さくらんぼ狩りとアクアの新技!
「ああ、こっちのイチゴも素晴らしいですね。そろそろ交代しませんか?」
ようやく通路の奥まで辿り着いて一息ついていたところで、タイミングよくさくらんぼ狩りに行っていたリナさん達が、揃って温室の中へ入ってきた。
「向こうのさくらんぼも素晴らしかったですよ。全部で三種類ありました。やや粒は小ぶりですが、どれも最高に甘くて美味しかったですよ」
目を輝かせるランドルさんの言葉に、ボルヴィスさんも笑顔で頷いている。
「じゃあ、交代しましょうか。さくらんぼも食べてみたいです!」
俺の言葉に、同じく通路の端まで早々に辿り着いて休憩していたハスフェル達も笑顔で頷き、ここで場所交代となった。
温室を出て、アーケル君達と先を争うようにして桜の木が並ぶ場所へ向かう。ハスフェルとギイも嬉しそうに早足で俺達の後をついてきているから、彼らも楽しんでくれているみたいだ。
「長く生きているが、考えてみたらきちんと管理して育てられた果物をこんなふうに好きにちぎって食べるなんて、初めての経験だなあ」
「確かにそうだな。野生のブルーベリーの茂みを見つけた時なんかは、それを採って食べる程度の事は何度もした事があるが、こんな風に手間をかけて作られた果物を自分で収穫して食べるなんて初めての経験だな。手間をかけた果物はここまで美味しくなるんだと、実を言うとちょっと感激しているよ」
「お前もか。実を言うと俺もそうだよ。いやあ、ここの世話をしてくれたスタッフさん達に感謝だな」
鈴なりに実ったさくらんぼを見上げながら楽しそうに話をする二人の声が聞こえて、笑った俺も力一杯同意したよ。
いやマジで、スタッフの皆さん! ありがとうございます!
「さてと、それじゃあさくらんぼ狩り開始だな。ええと、じゃあ俺はこの脚立を使わせてもらうよ」
俺の言葉に頷いたハスフェル達が一番低い脚立を手にする。まあ、彼らの身長なら場所によっては脚立がいらないレベルなんだけどさ。
そう。当然だけどさっきのイチゴ狩りの時と違って、さくらんぼは高い樹上の枝に実っているので収穫しようと思ったら脚立は必須。高い脚立に登るのはちょっと怖いけど、万一落ちてもスライム達が助けてくれるから大丈夫だよ!
身長の低いアーケル君には高い方の六段になった脚立を譲り、俺は四段になった脚立を立てて広げて登り、鈴なりに実っているさくらんぼを見上げた。
「あれ? リナさん達、本当にちゃんと食べたんだろうか? 全然減っているように見えないんだけどな?」
思わずそう呟くと、俺の右肩にいたシャムエル様が笑って俺の頬を叩いた。
「ご心配なく。彼らも大はしゃぎでたくさん食べていたからね。ねえ、それより早く取ってよ! 私も食べたい! さくらんぼったら、さくらんぼ〜〜〜美味しい美味しいさくらんぼ〜〜〜!」
俺の右肩に立ち上がったシャムエル様が、そう言いながらまたしても新作さくらんぼの歌を歌いながらぽふぽふと俺の頬や首にもふもふ尻尾を叩きつけてくる。いいぞもっとやれ。
「そうか。それならいいよ。じゃあ、まずはシャムエル様に。はいどうぞ」
腕を伸ばして、近くにあったさくらんぼの細い枝の部分を掴んでそっと引っ張ってちぎって渡してやる。
「うわあ、美味しそう! ありがとうね。では、いっただっきま〜〜す!」
両手に持った枝付きさくらんぼに大きな口を開けて齧り付くシャムエル様。
「おお、これは正しくリスっぽいぞ」
笑ってもふもふの尻尾をこっそりと突っつき、カリディアが脚立の上に現れたので、いくつかちぎって渡してやる。
嬉しそうにさくらんぼを齧るカリディアとシャムエル様をみて和みつつ、俺も手を伸ばして自分用にさくらんぼをちぎって口に入れた。
「うわっ! これ美味しい!」
思わずそう呟き、慌てて次のさくらんぼをちぎった。
そのあとはもう夢中になってさくらんぼをちぎっては口に放り込み、その度に感激の声を上げていたのだった。ちなみに種は、そのまま地面に吐き出すと、待ち構えていたスライム達があっという間に片付けてくれる。だけど美味しい美味しいって大はしゃぎしていたから、どうやらさくらんぼの種や枝もスライム達にはご馳走だったみたいだ。
最初に食べたのは、記憶にある佐藤錦のような甘味と酸味が絶妙なバランスの一品。素晴らしすぎだよ。
夢中で食べて一息ついたところでふと我に返り、今日食べたイチゴとさくらんぼの市場価格が全部でいくらになるのか考えて、乾いた笑いが出る俺だった。
「ううん、それにしても美味しい。この別荘メンテのオプションに、果樹の世話の追加を頼んだ去年の俺、本当にグッジョブだったぞ」
もう一回去年の自分を力一杯褒めた俺は、一度脚立から降りて別の木に脚立ごと移動しようとして、足元に転がるスライム達を見た。
一応、イチゴとさくらんぼはクーヘンやお兄さん一家にも楽しんでもらおうと思っているから、勝手に収穫しないようにお願いしてある。
「ご主人、そんな危ないものに乗らなくても、高いところへ行きたいならアクアがお世話してあげるよ?」
俺の視線に気がついたアクアが、得意そうにそう言ってビヨンと伸び上がった後、俺の足元に来て一気に大きくなった。
あっという間にさっきよりも高くまで持ち上げられた俺の目の前は、鈴なりのさくらんぼがある。
「これはいらないから、あっちへ置いておくね」
呆然としている俺の手から脚立を取り上げたアクアは、触手を伸ばしてさっき脚立が置いてあった小さな建物の壁面に立てかけて置いた。
「お、おう、ありがとうな」
我に返ってそう言うと、目の前にあるさっきとは少し色の違うやや赤みのあるさくらんぼに手を伸ばした。
「おいおい、また素晴らしい事を考えたな。確かにそれなら移動するのも楽だし危なくないな。真似させてもらうよ」
笑ったハスフェルの声に、高い脚立に乗っていたアーケル君達も揃って振り返り、これまた揃って思いっきり吹き出す。
「ああ、それは素晴らしい! 俺達も真似させてもらいま〜〜す!」
「おおい、あんな風に足場になってくれるか」
笑ったアーケル君とオリゴー君の声に元気よく返事をした彼らのスライム達が、あっという間に集まって小柄な体をさくらんぼの目の前まで持ち上げてみせる。
大はしゃぎしながらさくらんぼを収穫する三人。
「またしても、スライムに頼める仕事が出来たな。お前ら本当に最高だよ」
少ししゃがんで俺の足をしっかりとホールドしてくれているアクアを撫でてやり、俺もそのあとはもう夢中になってさくらんぼをちぎっては口に入れ、時々シャムエル様やカリディアにも渡してやりながら、気が済むまで贅沢なさくらんぼ狩りを楽しんだのだった。