と吹き出す音を聞きながら、またしても真っ暗な世界へ墜落していった俺だったよ。