ごちそうさまにはまだ早い!
「はあ、もう食べられない! 腹一杯だよ」
残っていた最後の一切れのお肉を口に入れ、ビールを飲み干して大満足のため息を吐いた俺は、椅子の背もたれに体重を預けてそう言い、グラスを置いて早々にごちそうさまを言おうとした。
「待って! ごちそうさまはまだ早いよ! 岩豚をもう少しお願いします!」
しかし、シャムエル様の食欲はまだ満足していなかったみたいで、俺がグラスを置いた途端に慌てたようにそう言って空のお皿をぺしぺしと叩いた。
「はいはい。岩豚だな」
苦笑いして立ち上がった俺は、肉用の取り皿に追加で出してあった岩豚を二切れと、少し考えてレッドエルクの赤身肉も二切れ取った
まあ、もう腹一杯なんだけど見たらあと少し食べたくなるのは焼肉パーティーのお約束だよな。
「なんだ、それだけか? 相変わらず少食だなあ」
ちょうど追加の肉を取りに来ていたオンハルトの爺さんがそう言いながら俺の皿を見て笑う。
オンハルトの爺さんの持っているお皿には、岩豚やレッドエルクだけでなく、他の肉もまだまだ山盛りに取られていてちょっと遠い目になる。ううん、相変わらずすごい食欲だねえ。
「まあ、俺が皆より少食なのは否定しないけど、俺にしてみれば皆の食欲の方がおかしいと思うんだけどなあ」
しみじみと言った俺の呟きに、オンハルトの爺さんは大爆笑していた。
「ううん、あと一本くらいは飲めるかな」
戻りかけたんだけど、少し前に頼まれて追加の氷を入れておいた木桶に、またしても追加のお酒がたっぷりと入れられているのを見て吹き出し、少し考えて白ビールの冷えたのを一本だけもらっておいた。
「お待たせ。ビールもいるか?」
「ここにお願いします!」
当然のように即座に差し出された空っぽのショットグラスに、栓を開けた白ビールをこぼれないようにしながら入れてやる。
「肉は焼くからちょっと待てくれよな」
消していたコンロの火を入れてから、少し待って鉄板に岩豚とレッドエルクの肉を並べる。
焼けたところで、両方の大きいほうの肉をシャムエル様のお皿に取り分けてやり、もう一回乾杯してから焼けた肉を美味しくいただいたよ。
ううん、脂たっぷりでジューシーな岩豚と、脂はほとんどない赤身肉なのに味が濃厚で柔らかなレッドエルク。甲乙つけ難い肉を食べて、もう一回大満足のため息を吐いた俺だったよ。
「おいおい、もう終わりか? 相変わらず少食だなあ」
その時、笑った声がして振り返ると、肩を組んでやってきたハスフェルとボルヴィスさんが俺の左右に分かれて座った。
何故か彼らの手には山盛りになった岩豚とレッドエルクの生肉があり、彼らの背後にはスライム達がずらりと並んで、それぞれ一種類ずつお酒の瓶を持ってついてきていたのだ。
「お前は白ビールが好きだったな」
笑ったハスフェルの言葉の直後、ハスフェルの連れているスライムのミストが白ビールの入った瓶を持って机の上に飛び乗ってきた。
「前のご主人、はいどうぞ!」
そう言って、手早く栓を抜いて渡してくれる。
「ありがとうな。お仕事ご苦労さん」
どうやらそれぞれのスライム達が、彼らが飲むお酒を全部まとめて運んでいるみたいだ。
白ビールの入った瓶を受け取り早速空になったグラスに注いだ俺は、机の上に置きっぱなしになっていた空瓶をせっせと回収するミストを見て思わず笑ってそう言いながら、手を伸ばしておにぎりにしてやった。
「きゃあ〜〜おにぎりにされちゃったよ〜〜〜」
妙に嬉しそうなミストの悲鳴に、俺とハスフェルが同時に吹き出す。
「ご主人のお友達! 黒ビールはいかがですか?」
白ビールを飲み干したタイミングで、机の上に跳ね飛んできたのはボルヴィスさんが連れている赤色のスライムだ。
「ええと、確か名前はアップルだったな。ありがとうな。じゃあいただくよ」
これまた栓を開けてくれた瓶を受け取り、なんとなく流れ上そのままグラスに注いでまた乾杯する。
そして何故か、俺のコンロに載せた鉄板の上では、いつの間にかまたしても大量の肉がガンガン焼かれている。
「まあいいか。美味しいもんな」
かなり酔いが回ってきた俺は笑ってそう呟き、半分ほど残った黒ビールを飲み干した。
「前のご主人、よく冷えた梅酒はいかがですか! これは鶯宿梅っていう梅の名前がそのままお酒の名前になっている梅酒です。とっても香りが良くてまろやかで美味しいですよ!」
どこの居酒屋の店主だよってレベルの説明に吹き出しつつも、小さめのグラスを取り出す。
これは日本酒や梅酒なんかを飲む時に使っている、お気に入りの切子のグラスだ。
少し考えて、自分で収納しているアイスピッチャーを取り出し、大きめの氷を一つグラスに落とした。
「じゃあ、ここに一杯だけお願いします」
「はあい、かしこまりました〜〜〜!」
ご機嫌でそう言い、一升瓶から氷の入ったグラスにこぼれないように上手に注いでくれる。
当然ハスフェルとボルヴィスさんの手にも、同じ梅酒の入ったグラスがあるので笑顔で頷き合ってまた乾杯する。
「おお、確かにこれは美味しいなあ。香りもいい」
口いっぱいに広がる梅酒の香りにちょっと感動しつつ、焼けたレッドエルクの肉がいつの間にか俺のお皿に並べられていたので、箸で一枚つまんで口に入れる。
「へえ、梅酒って食前酒のイメージが強かったけど、氷で少し薄めると普通に肉に合うよな。これは美味しい!」
味と香りを楽しみながら、氷の入ったグラスを軽く揺する。
カランと響く氷の軽やかな音を楽しみつつ、ゆっくりと梅酒を飲み干したのだった。