説得とおやすみ
「ご主人、もう休むの?」
お風呂から上がって部屋に戻った俺がすっかり落ち着いたフクロウの様子に驚いていると、振り返ったドヤ顔のローザがそう言って頬を膨らませた。
「お、おう。湯冷めしないうちに休むよ。ええと……それで、そっちはどうなったんだ?」
広い屋根裏部屋の奥側部分は作ってもらった壁で分割されていて、そっち側には巨大なキングサイズのベッドが鎮座ましましている。
そっちを見ながら小さな声でそう尋ねると、頬を膨らませたローザは目を細めてフクロウを見た。
「ええとね。一応話は終わったわ。あの子、前のご主人の事を全部忘れるまでテイムは待って欲しいんだって」
ローザの言葉に、ベッドに行きかけた足が思わず止まる。
「え? それってつまり……全部忘れたらテイムしていいって事?」
「お願い出来るかしら?」
「まあ、もちろんあの子が納得したのなら俺は構わないよ。だけど、出来ればその前に、あの前のご主人が何を考えていたのかは確認してからにしたいんだけどなあ」
「その事なら、あの子が話してくれたわ」
軽く羽ばたいたローザは、俺の言葉にちょっと困ったようにそう言って俺を見上げた。
「あのね、前のご主人は、私達のご主人の事を、絶対倒すべきらいばるだって言っていたんですって。らいばるって何か分かる?」
「はあ、絶対倒すべきライバル〜〜?」
予想外の言葉に思わずそう言った俺だったけど、ふと足を止めて考え込む。
「あ、もしかして、早駆け祭りで単に俺に勝ちたいって事だけじゃあなくて……そのライバル云々の前提って、魔獣使いとしてって事か?」
ローザだけでなく、お空部隊の面々が揃ってうんうんと頷く。
「あはは、そっちかあ……俺、勝手にライバル認定されていたのかあ……だけど、従魔の数で言えば、余裕で俺の方が多いよなあ、実際、俺の従魔の方が確実に強いと思うぞ」
苦笑いしつつそう言って大きなため息を吐く。
従魔の数が多ければいいってものではないと思うが、それでも自分が連れている従魔の顔ぶれと強さを見れば、史上最強の魔獣使いと呼ばれるのも当然かなあとも思える。
別に、俺自身はそう呼ばれたいってわけではない。どちらかというとモブの旅人その一! くらいがいいと思っているんだからさ。
もちろんもっと強い従魔を引き連れた魔獣使いがいれば、史上最強の魔獣使いを名乗ってくれても俺は全然構わないよ。
しかし、あいつが連れていた従魔の数は俺よりもはるかに少ないし、まあ強さで言ってもこっちが勝つだろう。
逆に、俺の連れている従魔達を見て、あそこまで強気に出る方が不思議だよ。
「だけどまあ、誰しも自分の連れている従魔が一番強いと思うよなあ」
苦笑いしてそう呟き、大きな欠伸をして首を回した。
「まあ、それも明日の話だ。とにかくもう休むよ」
少し考えて、そっとフクロウを撫でてやる。
「おやすみ。ここは安全だからゆっくり休んでいいからな」
ふかふかな手触りに笑顔になった俺は、出来るだけ優しい声でそう言ってからニニの腹毛の海へ潜り込んだ。
背中側にウサギトリオがくっついてきて、足元には今日はセーブルがくっつく。
そしてタッチの差でマニが俺の腕の中に飛び込んできた。
「今日の抱き枕はマニか。よしよし、いい感じのもふもふっぷりだねえ」
大きくなったとはいえ、まだまだニニと比べると華奢なマニを力一杯抱きしめてやる。
「ご主人大好き!」
嬉しそうな言葉と同時に、鼻の頭を舐められて悲鳴を上げた俺だったよ。
「ね、ご主人はすっごく優しい人なのよ。分かったでしょう?」
「単にテイムするだけじゃあなくて、その前にちゃんと貴方の気持ちも、それから前のご主人の事情まで考えてくれているの」
「だから安心して任せたらいいわ。きっと全部上手く片付けてくれるからね」
「……そうですね。そんな風に素直に思えるご主人を持つ皆様が羨ましいです……」
眠りの国へ旅立ちそうになった俺の耳に、お空部隊の子達とフクロウの会話が聞こえてきた。
「不安に思うのは分かりますが、どうか私達のご主人を信じてください」
「そうですよ。自暴自棄になってもいい事なんてありません。ご主人は何があろうともちゃんと受け止めてくださいますから。安心して任せてください」
ローザ達だけでなく、普段はほとんど発言をしないファルコとプティラまでが必死になってフクロウを説得している。
「そうですね。信じてみても、いいのかも……しれません、ね……」
泣きそうな声のフクロウの言葉が聞こえて、こっちまで泣きそうになった。
だけど幸いな事に寝汚い俺の体は起きる気配は無く、胸元のマニが鳴らす喉の音を聞きながら俺は本格的に眠りの海へ落っこちていったのだった。
さて、俺は明日、どうやってあいつらと接触すればいいのかなあ……。