懐かしいレンゲの花冠
「とうちゃ〜〜〜く! うわあ、花が飛び散った! ごめんよ!」
全力でそれぞれの騎獣を走らせて花畑まで駆けっこした俺達だったけど、勢い余って全員が従魔ごと花畑に突っ込んでしまい、花畑の一部が従魔達の爪で抉られて飛び散って色々台無しにした気がする。
その際に、当然ちぎれたお花が一気に舞い上がって降り注ぎ、なんだかちょっとファンシーな感じになったのにはちょっと笑っちゃったよ。
でもごめん、見かけは美少女キャラだけど五人の子持ちの肝っ玉母さんなリナさん以外は、むさ苦しい野郎と見かけは美少年だけど中身は俺より遥かに年上な草原エルフの野郎しかいないよ。
苦笑いして髪に引っかかったピンクの花をつまむ。
「皆、駄目ですよ〜〜お花は大事にしないと〜〜」
俺の鞄から自主的に出てきてバレーボールサイズになって跳ね飛んでいったスライム達が、口々にそう言いながら俺達がぐちゃぐちゃにした地面をあっという間に均してくれた。
しかも、掘り起こした花まで戻す徹底ぶり。うん、相変わらずスライム達が有能すぎだって。
「おお、ありがとうな。へえ、こりゃあ綺麗だ。確かにこれ以上ないくらいの見事なお花畑だなあ」
スライム達にお礼を言って、マックスの背の上から辺りを見回して思わずそう呟く。
やや起伏はあるもののなだらかな平原になっているここは、見渡す限り絵の具の綺麗な色を全部ぶちまけたのかと言いたくなるくらいの、色とりどりな花であふれていた。
植物の知識なんて皆無の俺には花の名前なんて薔薇と百合くらいしか咄嗟に思いつかないけど、ここに生えているのはいわゆる樹木の花ではなくて地面に張り付くみたいにして咲く野の花みたいだ。
地面を染めるかのように、色とりどりに咲き乱れる花達をしばし無言で鑑賞する。
ハスフェル達も、アーケル君達も、騎獣に乗ったまま感心したようにあちこち見渡して歓声を上げている。
「へえ、あそこに咲いているあれって確かレンゲだったよな。子供の頃に、花輪の作り方を教えてもらって母さんと一緒に作った覚えがあるぞ」
その時、不意に目に飛び込んできた懐かしい色の花の群生地になんだか嬉しくなってそう呟く。
多分、俺が小学校に入ったくらいか、もしかしたら幼稚園の頃だったのかもしれないけど、父さんが運転する車に乗って郊外へドライブに行った時に、春の何かのイベントをしている会場を見つけて見に行ったんだよ。
俺は屋台飯が目当てだったんだけど、会場の一角に休耕地を利用した一面のレンゲの花畑があって、そこで母さんと父さんも一緒に花輪作りの体験会をしたんだよ。
父さんは不器用だったのか全然上手く出来なくて、途中で崩壊してスタッフさんに助けてもらっていたんだけど、俺と母さんはすごく上手に作れて会場のスタッフさんに褒めてもらったんだっけ。
俺は長く作れたから首飾りにして、母さんは小さな花冠を作って頭に載せていたんだっけ。
だけど俺より母さんの方が、お姫様の冠だって言ってまるで子供みたいに大喜びしていて、俺は父さんと顔を見合わせて大笑いした覚えがある。
「ううん、今でも作れるかなあ?」
懐かしい、遠い記憶にあるのと変わらない花の群生地を見つけて小さくそう呟いた俺は、ゆっくりとマックスの背から降りてそこへ向かった。
少し離れた場所に群れて咲く綺麗なピンク色のその花は、丸っぽい玉のような花で確かに記憶にあるレンゲとよく似ている。あ、向こうには白いのの群生地もあるぞ。
「ううん、この花自体、記憶にあるのよりもちょっと大きい気もするけど、出来るかな?」
小さくそう呟き、とりあえずレンゲっぽい花の群生地の横の地面に座ろうとしたら、跳ね飛んできたアクアがちょっと小さめの椅子になってくれたのでお礼を言ってそこに座る。
「ええと、最初はどうやるんだっけ? 確か数本束ねて茎をこうやって巻き付けながら絡ませていくんだったよな」
腕を伸ばしてレンゲっぽい花を数本摘み、おぼろげな記憶を頼りに真っ直ぐな茎を輪っかを作るようにしながら他の茎に絡ませていく。
「ああ、そうだそうだ。こうやってどんどん花を追加しながら編んでいくんだよ」
子供の頃に覚えた事って意外と覚えているもので、少し考えながら手を動かしていると案外簡単に思い出したよ。
「はいご主人。まだ要りますか?」
いちいち腕を伸ばして花を摘んでいた俺を見て、途中からは触手を伸ばしたアクアが周りにあったレンゲの花をせっせと摘んで俺に渡してくれるようになった。
「おう、ありがとうな。後もうちょっとだ」
むさ苦しい野郎が、こんな花畑で花輪を編んでる図を考えてちょっとチベットスナギツネみたいになったけど、まあ懐かしい記憶の確認ってことで許してもらおう。何しろこれは、母さんと一緒の大事な記憶なんだからな。
「よし出来た〜〜〜!」
意外と簡単に輪っかにする事が出来て満足のため息と共にそう言った瞬間、何故か拍手大喝采になった。
どうやら、俺のする事を全員が見ていたみたいだ。
「ケンさん。何ですかそれ!」
「うわあ、凄い! 輪っかになってる!」
「へえ、器用なもんですねえ」
駆け寄ってきたアーケル君達草原エルフ三兄弟が、目を輝かせながらそう言って作った花輪を見つめている。
「レンゲの花冠だよ。ほら、これで王様だ」
こっちの世界の王様が冠を被っているかどうかは知らないが、一応これで通じたみたいだ。笑ってそう言い、すぐ近くにいたアーケル君の頭に載せてやる。うん、俺は単に覚えているかどうかの確認の為に作りたかったのであって、決して自分が被りたいわけではない。
大喜びで花冠の取り合いを始める三人を横目に、俺は地面に生えているごく小さな花を集めて、もう一度今度は小さな花冠を無理やり作った。
「ほら、これはシャムエル様への貢ぎ物だよ。これは残念ながらタマゴサンドと違って食べられないけどな」
直径5センチくらいのごく小さな花輪を作った俺は、右肩に座って俺のする事を目を輝かせて見ていたシャムエル様の頭にそっと載せてやった。
「ええ! これ貰っていいの? ありがとうね!」
ちょっと大きかったみたいでズリ落ちかけた花冠を両手で押さえたシャムエル様は、嬉しそうな声でそう叫ぶなり、一瞬でワープして俺の肩から地面に飛び降りた。
クルッと回転してこっちを向いたシャムエル様は、片手で頭の上の花冠を押さえながらもの凄い高速ステップで踊り始めた。当然、それを見てすっ飛んでくるカリディア。
慌ててもう一つ、小さな花冠を超高速で作った俺だったよ。
後半は見事な高速シンクロステップでのダンスとなり、お揃いの花冠を被ったシャムエル様とカリディアはとても楽しそうに踊っていたよ。
「お見事〜〜〜天然のステージだな」
最後の決めのポーズで、俺は手元に残ったちぎった花を二人の頭上にばら撒いてから力一杯拍手をしたのだった。