転移の扉
「うおお、これはまたいつもと違った転移の扉の隠し場所だな」
目的地に辿り着いた俺は、予想外の光景に思わずそう呟いたのだった。
今日の目的地である転移の扉にも、いつものように遠くから分かるよう目印である光の柱がそびえ立っている。
はるか先に見えるその光の柱を目指してマックスを走らせていると、次第になだらかな草原だった足元が変わってきた。
だんだんと草地が大小の石が転がる岩場に変わっていき、その先にあったのは、山の裾野に広がる岩場に転がる大きな岩を埋め尽くす勢いで蔓延る蔓草だらけの岩場と、その奥に広がる深い森だった。
「ええ、ここに入るのって……ああ、大丈夫なんだな」
この辺りは、どう見ても足場がなさそうなレベルに大小の倒木や鋭角な断面を晒す岩がゴロゴロあるんだけど、マックス達は器用にそれらの間を潜り抜けるようにして進んでいく。だけど時折止まって足元を確認したりもしているから、間違いなく普通の人は入ってこられないレベルなんだろう。
「ご主人、ここからはちょっと揺れますから落ちないようにしっかり捕まっていてくださいね」
顔を上げたマックスの言葉と同時に、アクア達が鞄から出てきてマックスとニニの背中にいる子達を確保してくれた。もちろん俺の下半身もしっかりとホールドされているよ。
「おう、ありがとうな」
軽く身震いした俺は、改めて手綱をしっかりと握りしめた。
確かにマックスの言う通りでそこからはさらにアクロバティックになり、ほぼ垂直なくらいに斜めになった岩を駆け上がったり、見上げるほどにデカい倒木を乗り越えたりして進んだ。
そしてどんどん進んで行く俺達の前に見えてきたのは、ポツンと広がる草地の真ん中にそびえ立つ一本の巨木だった。
以前見た長老の木ほどではないが、それに匹敵するんじゃあないかと思えるくらいに幹が太い。これ、直径何メートルだ?
だけど長老の木と違うのは、そのほとんどの部分が立ち枯れていて、まるで歪な骨のように周囲に枝を伸ばしていた事だ。
それでもいくつかの枝先には、わずかながら新芽が芽吹いているのも見えたから、完全に枯れているわけではないみたいだ。
「元々は、この木の横にあった小さな祠に転移の扉があったんだよね。だけどこの木がどんどん成長して祠を飲み込んじゃって、気がついたらこんな巨木になっていたんだ。だけどこの前の地脈が乱れた時期にひどい嵐が起こって向こうの山の斜面が崩れそうになったんだ。だけどこの木がしっかりと根を張っていてくれたおかげでこの辺りの被害は最小限に食い止められたんだ」
マックスの頭の上にいたシャムエル様が、ちょっと神様っぽい声でそう言い新芽の横にワープしてそっとその新芽を撫でた。
「でも、その時に根を酷く傷めてしまったこの木は、ほとんどの部分が回復出来ずに枯れてしまったんだ。だけど何とか一部だけでも復活してくれたみたいだね。良かった。しっかり芽吹いてまた見事な木陰を作ってね」
優しくそう言ってもう一度新芽を撫でたシャムエル様は、また一瞬でマックスの頭の上に戻ってきた。
「じゃあ行こうか」
そう言って、目の前の巨木を指差す。
「いや、行くって……ええと……あ! もしかして、あの隙間部分?」
シャムエル様が指差している太い幹の根本部分には、マックス達でも余裕で入れそうな巨大な亀裂がある。
「そうそう。ほら早く!」
何故か得意げにそう言われて、苦笑いした俺はそっとマックスの首を叩いた。
「はい、では行きますね」
心得ているマックスが、ゆっくりと巨木の隙間へと向かっていく。
「うわあ、マジでデカい!」
近くまで来ると木の巨大さがよく分かる。マックスやニニが小さく見えるって、どれだけだよ。
呆気に取られて見上げていると、マックスは俺を乗せたまま木の隙間に入っていった。
「うわあ、めっちゃ広い!」
思わず声を上げて、はるかに高い天井を見上げた。
木の内部が完全に空洞になっていて、何とその部分がそのまんまエレベーターホールになっていたのだ。
「今回は、あの急な階段を降りなくて良かったんだな」
足元を確認してからマックスの背から飛び降りる。
「ええと、ハンプールって何番だっけ?」
19と書かれた壁面を見上げながらそう呟く。
「ハンプールに一番近いのは8番だね。もしくは24番の扉から東西アポンへ行って船に乗るか。どちらでも良いよ」
「おお、そんなやり方もあるのか。どうする?」
シャムエル様の言葉に頷きハスフェル達を振り返る。
「ううん、この時期の船は人がかなり多いぞ。まあ、俺達はあの乗船券があるから大丈夫だろうが、今の従魔達の多さを考えるとこの時期の船旅はお勧めしないな」
苦笑いして首を振るハスフェルの言葉にギイも苦笑いしながら頷いている。
「そっか。じゃあ行くのは8番の扉だな」
笑ってそう言い、どう見てもエレベーターにしか見えない扉横のボタンを押す。
チン!
妙に懐かしいベルの音と共に横に扉が開いていく。
小さくなれる子達には最小サイズまで小さくなってもらい、ぎゅうぎゅう詰めになりながら全員が乗り込む。
今は姿を現しているベリーの背中にはフランマとカリディアが乗り、いつもは身軽なカッツェの背中には、なんとマニが乗っている。
「大丈夫か? 重くないか?」
いくら子供とはいえ、マニもかなり大きくなっているからくっついて寝ている時にのしかかられるのとは訳が違う。
「ええ、これくらいなんでもありませんよ。久々にマニとくっつけて私は嬉しいです」
だけど俺の心配をよそに嬉しそうに目を細めたカッツェの言葉に、マニは若干居心地悪そうにそっぽを向いている。
「そうか。頼もしいお父さんだな」
腕を伸ばしてカッツェを撫でてやり、俺は良い子座りをしているマックスの胸元に潜り込んだ。
ギイが8番のボタンを押してくれて、ラッシュアワー並みにぎゅうぎゅう詰めになったまま俺はいつもの浮遊感を感じて一つ深呼吸をした。
チン!
またしても可愛らしい音がしてゆっくりと扉が開く。
壁面に描かれた8番の番号を見て、なんとなく息を殺して乗っていた俺は密かに安堵のため息を吐いたのだった。