ネージュ
ぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
こしょこしょこしょ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きるよ……」
いつもの従魔達総出のモーニングコールに起こされた俺は、半ば無意識に返事をしながら腕の中のふわふわを抱きしめた。
「あれ? これ誰だ……?」
いつものフランマやタロン、マニ達と違った妙に柔らかい手触りにふと疑問に思ったが、残念ながら寝汚い俺の体は全く起きてくれず、早々に諦めのため息を吐いた俺はもう一回腕の中のふわふわを抱きしめながら二度寝の海へ墜落していったのだった。ぼちゃん。
ぺしぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
チクチクチクチク……。
こしょこしょこしょこしょ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きてるってば……ふああ〜〜〜」
腕の中のふわふわにしがみついていた俺は、二度目のモーニングコールにこれまた無意識に返事をしながら大きな欠伸をした。
「ね、面白いでしょう?」
「あんなに寝ているのに、起きてるとか言うのよ」
「確かにこれは驚きですねえ。こんなので、本当に大丈夫なんですか?」
耳元で聞こえる聞き慣れない声に俺は不思議に思いつつ腕の中のふわふわをまた抱きしめる。
妙にふわふわで実体が無いというか、なんだか妙な感じだ。
「ええ、これ誰だよ……こんな手触りの子って、うちにいたっけ……?」
ようやくちょっとだけ開いた目で腕の中の子を確認する。
「ええ! 誰これ?!」
目に飛び込んできたのは、真っ白でふわふわな毛ではなくて羽毛だった。
うちの子達で真っ白な羽根なのはキバタンのブランだけど、ブランの羽はもっと全体に硬くてしっかりしている。それにあの子は嘴が大きいからこんな風に抱きしめたら、仮に体が大きくなっていたとしても嘴が確実に俺に当たるはずなんだよなあ……って事は、誰だこれ?
割と本気で大混乱している俺は、なんとか目をしっかりと見開いて腕の中の子を確認した。
もしもこの子がブランだったら、ここまで急に羽が違った理由が知りたい!
しかし、なんとか見開いた目に飛び込んできたのは、すぐ近くで若干戸惑うように俺を見ている大きな一対の瞳と小さな嘴だった。
「ええ、白いフクロウ???」
飛び起きた俺は、慌てたように腕を離して今まで抱き枕にしていた真っ白なフクロウを見た。
「もしかして……でも、あの子は焦茶色の羽色だったぞ?」
どう考えても今ここにいるフクロウなら、保護したあのフクロウなんだろうけど、あの子は焦茶色の羽色だったはずだ。
目の前にいて困ったように俺を見上げているのはどこから見ても真っ白なフクロウで、雪スライム達とくっついていたら見分けがつかないレベルだろう。
「ええと、お前……もしかして羽色が変わったのか?」
あり得ない話だけどどう考えてもそれしか考えられず、恐る恐る目の前の白フクロウにそう聞いてみた。
「そうだよ〜〜〜! どう? これなら心機一転って感じになるでしょう?」
その時、マックスの頭の上にいたシャムエル様が得意げにそう言ってドヤ顔で俺を見た。
「この子や前のご主人に、私が直接何か仕返しをしたり保護したりするのは出来ないけど、昨夜すっごく考えて、私にも出来る事を思いついたんだよね」
笑ってそう言いその場でバレリーナのようにクルッと一回転したシャムエル様は、一瞬で白フクロウの背中にワープしてきた。
「ほら、以前セルパンをテイムした時に、元はグリーンコブラだったあの子を、ちょっと進化させてグリーンビッグパイソンにしたでしょう? あれと同じ。つまり同じ種族の別のクラスにチェンジさせたわけ。正確にはブラウンオウルから、ホワイトスノーオウルに変化させたの」
「おお、そんな事が可能なんだ」
「まあ、簡単ではないけどね。これなら世の理に抵触する事なくこの子を助けられるかと思ってさ」
得意げなシャムエル様の言葉に驚きつつ、じっとしている真っ白なフクロウを改めて見つめる。
じっと俺を見返す金色の瞳は、昨夜までとは違っていてしっかりとした意思を宿しているように見える。
「ええと、今のこの子の意識は?」
「もちろん、まだ意識はしっかりしているね。だけど、あの前のご主人の事やお仲間達の事はどんどん消えていっているね。つまり本人が、その記憶にもう価値を見出していないって事」
よしよしって感じに後頭部を撫でるシャムエル様の言葉を聞いて俺は決心した。
「そうか。それなら今のこの子って、俺が確保した状態になってるって事だよな?」
あれだけ力一杯抱きしめても無抵抗だった事を考えると、恐らくそうなんだろう。
「そうだね。今なら余裕でテイム出来るよ」
何か言いたげなシャムエル様の言葉に頷き、俺は改めて白フクロウの前に座り直した。
そして丸い頭を右手でそっと軽く押さえつけるようにして捕まえた。
白フクロウは全くの無抵抗で、じっとしている。
「俺の仲間になるか?」
優しい声でそう言ってやると、一瞬だけ震えるみたいに軽く羽を広げた白フクロウは、ぎゅって感じに俺の右手に頭を擦り付けてきた。
「はい、貴方に従います!」
ピカっと光った後に、しっかりとした答えは明らかに雄の声だ。よしよし、貴重な雄の従魔が増えたぞ。
「お前の名前は、ネージュだよ。よろしくな。ネージュ」
ネージュは、フランス語で雪って意味だ。もう春だけど、この真っ白な羽色は雪のイメージだったからさ。
「嬉しいです。ありがとうございます、ご主人。ネージュ。私の名前……」
もう一度光ったネージュは、中型犬サイズからファルコと変わらないくらいにまで一気に大きくなった。
俺の視線を感じて嬉しそうに目を細めたネージュは、今度はどんどん小さくなって猫より少し大きいくらいのサイズくらいになった。恐らくこれがこの子のデフォサイズなんだろう。
まあ、リアルフクロウもこれくらいのサイズだろうからな。
「普段はこのサイズでいる事にしますね。必要とあらば皆様を乗せて飛ぶ事も可能ですので、どうぞいつでも言ってください」
ちょっと得意げにそう言って小さな嘴で甘噛みするそのいじらしい様子になんだか堪らなくなって、俺はもう一度腕を伸ばしてそっとその真っ白な体を抱きしめてやったのだった。