東アポンと西アポン
「日が暮れる前に戻って来られたな」
大して並ぶ事もなく、無事に開け放たれた城門を通り街の中に入った俺達は、そのまままずは冒険者ギルドへ向かった。
しかし、大通りに入った途端に、俺たちの周りからまたしても人がいなくなった。
城門前でも列の前後に空間が空いて悲しかったのだが、ブラックラプトルの威圧感は半端なかったみたいです。
マックスやニニ、シリウス達はそろそろ見た事のある人も多いみたいで、あちこちから、あれは怖く見えるけどおとなしいから心配いらない。といった自慢げな言葉も聞こえていたのだ。だけど、デネブが目に入った瞬間、大丈夫だと言っていた本人が走って逃げて行ったのにはちょっと悲しくなったよ。
でもまあ、なあ……肉食恐竜だもんな。そりゃあ怖いよな。うんうん。
到着した冒険者ギルドでも、ロビー中の大注目を集めながら小さくなって受付に並んだのだった。
取り急ぎ手続きしておかないと困る宿泊所の一泊分の延長と、ギイに新しくテイムしてやった、ブラックラプトルとスライムの従魔登録をお願いするためだ。
「なんだいなんだい。こりゃまた凄いのをテイムしたんだな」
俺達に気付いたディアマントさんが、座って書類を書いているギイの後ろで大人しく待っているブラックラプトルを見て、呆れたようにそう言いながら近寄って来た。
「可愛いだろう? よく走るぞ」
「そりゃあその脚だものな。よく走るだろうさ。頼むから、街の中ではしっかり捕まえててくれよ」
「大丈夫だよ。賢い良い子だ」
ギイは、笑ってブラックラプトルのデネブの鼻先をそっと撫でる。デネブは目を細めて嬉しそうに喉を鳴らしていた。
紐を括ってあるだけの首元を指差して、ギイはディアマントさんの顔を見た。
「念の為言っておくが、これは仮だからな。登録が済んだら、馬具屋に行って鞍と手綱、それからちゃんとした首輪を誂えるよ」
「ああ、早めに頼むよ。さすがに街の中で、ラプトルの首輪が無いのは見逃せないからな」
笑って頷くディアマントさんに、ギイは手を離して手続きをする為の登録料を払った。
無事にギルドでの登録が済んだら、まずはハスフェルの案内で、例のクーヘンのチョコに見事に鞍を乗せてくれた馬具屋に向かった。
俺達が店に入ると、数人の職人が奥から飛び出して来てチョコの周りを取り囲んだ。なんと言うか、圧が凄いんですけど。
俺とクーヘンは揃ってチョコの隣にいたので、逃げ損なったなんとも言えない気まずい状態で、彼らの食い入るような視線を受け止めていた。
「ふむ、問題は無さそうだな。クーヘン様、鞍の乗り心地は如何ですか? 何か問題でもございましたか?」
おそらく責任者なのだろう、一人だけ色の違う前掛けをした大柄な男性がクーヘンを見ながらそう尋ねた。
「いやあの、今日は私じゃ無いんです」
慌てたクーヘンが顔の前で手を振りながらそう言い、ギイがブラックラプトルのデネブの首筋を叩いた。
「ロッキー。久し振りだな。すまないがこいつに合う鞍と手綱。それから首輪も頼むよ。時間が無いんだが既製品で何とかなるか?」
どうやらギイと職人さんは顔見知りだったらしく、ハスフェルまで加わり、仲良く話をし始めた。
「前回も、こんな感じで最初は和やかだったんですよ。さて今回はどうなるでしょうかね?」
完全に観客気分の俺とクーヘンは、ちょっと下がって話をする三人を見ていた。
「おおい、お前ら。急ぎの仕事だ。出て来てくれ。それから、8番の鞍を持って来い」
ロッキーさんの大声に、奥は一気に慌ただしくなり、わらわらと何人もの職人達が出て来た。
「骨格の違いはあるが、基本的には前回のチョコの鞍と同じで構わないな。じゃあ先ずはサイズを測らないとな」
ポケットから取り出した紐には、細かく目盛りが入っている。
「ギイ、すまないが従魔を抑えていてくれよな。さすがにラプトルに襲われたら洒落にならんからな」
苦笑いするロッキーさんの言葉に、同じく苦笑いしたギイが、デネブの顔を抱きしめるようにしてくっ付いた。
「鞍を乗せる為のサイズを測ってくれるから、良い子で大人しくしていてくれよな」
優しく言い聞かせて、大人しくしているデネブの額にキスをするギイを見て、職人達は感心していた。
ちょっと楽しみだったのだが、どうやら前回のチョコの鞍を乗せたときのノウハウがあったからなのか、大して揉めることもなく一時間ほどで複雑な形のベルトが出来上がった。
無事にデネブの背に鞍が乗せられて、腹側に先ほど組み立てたばかりのベルトが渡されて鞍を固定していった。
「成る程な、鞍の下にこんな風に厚みのあるクッションを入れてやれば良いのか」
詳しい説明を聞きながら、ギイは何度もそう言って感心していた。
広い裏庭へそのまま出て行き、何度か走らせてベルトの締め具合を確認していた。
手綱は俺達やチョコと同じで首輪に取り付ける仕様になり、これも既製品に手を加えてあっと言う間に作り上げてしまった。職人技って、何度見ても凄いと思うよ。
店を出てみると、もうそろそろ日が暮れ始めている。
「なあ、今橋を渡って行ったら、綺麗な夕陽が見られるんじゃないか?」
「確かにそうですね。金券もある事だし、行ってみますか?」
同じく西アポンでも新しく冒険者登録をしたクーヘンが嬉しそうにそう言っている。
「じゃあ、先に向こうの冒険者ギルドへ行って買い取り金額の明細をもらってこないとな」
「確かにそうだな。じゃあ先ずは橋を渡ろう」
ハスフェルがそう言ってシリウスの背に飛び乗ったので、俺もマックスの背に飛び乗った。
四人とも従魔の背に乗り、そのまま橋へ向かった。
橋に入る為の道は、こちら側はやや急な坂になっていて一気に駆け上がる。
すると、目の前に見事な夕焼けが広がった。
「おお、凄えな。遮る建物がないとここまで綺麗に見えるんだな」
外の草原や林の景色とは違う、人工物の中にあっても変わらない綺麗な夕陽に、俺達はしばらくの間無言で見惚れていた。
「走るぞ!」
ハスフェルの声に、俺も一気にマックスを走らせた。ピタリと横にニニが付いて来ている。クーヘンの乗ったチョコと、ギイの乗る新しい鞍を乗せたばかりのデネブも遅れじと走り出した。
向こう岸に着くまで、俺達は足を止めずに一気に橋を渡りきった。
夕焼けの中を一直線に夕日に向かって走るのは、最高に気持ち良かったよ。