楽しい時間
「うわあ、めっちゃジューシー。甘い香りも最高だな」
大粒の真っ赤なイチゴにかぶりついた俺は、綺麗な歯形のついた残りのイチゴを眺めながら思わずそう呟いた。
ストロベリーポットが並んだ広い温室の中は、甘酸っぱいイチゴの香りに満ちていて、駆け込むようにして温室の中に入った俺とアーケル君は揃って深呼吸をしてしまい、顔を見合わせて大笑いしたのだった。
二列並んだストロベリーポットの間と両サイドはやや広めの通路になっていて、どこの通路からでもストロベリーポットを触れるようになっている。
目を輝かせて真ん中の通路に駆け込んだ俺とアーケル君を見て、ハスフェルとギイが奥側の通路へ、それからオリゴー君とカルン君が手前側の通路に向かった。
「イ、チ、ゴ! イ、チ、ゴ! 楽しい楽しいイチゴ狩りったらイチゴ狩り〜〜〜!」
何やら新曲のイチゴ狩りの歌を歌いつつ、大きなイチゴの株の横で器用に高速ステップを踏むシャムエル様。
それを見たカリディアが、すぐ側の別のイチゴの株の横の小さな隙間に収まり、シャムエル様の踊りを完コピしてその場で踊り始めた。
「へえ凄い。あんな足場の悪くて狭い場所でも踊れるんだ。さすがはカリディアだなあ」
思わずそう呟いてカリディアを見ていると、いつの間にか俺の右肩に移動してきたシャムエル様に、右の頬をペチペチと叩かれた。
「ほら、何してるの。早く早く! 私はその上側にある大きくて真っ赤なイチゴが食べたいです! あ、イチゴなら大丈夫だからカリディアにもあげてね!」
今度は大興奮して飛び跳ねながらそう言い、俺の耳から首の辺りに何度ももふもふ尻尾を叩きつけるシャムエル様。いいぞもっとやれ。
「はいはい、じゃあまずはこれな」
手を伸ばして、言われたであろう大きなイチゴを手で握り込むようにして軽くねじりながらそっと引っ張る。
イチゴの細い茎って、実はちょっと捻ってやると簡単にちぎれるんだよな。これは会社員時代に友人達と一泊二日の旅行に行った時、タイミングよく予約出来たイチゴ狩りに行った時にイチゴ農家の人に教えてもらったやり方だ。
こうすれば、イチゴを指で摘んだりして凹ませたりせずに収穫出来るんだよ。
予想通りに興奮のあまり力を入れ過ぎてイチゴを握り潰しそうになっているアーケル君に、この収穫の仕方を教えてやり、当然聞かれたハスフェル達やオリゴー君達にも教えてやる。
後の人の事も考えて同じ場所を一度に全部駆逐するのではなく、広い通路をゆっくりと歩きながら目についた完熟イチゴをせっせとちぎって、美味しいイチゴに大興奮状態のシャムエル様やカリディアにも時折渡してやりながら、幾つもの大粒のイチゴを美味しくいただいた俺だったよ。
「へえ、ここからは明らかにストロベリーポット単位で品種が違うな。これは未成熟なんじゃあなくてこれで完熟の白いイチゴなんだって」
「本当ですね。へえ、イチゴって赤いものだと思っていたから驚きです。でもこれも美味しそうだ」
同じく笑ったアーケル君の言葉に頷き、全体に真っ白でつぶつぶの種の部分だけが赤い珍しいイチゴが鈴なりになっているストロベリーポットを揃って見た。
通路の真ん中あたりから奥は、どうやらストロベリーポット単位で品種が違うらしく、イチゴの株の隙間に突き刺した長い棒の先には、薄く削ったハガキサイズの板切れがあり、そこにイチゴの品種名なのだろう名前と、実っているそのイチゴがどんな味なのかの簡単な説明が、流暢な手書きの文字で書かれていた。
商業施設じゃあないのにここまでしてくれてあるって事は、これは園芸に関する知識が限りなく低い俺達に対する気遣いだよな。いやあ、こんなところまで最高だよ。
ちなみに書かれていたその説明によると、この白いイチゴは白雪と呼ばれる最近作られた新しい品種で、見かけは真っ白だけど甘みが強く爽やかな味わいなのだとか。
アーケル君と頷き合った俺は、早速真っ白なイチゴをちぎって食べてみた。
ううん、これは美味しい!
そう言えば俺の元いた世界にも白いイチゴってあったけど、確かめっちゃ高級品だったよなあ。もちろん俺は食った事なんてないよ。それが家で好きなだけ食べられるなんて、すっごく贅沢した気分になるよ。
マーサさん、それから庭の管理をしてくれたスタッフの皆様! ありがとうございます!
そんなことを考えながら、白イチゴのあまりの美味しさに心の中で力一杯感謝の叫びを上げた俺は、そのあとはもうアーケル君と並んで進みながら、次々に出てくる色んな品種のイチゴを口に頬張っては、さっきのが美味しかった、いや俺はこっちが好みだと笑いながら好き勝手に言い合って、そりゃあもう楽しい食べ比べの時間を過ごしたのだった。
ああ、どれも美味しすぎるよ。去年ここを買った時に追加のオプションでこの果樹の管理を頼んだ俺、グッジョブだ!
頭の中で力一杯去年の俺を褒めつつ、普通の倍くらいはありそうな大粒の真っ赤なイチゴにかぶりついたのだった。
はあ、美味しい。いやあ、どれも美味しすぎるよ……。