とにかく戻ろう
「うああ、マジでどうするんだよ、これ」
いなくなってしまったあの青年を見ていたフクロウは、ごく小さな声で鳴いた後に、そのまま地面にバッタリと倒れてしまった。
「ご、ご主人……行かないで」
呆然とそう呟いたきり完全に放心状態で動かなくなったフクロウを、俺は黙って手を伸ばして抱き上げてやった。
よく見れば、まだあの揺らぎのようなものはフクロウの体から出続けている。
「ええと……あれ、シャムエル様がいない?」
さっきまで俺の右肩に座っていたはずのシャムエル様がいなくて、慌てて俺は周りを見回す。
でもどこかに落ちている様子もないから、どこかへ行ったみたいだ。
「もしかしてあいつの様子を探ってくれている、とかだったら嬉しいんだけどなあ。もしくは、さっき言ってた天罰とやらをあいつらに落としてくれれば、もっと最高なんだけどなあ」
「無茶言わないでよね。天罰を落とすのはそう簡単じゃあないの! 色々と複雑なんです〜〜〜」
唐突に戻ってきたシャムエル様が、何故だかいつもの三倍に膨らんだ尻尾を振り回して俺の右手に叩きつける。いいぞもっとやれ。
「そんな事言わず、創造神様の怒り〜〜! とか言ってバンバン雷落としたり、天罰を受ける奴を地割れの底へ一発で沈めたりとかさあ……駄目なの?」
「そんなの絶対に駄目に決まってるよ。そりゃあ確かにその辺を曖昧にしたままで世界を構築して、本人の気分で天罰を落としたりする神を何人も知っているけど、実際にはそんなに上手く事が運ばないんだよねえ。大抵はどこかで齟齬が出るから、結局我々が作った世界の中で起こる事象には手出しはしない方がいい、って結論に達するんだよね」
最後はなんだか急にしょんぼりになって、いつものサイズに戻ったシャムエル様の尻尾をこっそりと眺めつつ、俺はまだ揺らぎが出続けているフクロウをそっと抱いたままシャムエル様に見せる。
「なあ、この揺らぎってもしかして……」
「うん、ケンの予想通りだよ。今のこの子は、あの男の支配から解き放たれている真っ最中。揺らぎはその証だよ。おそらくこのままだと、あと一晩くらいで完全に解放されるね。それで意識が保てるのがあと二日か三日くらいだから、まあ、そのあとどうなるかは……」
言いにくそうなシャムエル様の言葉に、俺も大きなため息を吐く。
「やっぱりそうなるよな。だけどこれ、この状態で仮にこの子を無理やりテイムしたとしても、俺は他の従魔達のようには納得出来ないし愛せないと思う。それに多分この子も、俺にテイムされるのを納得しないと思う。もしかして無理にテイムしようとしたら本気で抵抗されるかもな。だからこの子をどうするにしても、あいつをなんとかしないと、この子は救えないんだよな」
俺の思いっきり嫌そうな言葉に、シャムエル様も大きなため息を吐いて頷いた。
結局、何度考えてもこの結論に達するのだ。
そもそも、あの男がどうしてあんなにも従魔を軽々しく扱うのか。ましてや俺を親の仇みたいに睨むのかの根本原因すら分かっていないんだから、あいつを説得するなんて俺には絶対に無理。
それに冷静に考えたらさっきの俺、あいつに一方的に攻撃されたって事だからな。
ファルコが当たり前のように守ってくれたからスルーしたけど、俺じゃなかったら間違いなく重症だよ。血みどろの大惨事だよ。下手すりゃ死んでるぞ。
少なくとも初対面のあいつに、あそこまで恨まれるような何かをしでかした覚えはない。
まあ、一番可能性のありそうなのは、早駆け祭りで俺以外の誰かの賭け券を買って大負けしたとかだろうけれど、それであそこまで恨まれたらもう俺はどうすりゃいいんだよって話しになるよ。
賭け券の購入は自己責任でお願いします!
後はまあ、単に世界最強と名高い俺の噂をどこか聞いて、勝手にライバル心をボウボウ燃やしているとかだな。
俺的には、この原因であってくれと切に願うよ。
「なあ、お前らはどう思う?」
もう一度ため息を吐いた俺は、ここまで完全に観客状態だったハスフェル達を振り返ってそう尋ねた。
ちなみに俺は、まだフクロウを抱いたままだし、フクロウの方も俺に抱かれたままじっとして動かない。
「まあ、言いたいことは多々あるが、とにかく一旦別荘へ戻ろう。あそこなら最悪の場合でも、その子を森に返すのは簡単だろうからな」
ハスフェルの言葉に全員が頷き、みじろぎ一つしないフクロウを抱いたままの俺はマックスの元へ駆け寄ってフクロウを俺の鞍の前側にそっと乗せた。
「落ちないように守ってやってくれよな」
「はあい、ちゃんと守ってるから大丈夫だよ〜〜」
アクア達の声が聞こえて、俺の鞄から跳ね飛んできた。だけど出てきたのはアクアとサクラだけ。
「アクアとサクラがお守りしま〜〜す!」
「そっか、じゃあよろしくな」
問題の先送りになるだけかもしれないけれど、もしかしたらこの子にとって手遅れになるかもしれないけど、それでも一旦俺達はあの男達を放置して、この子を連れて別荘へ向かう事にしたのだった。