ハンプールへ行こう!
「おお、こっち側も出入り口は巨木のうろなんだ。へえ、凄いな」
妙に懐かしい気がするエレベーターホールのような転移の扉から出てきた俺は、目に飛び込んできたこれまた予想外の光景に思わずそう呟いて頭の上を見た。
一瞬さっきの場所に戻ったのかと思ったくらいの大きな木だったけど、周囲にもかなりの大きさの木々があり、木のうろから出て見えた光景は見事なまでの緑一色だった。
振り返ると、先ほどの半分くらいのサイズの巨木は、もうこれ以上ないくらいに頭上に大きく枝を伸ばしていて、しかもその全ての枝先から数え切れないくらいの若葉が芽吹いて、辺り一面を新緑一色に巨木を染め上げていた。
「へえ、これまた見事な大木だな。それにしても、春の新緑って本当に綺麗だよな」
思わずため息を吐いて、目に優しい新緑に見惚れる。
しばらくして、ふととある事に気がついて心配になる。
「なあ、ここは見たところ向こう側みたいに人が入れないような深い森ってわけじゃあないみたいだけど、こんな所に転移の扉を作って大丈夫なのか?」
時折聞こえる可愛らしい鳥の声に耳を傾けつつ、そう言ってマックスの頭に座っているシャムエル様を見る。
「大丈夫だよ。ここは普通の人には見えない場所だからね。ちなみに鳥を連れた魔獣使いやテイマーがもしもこの上空を飛んだとしても、上空からもこの木は見えないように隠してあるから安心してね」
「ええ? こんなデカい木をどうやって隠すんだよ」
思わずそう突っ込むと、目を輝かせたシャムエル様が一瞬で俺の右肩にワープしてきた。
「これは特別な場所にしか使わない方法でね。まず空間認識の阻害をするために……」
「ああ、待って待って。そんなの説明されてもこれっぽっちも分かる気がしないから、そこは謹んで遠慮させていただきます!」
「ええ、聞いてよ。説明する気満々なのに〜〜」
慌ててシャムエル様の言葉を遮り、顔の前で思いっきり大きなばつ印を作って叫ぶ。
わざとらしく肩を落としたシャムエル様は、大きなため息を吐いてまた一瞬でマックスの頭の上に戻った。
そしてそのまませっせと尻尾のお手入れを始めた。
「相変わらずフリーダムだねえ」
笑ってそう言ってマックスに飛び乗る。
「じゃあ、ハンプール目指して出発だな」
笑った俺の言葉にハスフェル達も笑顔で頷いてそれぞれの従魔の背に飛び乗る。
「では、しゅっぱ〜〜〜つ!」
尻尾のお手入れをしながらのやる気のなさそうなシャムエル様の号令を聞いて、揃って吹き出した俺達だったよ。
「おお、気持ちいいぞ〜〜〜!」
誰もいない、少し段差のある平原を一気に駆け抜けていく。林沿いにあった小川を飛び越えてさらに進む。
獣道を通って深い森を抜けたところで一気に視界が開けて広い草原に出た。
しかし、その草原の彼方に小さな人影が見えて、俺は思わずマックスを止めて目を見開く。
何しろ冒険者と思しきその人は、マックスほどでは無いが明らかに人間よりも大きなオオカミと思しき犬系の騎獣に乗っていたのだから、驚くなって方が無理だろう。
「あれ? あの人って……ボルヴィスさんか?」
残念ながらここからは遠すぎて誰かまでは認識出来ない。だけど、ここでオオカミに乗っているのなら間違いなくボルヴィスさんだろう。
「いや、ちょっと違うみたいだぞ?」
戸惑うようにそう呟くハスフェルの言葉に、思わず目を細めてはるか前方に見える黒い点を必死になって見つめた。
「あ、確かに色が違うな。あの騎獣は真っ白みたいだ」
ボルヴィスさんの従魔のセラスの毛色は、全体にマックスよりも濃い焦茶色のオーロラ種だ。だけどここから確認出来たあのオオカミは、ビアンカのような真っ白な毛色のように見える。もしかしたら、ビアンカと同じシンリンオオカミなのかもしれない。
「ええと、声を掛けた方がいいかな?」
この世界の常識をまだいまいち理解しきれていない俺の質問に、ハスフェル達が同時に首を振る。
「やめておけ。こんな郊外で、ましてやこれだけの従魔を連れた見知らぬ人間にいきなり声をかけられたら誰だって警戒する。お前は人とは争いたくはないのだろう?」
真顔のハスフェルの言葉に思わず絶句する。
「そ、そうだな。もしかしたらあの人もハンプールの街へ行く途中なのかもな。テイマーかな? それとも魔獣使いかな? ハンプールで会えるといいな」
ここから見る限り他に大きな従魔がいるようには見えないが、ジェムモンスターなら小さくなれるから、一緒に背中に乗っている可能性は充分にある。
また新たなテイマーの出現に、何だか嬉しくなってそう呟く。
地脈が回復したおかげで、ボルヴィスさんのように才能はあったけどテイムの機会に恵まれなかったテイマーの卵達が、それぞれの場所で目覚めて従魔を得ているようだ。
「今年の早駆け祭りは、もしかしたら俺達以外にも魔獣使いやテイマーの参加者がいるのかもな」
笑った俺の言葉に、何故かハスフェル達は困ったように顔を見合わせている。
「ん? どうかしたか?」
「いや……まあいい。とにかくハンプールへ行こう。行けば分かるだろうからな」
何やら含んだ言い方に首を傾げつつ、進もうとしてまた別の事実に気がつく。
腹を押さえて木の隙間から見える真上にある太陽を指差す。
「ところで、腹は減ってないか?」
「減ってます!」
三人同時の声に吹き出して周りを見る。
「どうする、ここで食べても大丈夫かな?」
ここから見る限り特に危険はなさそうだけど、どうだろう?
「どうだろうな。別に俺達は構わないけど、ケン的にはちょっと困るかと思ってな」
またしても何やら含んだ言い方に、不意に寒気がして改めて周囲を見る。正確には、すぐ近くにあった大きな広葉樹を。
「ふぎゃあ〜〜〜〜〜!」
予想通りの光景にもうこれ以上無いくらいの悲鳴を上げた俺は、即座にマックスを走らせてその場から離れた。
だって、すぐ近くにあった紅葉樹の葉には、普通サイズの小さな芋虫が数え切れないくらいに大量発生していたんだからさ!
大爆笑するハスフェル達の声を聞きながら、半泣きになった俺は走るマックスの手綱に必死になってしがみついていたのだった。