ちょろい獲物だと聞いたんだけどなあ
「じゃあそろそろ行くか」
食事を終えてめいめいに寛いでいると、立ち上がったハスフェルがそう言い、俺の肩を叩いた。
「おう、それでどこへ行くんだ?」
「色々あるが、さて何処にするかな?」
ギイと顔を寄せて相談を始める。それを見て、俺はとりあえず出しっぱなしだった机や椅子を片付けた。
「あの、それならそれほど高級じゃ無いジェムが良いんですが、何かありますか?」
クーヘンが申し訳なさそうにそう言うのを聞いて、ハスフェル達が振り返った。
「せっかくだから、珍しいジェムや高く売れるのが良いと思ったんだが、違うのか?」
「いやあ、さすがに恐竜のジェムがあれだけ有れば、資金面ではお陰様でもう安泰です。なので、逆に店で売れるような手軽なジェムがあったほうが良いと思いまして」
「あれ? 仲間が作る細工物を売る店なんだろう?」
不思議に思ってそう尋ねると、笑ったクーヘンが振り返った。
「あの店は、かなり広いので細工物だけではちょっと間が持たないと言うか、広すぎて空間が勿体無いと思うんですよね。今までは、ジェムの販売は値段を管理する意味もあって商人ギルドと冒険者ギルドがほぼ独占販売状態だったんですが、ここまでジェムモンスターの数が回復すれば、間違いなく一般の店での販売が解禁されます。なので、広い店の一角を使って、一般の市民が気軽に買える安価なジェムの販売もしようと思っているんです。それなら確実に有る程度の売り上げが見込めます。それに、皆様のおかげで珍しい恐竜のジェムなどもかなり手に入りましたので、同じく店の一角で、観賞用の置物としての高級ジェムも販売するつもりなんです。これは、いずれ王都へ持って行ければ良いと考えています」
「おお、店舗の商品展開から、将来設計までバッチリじゃんか。すげえなクーヘン」
思わず拍手してそう言うと、ハスフェル達も揃って拍手していた。
その時俺は、自分が持ってる、ほぼ存在を忘れかけている大量のジェムの事を思い出した。
「なあ、そう言う事なら俺も一枚噛ませてくれよ」
思わずクーヘンの背中を叩いてそう言うと、彼が振り返って不思議そうに首を傾げた。
「え? それはどう言う意味ですか?」
「何なら、開店資金も一口くらい出すからさ。俺が持ってる大量のジェムの販売もしてくれないか?」
「ええ! ブラウングラスホッパーやゴールドバタフライを卸して下さるんですか?」
「もちろん、いるなら何でも卸すよ。それ以外にも、実は処理しきれていないのがまだ大量に有るんだよ。バイゼンで剣を作ってもらう時の資金にする為に、まとめて売り捌こうかと思ってたんだけど、折角だからお前が売ってくれよ。買い取りでもいいし、委託でも構わないぞ」
「ありがとうございます。喜んで引き受けさせていただきますよ」
目を輝かせるクーヘンと俺は、笑って手を叩きあった。
よしよし、これで管理しきれない在庫のジェムも、ちょっとは減らせそうだ。
「それなら一番近い場所へ行こう。今のお前達なら楽勝だろうさ」
ハスフェルがそう言い、ギイも笑って頷いている。何やらその笑みが企んでいるような気がしたのは俺の気のせいなのか?
若干嫌な予感がしつつ、頷き合った俺達も、辺りを片付けてそれぞれの騎獣に乗った。
到着したのは、モジャモジャの低木の茂みがあちこちに有る、足首ぐらいまでの短い草が生える段差のある草原だった。
茂みの後ろにある段差になった部分は、むき出しの土が見えていてあちこちに何やら見覚えのある穴が空いている。
これはもしや、何度か見たウサギの巣穴か?
「ここにはオレンジジャンパーの巣がある場所だぞ」
「オレンジジャンパーですか、確かにそれなら私でも何とかなりますね」
嬉しそうにそう言うクーヘンを見て、俺も黙ってマックスの背から降りた。うん、名前からしてウサギだと言う予想は当たっていたみたいだ。
「気をつけるのは、ジャンプからの突撃ぐらいだからな。それだって死ぬようなレベルじゃ無い。まあ、ちょろい獲物だ。あまり気負わずに頑張れ」
少し下がったハスフェルに笑いながら言われて、俺も頷いて前に出た。どうやらハスフェルとギイはここは見学を決め込むつもりのようだ。
「じゃあよろしくお願いします」
その声に頷いた俺は、短剣を構えるクーヘンから少し離れて自分の剣を構えた。
マックスは俺の背後に、アクアとサクラは俺の足元に来ている。クーヘンの従魔達も、それぞれ巨大化して身構えている。ドロップはクーヘンの足元だ。ああして見ると、確かに猫族軍団がいないと彼の従魔はやや戦力不足っぽいな。
だけど、ミニラプトル二匹とファルコは揃って空に舞い上がって旋回を始めているし、巨大化したラパン達もやる気満々だ。いざとなったらハスフェル達もいるし、まあ何とかなるだろう。
「準備は良いな? それじゃあ行くぞ」
ハスフェルがそう言って、手にした小さな小石を思い切り茂みに向かって投げつけたのだ。
次の瞬間、茂みが爆発した。
いや、飛び出してきたのは、三十センチくらいの大きさの薄い緑色をしたウサギだった。
あっと言う間にその辺りは、出て来た緑のウサギで埋め尽くされた。
一瞬静かになった後、そいつらは一斉にあちこちに向かって飛び跳ね始めたのだ。
「何だよこれ!」
俺はもう、必死になって剣を振り回した。
剣に当たった緑のウサギがジェムになって地面に転がるが、それを見ている余裕は全く無い。
背後からの突撃は、アクアとサクラが防いでくれているが、それ以外は自分で防がなければならない。だけど、はっきり言ってそんなの絶対に無理だ。
観察眼のおかげで見えるよ。威嚇するみたいに、ジャンプして歯を剥きながら飛び掛かって来る緑のウサギ達が。
だけど、仮に見えたとしても、あの速さにははっきり言って反応出来ないって。
結局、時折ぶん殴られるほどの勢いでぶち当たられて、その度に俺とクーヘンは何度も地面に吹っ飛ばされて転んだ。
さすがに起き上がる時にはハスフェルとギイが手を出して更なる攻撃を防いでくれるが、俺達が立ち上がって戦いだしたら、完全にまた傍観者になるんだよ。
そりゃあ、訓練の意味も有るんだろうから俺達に戦わせようって親心(?)なのかもしれないけど、この数は無理。ちょっとは助けてくれよって。
俺達の従魔達は、皆、嬉々として飛び交うウサギを叩き落としてジェムにしている。
さすがに、あいつらにはこの速さのウサギはちゃんと見えているみたいだ。
必死になって剣を振り回し続け、いい加減腕が痺れ始めた頃、ようやくウサギの数が減って来た。
何とか余裕を持って突撃を防げるようになったが、もうその頃には俺とクーヘンの顔は、酷い有り様になっていた。
何度も殴られた程の力でぶち当たられて、防具をしていない場所にはあちこちに青あざが出来ているし、両頬は見事に腫れ上がっている。俺は額に絶対たんこぶが出来てると思うぞ。
ズキズキする頬と額を押さえて息を整えていたら、サクラが近寄って来て、あの万能薬を少量だけ俺の顔に振りかけてくれた。
「おお、ありがとうな。せっかくだから、クーヘンにもあげてくれよ」
顔を洗うように両手で顔に万能薬を塗り込んでそう言うと、横にいたアクアが伸ばした触手で俺の足を叩いた。
「大丈夫だよ。クーヘンにはハスフェルがお薬をあげてるよ」
その声に振り返って見ると、ハスフェルが瓶に入った塗り薬をクーヘンに渡して、自分で顔に塗っているのが見えた。
「そっか、それなら大丈夫だな。うわあ、俺達めっちゃ頑張ったじゃんか」
地面には草原を埋め尽くす勢いで小さなジェムが転がっている。
俺達が回復したのを見て、スライム達が転がったジェムを拾い集めてくれた。
剣を鞘に戻した俺は、そのまま地面に仰向けにぶっ倒れた。
誰だよ、ちょろい獲物だなんて言ったのは。めっちゃハードな戦いだったじゃないか。
いやあ、頑張ったよな。俺達。
お疲れ様でしたー!