謎の敵意とフクロウ
「ば、馬鹿にしやがって……」
焦茶色のフクロウを肩に止まらせて真っ黒なエルクに乗ったその青年は、本当に俺達が親の仇でもあるかのようにこっちを睨みつけている。
しばし、なんとも言えない居心地の悪い沈黙が落ちる。
周囲の街の人達は、こう言ってはなんだか完全に好奇心全開の野次馬状態で俺達を見つめている。
「相手にするな。行こう」
もうこれ以上相手をするのも嫌になって小さくため息を吐いた俺は、小さくそう言ってマックスをゆっくりと進ませた。進ませようとした。
しかし、こっちを向いていた真っ黒なエルクが突然横にずれてすぐ近くまで進んで来て、文字通りマックスの前を塞ぐように真正面に立ったのだ。
もうマックスとエルクの鼻先が今にもくっつきそうな程の近さだ。
これは明らかな挑発行為と言っていいだろう。しかも煽り運転と同じで100%向こうが悪い。だって俺達は、ちゃんと右側通行を守っているのだから。
そうなんだよ。実はこの世界の道路にも実は使う際の向きがあって、歩行者以外、つまり車輪のある馬車や荷馬車(ムービングログもここに含まれる)、それから騎馬や騎獣に乗った人達は、基本的に道路の右側を通行するのが暗黙の了解になっている。ちなみに歩行者はその道の右端を歩いている。
歩道がない道路がほとんどなので、俺達は大丈夫だけど馬車や荷馬車は結構怖いと思うぞ。歩行者との接触事故とか、無いのかねえ。
車両がすれ違えないような細い道や路地の場合は一方通行な場合も多く、通路の入り口や街灯横などに大きなばつ印が掲げてあって、明らかにそこが侵入禁止なんだと分かるレベルになっている。
この道路は広いけれど、道を塞がれて進めなくなってしまったマックスが、戸惑うように首を回して俺を振り返る。
「なんのつもりだよ。俺はそっちへ行きたいんだから邪魔しないでくれるか」
わざとらしくため息を吐いてそう言うと、鼻で笑ったその青年は俺の後ろを見た。
「俺はそっちへ行きたいんです〜〜お前らの方が邪魔なんだよ」
これまた、聞いているだけで腹が立つような、煽るような声でそう言って笑っている。
「右側通行って知ってるか。お前が通るのはあっちだよ」
俺の嫌そうな声が聞こえたのか、道路の車両が通る右側にまで出てきていた歩行者達が、ズサーって感じに慌てて下がるのが見えた。
しかし、俺達のすぐ前から動こうとしない二人を見て、もう一度俺は大きなため息を吐いた。
「ガキの遊びに付き合う暇はないよ。俺は長旅で疲れているから、早くベッドで寝たいんだよ」
別に煽るつもりはない。今の気持ちそのままだ。
すぐ前から大きな舌打ちが聞こえてもう一度大きなため息を吐いた俺は、マックスに指示を出して少し下り、空いた反対側の道路へ向かって進ませて二人組の横をすり抜けた。
「道譲っちゃうんだ〜〜お優しいねえ」
「ギャハハ、噂以上のヘタレでやんの」
背後から聞こえた、これも煽るような言葉にもう何度目か数える気もないため息を吐く。
「何がしたいのか知らないけど、遊ぶなら人に迷惑かけない場所でやれ。俺は疲れてるんだよ」
顔だけ振り返った俺は、そう言ってもう一度ため息を吐き、もう後ろは見ずにマックスを進ませた。何か言いたげな、だけど無言のままのハスフェル達がその後に続く。
無言の大注目の中をしばらく進んだその時、突然背後から羽ばたく大きな音がして思わず振り返ると、あのフクロウがこっちへ向かって飛んできていたのだ。しかも俺に向かって思いっきり両脚を広げて掴みかかってきた。
あれに掴まれたら流血の大惨事決定だろう。あの爪、俺の指より太いぞ。
だけどお空部隊の、特にファルコがそんな暴挙を許すわけもなく、一瞬で羽ばたいて舞い上がると、フクロウの翼をその両脚でがっしりと掴み返して、なんとそのまま勢いをつけて地面に叩き落としたのだ。
おお、一瞬だったけどすげえぞファルコ。
どちらも大きさは元のままなので、見た目だけだとファルコの方が一回り以上小さいが明らかにファルコの方が戦闘力は上だ。
翼を広げて地面に落ちた大きなフクロウは、その翼の根本を上から襲いかかってきたファルコに噛まれて甲高い悲鳴のような声を上げた。ファルコの巨大な爪が、フクロウの胴体を完全に掴んで押さえつけている。これ以上はやりすぎだ。
「もういいファルコ、戻れ!」
俺の命令口調の声に、即座にフクロウを離したファルコが大きく羽ばたいて俺の肩に戻ってくる。
両手を広げるかのように風切り羽根が全開になった翼を地面に広げて伏せていたフクロウは、え? 解放されたけどいいの? って感じに顔を上げて俺達を見て、俺達が動かないのを見てから起き上がって一旦翼を畳んでから、大きく羽ばたいて自分の主人のところへ戻って行った。
今度こそ行こうと思って前を向いた瞬間、後ろで何かが当たるような音がして思わず振り返る。
それは、誰かが思いっきり殴られたみたいな鈍い音だったんだよ。
この人混みで喧嘩はまずいって。
あわてて周囲を見回した俺だったが、目に飛び込んできたその光景に今度は驚きの声をあげる羽目になった。
だって、主人の元へ飛んで戻ったはずのあの焦茶色のフクロウが、何故かまたしても地面に落ちていたのだから。
ええ、一体何があったんだ?