いざ出動!
「ちょっと待って! 痛い痛い!」
右手首をギルドマスターに、そして左手首をボルヴィスさんにそれぞれ力一杯握りしめられて引っ張られた俺は、情けない悲鳴を上げて必死になって抗議した。
「ああ、すまん」
「す、すみません!」
二人がほぼ同時にそう言って手を離してくれる。
うおお、両腕とも手首から先がジンジン痺れているぞ。二人ともどれだけ握力強いんだよ。
若干明後日の方向に感心しつつ、苦笑いした俺は大きなため息を吐いた。
「それで大量発生の場所は何処だ。第一、その情報をケンさんはいつ手に入れたんだ?」
真顔のギルドマスターのやや詰問調のその言葉に、俺は苦笑いして自分のこめかみの辺りを指で突っついた。
「実は俺、仲間内限定なんですが、念話が使えるんですよね。それでたった今、ハスフェルから知らせを受けたんです。大量発生の気配を察知して緊急出動した事。そして、大量発生のすぐ近くで初心者の冒険者達を見つけて逃した事もね。とりあえず駆逐は完了したみたいです。ただし彼らも、一緒に行った俺の従魔達も全員揃って疲労困憊らしくてね。動けないから助けてくれとの事です。場所は分かりますから俺が行って回収してきます。まあ、今夜は現地で野営する事になりそうですけれどね」
笑った俺が肩をすくめながらそう言った直後、ものすごい勢いで扉がノックされた。
いや、あれはノックなんてレベルじゃあないよ。力一杯ぶん殴ってるって言うと思うぞ。
しかし突然の轟音に飛び上がったのは俺だけで、ギルドマスターは即座に反応して扉に駆け寄り、これまた扉を壊さんばかりの勢いで力一杯開いた。
ボルヴィスさんは、扉に駆け寄りかけてギルドマスターに気づいてすぐに足を止めていた。
明らかに十代と思われるいかにも初心者っぽい若者が三人、開いた扉から中へ転がり込んできた。三人とも髪がびっしょりになるくらいに汗をかいていて、顔も真っ赤で息を切らせている。
「ギ、ギルド、マスターに、報、告、です!」
「初心者の森の東でオレンジバルーンラットの大量発生を確認!」
「上位冒険者と魔獣使い三名が従魔達と共に残りました!」
一番顔を真っ赤にした子が、息を切らせつつ必死になってそう報告する。その後残りの二人が一気にそう言って床に倒れ込む。おそらくここまで全力疾走で走って戻ってきたのだろう。見ているこっちがしんどくなるくらいに三人ともゼーハー言ってるよ。
「大至急応援を!」
しかし、倒れた二人と膝をついた最初の子は、三人揃って大声でそう叫んだのだ。
「よし、よく戻った! 初心者講習参加者は全部で十人いたはずだ。他の奴らはどうした?」
倒れた子を抱き起こしながら真顔のギルドマスターがそう尋ねる。
「俺達が、一番、足が速いからって……指導役の、ヒューリーさんが、先に行けって……」
最初に報告した子が、まだ肩で息をしつつなんとかそう言って背後を振り返る。
廊下の向こうからは何やら騒がしい声が聞こえてきているので、どうやら他の子達や指導者役の人も戻って来たみたいだ。
「行きましょう。時が惜しい」
真顔のボルヴィスさんの言葉に俺も頷き、倒れたままだった子達をとにかく助け起こして椅子に座らせてやる。
「行ってきます」
ギルドマスターにそう言った俺達は、揃って廊下を走りカウンター横を駆け抜けて表に飛び出した。
当然、セラス達もついて来ている。
そのまま城壁まで走って、街の外に出たところでオオタカのアモルが一瞬で巨大化する。
ファルコほどではないが、この子もかなり大きい。
地面に羽を広げて伏せてくれたので、俺とボルヴィスさんが前後に並んで首元に跨って座る。その後ろにセラスとラッキーが飛び乗る。
「確保しま〜す!」
アクアの声が聞こえた直後、いつものように下半身がスライム達によってしっかりとホールドされたよ。後ろを振り返ると、セラスとラッキーもしっかりと確保してくれている。
「よし、大丈夫だな。じゃあ出発してくれるか。このまま東の方向へ飛んでくれ」
俺が前側に乗っているので、アモルの首元をそっと叩いてお願いする。
「分かりました。初心者の森なら分かりますので、とにかくそっちへ向かいますね」
大きく羽ばたいてそう言ったオオタカのアモルが、ふわりと飛び上がりそのまま上空へ舞い上がった。
俺の後ろに座ったボルヴィスさんが、下を見下ろして感心したように声を上げる。
「おお、これは素晴らしい眺めですね」
「魔獣使いの特権ですよ。今までやらなかったなんて勿体無い」
笑った俺の言葉に、ボルヴィスさんは首がもげそうな勢いで頷いていた。
得意げに甲高い声で鳴いたアモルは、ゆっくりと羽ばたいて上昇気流に乗ると、そのまま一気に東の森へ向かって飛んでいった。
ハスフェル達が街から近いと言った意味が分かったよ。それに確かにこの距離なら、必死で走ればなんとかなるだろうくらいの近さだった。
手前側にややスカスカな感じの木が広がる森があるので、おそらくこれが初心者の森なのだろう。
しかし、その東側に流れる小川を超えた辺りから急激に森の木々が大きく深くなり、緑が一気に濃くなっているのが分かった。
そして、その森のさらに奥側は上空から見るととんでもない惨状になっていたよ。
かなり大きな木だと思うんだけど、それが何本も折れて倒れているし、むき出しになった地面にはあちこち焼けこげた跡もある。
無事な木も枝が折れたりしていて、全体にかなり悲惨な事になっていたよ。
そしてそのさらに奥側に、おそらくハスフェルの閃光斬かギイの術で切り払ったと思われる不自然な空き地が広がっていて、切り株がこれまたぼこぼこと掘り起こされて焼けこげた状態で転がっていたよ。
その横の草地に立てられた三張りのテントを見て、俺は安堵のため息をこぼした。
マックス達はテントの中には入らずに、外で猫団子状態になってくっついて寝ているみたいだ。
一応念話で無事は確認していたけど、あの森の惨状を見るとさすがに不安にもなるって。
ボルヴィスさんはもう、声も出せずに俺にしがみついて固まっている。
「あのテントの横の空き地、あそこに降りられるか」
「はい、大丈夫ですよ。では降りますね」
大きく羽ばたいたアモルがそう答えて、テントのすぐ横に舞い降りてくれる。
「おおい! 無事か!」
アクア達を引っ剥がす勢いで立ち上がった俺は、そのままアモルの背中から飛び降りてとにかくマックス達のところへ駆け寄った。
「ご主人来た〜〜〜〜!」
その瞬間、猫団子が即座にばらけて寝ていた子達が全員揃って俺に飛びついてきた。
「よくやったな!」
両手を広げて、あえて真正面から突撃を受け止めてやる。
マックスとニニとマニが真っ先に俺に飛びついてきて、当然堪える間も無く押し倒される。
「ご主人危ないよ〜〜!」
アクアの声と同時にスライムベットが出現して、倒れた俺を受け止めてくれる。
「ご主人! ご主人! ご主人!」
マックス達だけでなく、全員が巨大化して俺のところへ殺到する。
「ちょっ、待って! 潰れる〜〜ステイ〜〜〜!」
予想以上の大興奮っぷりに、従魔達に揉みくちゃにされつつ必死になって叫んだ俺だったよ。しかし。ステイが効くのはマックスだけだ。
慌てて下り良い子座りになったマックスの目の前で、俺は従魔達によってさらに揉みくちゃにされたのだった。