別荘にて
「はあ、ようやくの到着だな」
別荘の門が見えたところで思わずそう呟くと、ポニーのノワールに乗ったマーサさんが苦笑いしつつマックスの横に並んできた。
「どうなる事かと思ったけど、まさかあの男、自分の従魔のフクロウを放逐するとはねえ」
何か言いたげなマーサさんの言葉に思わず彼女を見る。
「ええと、あの男ってもしかして何か事情があったりします?」
この騒動の理由の一端が分かるかと思って期待したんだけど、苦笑いしたマーサさんは小さく首を振った。
「ううん、すまないけど今の騒ぎの直接の理由は私には分からないねえ。ちなみにあの二人組がこの街へ来たのはもう十日ほど前の事だよ。黒い鹿に乗っていた方が魔獣使いで名前はマールカロ。皆はマールって呼んでるね。もう一人の黒いオオカミに乗っていたのがリンピオ。ハスフェル達と同じで、乗っているオオカミは彼にテイムして譲ってもらったらしい」
まあ、仲間がいれば従魔を譲るのは分からないでもない。
だけど、あそこまで俺に敵意を向ける理由が分からない。単なる気まぐれにしては、あの視線は敵意がこもりすぎているって。
「とにかく中を一通り案内するよ。それが終わったら私は帰るから、後は好きにしてくれればいい。うちの事務所に言ってくれれば、食材を含めて必要なものはここまでお届け出来るからね。街の人達もここまではさすがに勝手には入って来ないから、この家にいてくれれば、街の中にいるのよりはかなり自由にしてもらえると思うよ」
到着した門の鍵を開きながらマーサさんが困ったように笑っている。
保護したフクロウは、一応今は落ち着いてはいるようで、スライム達に足をホールドされた状態で自分で立っている状態だ。
だけど明らかに膨れ具合が普通ではなく、かなり弱っているのが分かった。
鳥って体調が悪い時や弱っている時には羽を膨らませてじっと動かないんだよ。今のこの子はまさにその通りだ。
ちなみに俺の目に見えているフクロウから立ち上がる揺らぎのような症状はまだ続いていて、だけど最初の頃よりは少し弱って薄くなっているような気がする。
だけどそれって良い事なんだろうか。
揺らぎが薄くなっているって事は、支配も薄くなっているって事だもんな。
少しためらったが、手袋を外した手でそっとフクロウを撫でてやる。
一瞬だけビクってなったフクロウだったけど、じっと大人しくしていて撫でられるがままだ。
主人からの支配から解放された従魔の記憶はどうなるんだろう。
ふと思いついた疑問に一瞬撫でる手が止まる。
セーブルやヤミーは解放されたあともずっとご主人の記憶を持っていた。
そもそも魔獣使いやテイマーに捕まって、支配されると知能が上がって自我が芽生えたり記憶がはっきりするのなら、支配から解放された直後の従魔の記憶や知識ってどうなっているんだろう。
確かシャムエル様によると数日程度は理性を保てると言っていたから、一気に何もかもが消えるんじゃあなくて少しずつ消えていくのかもしれない。
「ええ、それって、逆に一気に全部忘れるよりキツくね?」
万一自分が死んで、残された従魔達がどうなるのか考えて俺は血の気が引く思いがした。
マックスやニニを筆頭に、絶対に従魔達は全員セーブルみたいになる気がしたからだ。
思わずマックスを見て、その隣に良い子座りしているニニとマニを見た。
揃って声のないにゃーをされてしまい、一瞬理性が崩壊しそうになって必死で持ち堪えたよ。
「まあ、これは俺がどうにか出来る問題じゃあないか。自分の寿命だけは自分で決められないからなあ……こいつらの為にも長生きしないと」
大きなため息と共にそう呟き、後ろを振り返る。
さっきの騒ぎの間中、少し離れて黙って事の成り行きを見守ってくれていたリナさん一家が、心配そうに俺を見つめているのと目が合ってしまった。
「ええと、先程は失礼しました。とにかく中へ入りましょう。バイゼンのお城よりは狭いですが、ここもなかなかに快適ですよ。あ! そう言えば他の部屋ってどうなってましたっけ?」
リナさん一家を連れて来たのはいいけど、俺達が使う部屋以外ってどうなっていたっけ?
割とボロボロな部屋もあった気がして慌てたんだけど、俺の言葉にマーサさんは胸を張って笑った。
「ご心配なく。一応他の空き部屋も最低限の補修工事は済んでいるよ。ただ部屋にある家具は、快適に過ごすには少し足りないかもしれないから、そっちは早急に人数分を確認して必要な家具をお届けするよ」
マーサさんの言葉に、リナさん一家が慌てたように首を振る。
「お構いなく。皆、流れの冒険者ですから、屋根のあるところで寝られれば文句は言いませんよ。それにベッドなら従魔のスライム達が作ってくれるベッドがあります。これがもう最高に快適なのでべッドは必要ありません」
「ああ、そうなんだね。まあご希望があればいつでも言っておくれ。ええと、蹄のある従魔は厩舎の方がいいんだっけ。こっちへどうぞ。ここは厩舎も大きいからね」
ノワールの手綱を引いた笑顔のマーサさんの言葉に、ギイの乗るブラックラプトルのデネブと、オンハルトの爺さんが乗るエルクのエラフィーが厩舎へ向かい、それ以外の子達で小さくなれる子は小さくなってもらい、とにかく俺達は別荘の中へ入った。
以前と桁違いに綺麗になった別荘の中を見て、俺達が揃って驚きの声を上げたのはその直後の事だった。
いやあ、バイゼンのドワーフさん達も凄かったけど、ハンプールのドワーフの方々も同じくらいに凄腕だったよ。