街へ戻るぞ!
さすがにもう、再戦の気力も体力も残っていないと俺達が揃って訴えたので、今日はもう一戦はせずにこのまま戻る事になった。
「疲れた時は甘いものだよな」
思い出した俺は、ログインボーナスチョコの取り分けてあった分を取り出した。
「チョコレート食うか? あ、もちろんそっちのチョコじゃ無いぞ」
俺の言葉に、何か言いたげなクーヘンを見てそう言ってやると、彼は堪える間も無く吹き出した。
「驚きました。もしもチョコが食われたら、私は泣きますよ」
「いやあ、さすがの俺も、そっちのチョコは食いたいと思わないって」
顔の前で手を振り、チョコレートの入った小箱を差し出した。
「おや、これは美味しそうだ。いただきますね」
嬉しそうに一粒取り口に入れる。
「はい、いるならどうぞ」
こっちを見ているハスフェルとギイにも一粒ずつ渡してやると、何故だか大喜びされた。
「チョコレートって、そんなに珍しいのか?」
もう一粒口に放り込んでシャムエル様に尋ねると、俺の右肩に座ったシャムエル様は笑っている。
「チョコレート自体は珍しいものじゃ無いね。だけど、そんな風に単体で四角く作られているのは珍しいかな。大抵はビスケットやドーナッツなんかに塗られたりしてる程度だからね。こんな風にチョコレートだけで食べるのは、王都の貴族の食べ方なんだよ」
「へえ、そうなんだ? じゃあ俺は今、王都の貴族みたいな贅沢をしてるって事かよ。あ、いいなそれ。なんか良い気分だ」
笑って鞄にチョコレートの箱を放り込んで、俺は足元に来たサクラとアクアを見下ろした。
「ちなみに、ジェムはどれくらい集まった?」
「えっとね。今日の分、全部言おうか?」
二匹の言葉に、今日集めたジェムを思い出した俺はちょっと気が遠くなった。
「ええと、何があったっけ?」
「確保してあるのは、ベリーが倒したブラックラプトルが998個と亜種のジェムが392個。素材の爪は、784個だよ。その後ご主人とクーヘンが頑張った、パキケファロサウルスのジェムはもう分けてあるよ。ご主人の分458個と亜種が149個。素材の石頭って言うお椀みたいな頭の部分は149個。アンキロサウルスのジェムは、ご主人が倒した分も入れて297個だよ。それで今集めたオレンジジャンパーのジェムが、349個と亜種のジェムが239個だね。これは素材は無かったよ」
「ええと、それって俺の取り分って事?」
「そうだよ。全部きちんと半分こしたよ。あ、それからさっきのハスフェル達の集めたアンキロサウルスの亜種のジェムは、半分こして292個と、素材の背中の大きな棘が4598本だよ」
「待て待て。今の最後の数は絶対おかしいだろう? 4598本って何の数だよ」
「アンキロサウルスの亜種の素材は、背中の下側部分の左右に突き出た大きな棘なんだよ。当然一体につき大小の差はあるが最低でも10本は有る。大きな個体だと左右に15から20ずつは有るからな。だから一体につき30本から40本は有るから、合計するとそんな数になるのさ。これはバイゼンや王都へ行けば高値が付くぞ」
ハスフェルの説明に、俺は遠い目になった。
「確か、クーヘンの開店資金を貯める為だって話だったよな」
「まあいいじゃ無いか。久し振りだったので、楽しくてな。つい、はしゃいじまったよ。全部まとめてクーヘンに渡そうとしたら、半分はお前にやってくれって言って聞かなかったもんでな」
「いやいや、そこはクーヘンに押し付けようよ」
「約束しましたよね。半分こだって!」
俺が言うのと同時にクーヘンが、力一杯叫んで俺の言葉をかき消した。
「私も頑張りましたよ。こちらは、街へついてから報告しますね」
嬉しそうなベリーの声に、俺は声にならない悲鳴を上げて頭を抱えてしゃがみ込んだ。
そうだよ、忘れてた。ベリーが集めてきた分が、まだ別に有ったんだ……。
うん、これはもう絶対、クーヘンの店にまとめて押し付けてやろう。
「とりあえず、街へ戻ろうよ。何なら夕食は西アポンへ行って、冒険者ギルドでもらったあの金券を使っても良いな」
気分を変えるように振り返ってハスフェル達にそう言うと、彼らもこっちを見て頷いてくれた。
「良いなそれは。ああ、ちなみにあの金券なら、すぐに使えなくても数年程度は普通に使えるから慌てて使う必要も無いぞ。ではまずは街へ戻ろう。それならジェムの整理も含めてもう一晩宿泊所に泊まるか。それで、明日の早朝、ハンプール行きの船に乗ろう。そうすれば、翌日の夕方にはハンプールまで行けるからな」
「丸二日も掛かるんだ。結構遠いんだな、ハンプール」
感心したように俺がそう言うと、三人は揃って首を振った。
「ケン、その認識はちょっと違うぞ。明日俺達が乗るのは、この川を渡る船の中でも一番大きな巨大外輪の付いた帆船だよ。王都インブルグと河口にあるターポートの街の間を往復巡回している定期便だ。はっきり言って、川を遡る船では最速だよ」
「へえ、そうなんだ。あ! それなら船で一泊するのか。うわあ、楽しみだな」
目を輝かせる俺を見て、三人はまたしても揃って笑顔になった。
「じゃあ今日はもう終わりにしよう」
「だな。早朝から二日も船だからな。従魔達にはしっかり食べさせておかないとな」
ハスフェルの言葉に、ギイは自分のラプトルを見た。
「街へ戻るなら、首輪代わりにとりあえずは紐でも結んでおくか。街へ戻ったら、俺は、まずは馬具屋だな」
「それなら東アポンにあるあの馬具屋に行けよ。チョコの鞍を作ってもらっているから、話が早いと思うぞ」
ああ、大激論だったって言うあの馬具屋だね。
「ならそうしよう。ああ、丁度ニニ達が戻って来たぞ」
振り返ると巨大化した猫族軍団が揃って戻って来るところだった。
「おかえり。お腹いっぱいになったか?」
俺の体に頭を擦り付けるニニの額を撫でてやりながらそう聞くと、ニニは嬉しそうに声の無いニャーをしてくれた。
「しばらくは食べなくても良いくらいにしっかり食べて来たわよ。ソレイユやフォール達も皆お腹いっぱいだってさ」
「そっか、明日と明後日は船旅らしいから、狩りに行けないもんな」
交代して、並んで狩りに出発したマックスとシリウスを見送る。ミニラプトル達とファルコも揃って飛び去って行った。どうやらあいつらも共同で狩りをしているみたいだ。
「じゃあ、俺は誰に乗せてもらおうかな?」
振り返った俺はちょっと考えた。
猫族は、俺の技術では走った瞬間に振り落とされる事は確実だ。
ギイがいつものようにニニに飛び乗り、ハスフェルは巨大化したジャガーのスピカに乗っている。
うわあ、スピカに乗ってるハスフェルの、何と言うか……あのものすごいラスボス感は何だろう。
遠い目になった俺は、クーヘンの横にいるチョコを見た。
「後ろに乗せてもらえるか? さすがにあいつらに乗ると、振り落とされるの確実そうだしな」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ」
笑って頷いたクーヘンがそう言ってくれたので、チョコを撫でてから俺はクーヘンの後ろに飛び乗った。
「へえ、案外乗り心地が良いんだな」
「ええ、良いでしょう? じゃあ落ちないようにしっかり掴まっていてくださいね」
振り返ったクーヘンに言われて、頷いた俺は彼の体に後ろからしがみ付いた。
軽い早足程度でのんびりと景色を眺めつつ、俺達は街へ向かって戻って行った。
「あれ? そう言えばお前らの首輪は? せっかく買ってやったのに、無くしちゃったのか?」
そう言えば、巨大化して一緒に走っている猫族軍団は、いつの間にか首輪が無くなっている。
「ちゃんと外して持ってるよ」
「大丈夫。無くしてないよ」
得意げなアクアとサクラ、それからミストの声に、俺は納得した。
街を出たら外してやろうと思っていたのにうっかりそのままだったのだが、巨大化する際に、ちゃっかりスライム達が、全員分の首輪を外して確保していたらしい。
いやあ、相変わらず優秀だね、うちのスライム達は。
街へ戻る途中で見つけたスライムの巣で、ちょっとだけスライム狩りをしてから、俺は欲しがっていたギイの分のスライムをテイムしてやった。名前はリゲル。
言っておくけど、これはギイに聞いて本人の希望で付けた。ちょっとスライムには過ぎた名前な気もしたが、まあ格好良いから良い事にしておく。
街に戻る直前に、マックス達が戻ってきたので、猫族軍団には小さな体に戻ってもらい、首輪を装着してもらうと、全員揃ってまずは東アポンへ戻ったのだった。