お祖父様とお祖母様の事
「お待たせ〜〜〜! 色々と分かったよ〜〜〜!」
滑り込んできたシャムエル様は、そう言ってセラスの頭の上へワープした。
「どうやら、彼のお祖母様。つまり、前のご主人の奥さんが、そもそもの原因みたいだね」
思っても見なかったシャムエル様の言葉に、俺は驚いてボルヴィスさんを見る。
彼はまだセラスに抱きついたまま動いていないんだけど、そのセラスは、自分の頭の上に現れたシャムエル様の存在に気づいているみたいで、割と本気で驚いているみたいだ。
「大丈夫だからな。シャムエル様は敵じゃあないよ」
手を伸ばしてセラスの首の辺りをそっと撫でてやりつつ、ごく小さな声でそう話しかけてやる。
「シャ、シャムエル様〜〜?」
目を見開いたセラスが、そう言って一瞬驚いたみたいに跳ねかけて慌てて座り直す。ボルヴィスさんはしがみついていたせいなのか平然としている。
これで分かった。どうやらセラスは、シャムエル様の存在を知っているみたいだ。
「だって、一部の魔獣や強いジェムモンスターには私の存在は分かるからね。特に今は気配をあえて消していないから、他の子達にも私の存在は分かっているはずだよ」
頬を膨らませたシャムエル様の笑った言葉に思わず悶絶する俺。ああ、その膨れたほっぺを俺に突かせてください!
手を伸ばそうとしたら、無言で叩き落とされたよ。解せぬ!
「ほら、そんな事より、そのお祖母様の事を聞いて!」
もふもふ尻尾を振り回しながら、セラスの頭の上でステップを踏み始めるシャムエル様。セラスがもっと驚いて硬直しちゃったじゃないか。
「大丈夫だから落ち着いて。ほら、ボルヴィスさんも、セラスが困っていますよ」
笑って背中を軽く叩いてやると、手を離した彼は大きなため息を吐いてもう一度セラスを撫でてから近くにあった椅子に座った。
「ええと、それからちょっと気になったので聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
不思議そうに顔を上げるボルヴィスさんを見た俺は、ストレートに聞く事にした。
「ええと、お祖父様は雑貨屋さんをしていたとの事ですが、お祖母様は? もしかして早くに亡くなられたとか?」
その可能性も考えてそう言ったが、ボルヴィスさんは苦笑いして答えてくれた。
「祖父が亡くなる一年前にぽっくり亡くなりました。冬の寒い日に、書庫で書類の整理中に倒れてそれっきりです。最期まで彼女らしい死に方だったと、葬儀の時には皆笑っていましたね。何と言うか、少々気性の荒い方でした。気分屋と言うか、怒りん坊と言うか……まあ、頼り甲斐のある姐御だと近所の女性達から頼りにされていましたがね」
なんとなくそのお祖母様の人物像が想像出来てしまい、若干遠い目になる。俺、多分だけど苦手なタイプかも。
「特に数字に強くて、本当に倒れる直前まで経理関係はほぼ彼女が管理していましたからね。店を継いでくれた弟夫婦は慣れるまでは相当大変だったみたいですよ」
おお、確かに経理全般を担ってくれていた人が急死したら、そりゃあ残された方は大変だろう。
「爺さんは、実を言うと入り婿なんですよ。幼馴染だった祖母と結婚を機にあの家に入って店を継いだんです。実を言うとお婆様は……動物全般が大嫌いだったんです。特にスライムを目の敵にしていました。俺のスライム蔑視は、間違いなく祖母の影響だと思いますね」
「おお、まさかの動物嫌い。だけど、元冒険者で入り婿に入るには、ちょっとハードルの高そうな家ですよね」
動物嫌いは、元テイマー的にはかなり大変だと思うんだけどなあ。
俺の言葉にボルヴィスさんも苦笑いしながら頷く。
「俺もそう思いますね。どういう経緯があって祖父があの家へ入ったのかは俺は知りません。ですがまあ……家でも店でも祖母の方が強かった気がしますね」
最後は苦笑いしながらの言葉に、釣られて俺も笑っちゃったよ。
確かに、雑貨屋を経営している家に婿養子で入ってその奥さんが動物嫌いなら、ましてやセラスみたいなオオカミを連れていたら肩身が狭かっただろう事は容易に想像がつく。
だけどまあ、その辺りは色々と大人の事情も絡んでいたのかもしれない。
気分屋で気性の荒い姉御肌の女性と、怪我をして冒険者を引退した元テイマー。
連れている従魔達は、店にとっては最高の警備役になるのは間違いないのだから、彼女が動物嫌いだって事さえ我慢すれば、後継のいないその家にとって、その結婚は双方にとってのwin-winだったのかもしれない。しかも幼馴染なら、ある意味気心も知れているだろうからな。
でも、そのお祖母様は結局動物好きになる事はなく、孫に影響を及ぼすくらいにずっとスライムを毛嫌いしていたわけか。
ううん、魔獣使い的にはちょっとお祖母様に説教したくなってきたぞ。まあ故人に説教出来ないけどさ。
「二匹のスライムは、店の掃除や家の掃除を担当していましたね。でも、俺は逆に汚いと思ってスライム達に触る事すらしませんでした。爺さんは、そんな俺を見て何も言いませんでしたよ」
ため息を吐いたボルヴィスさんの言葉に納得出来ない俺は、黙ってこっちを見ているセラスを見た。
「なあ、ちょっと質問なんだけど、前のご主人と一緒にいたスライム達って、俺の従魔達がしているような事はしなかったのか?」
俺の質問に、セラスはちょっと驚いたように目を瞬き、少し考えてから首を振った。
「狩りが終わった後のジェム集めは手伝っていました。私も集めるのは少しですがお手伝いしましたよ。ですが、それ以外だと……定期的に家やお店のお掃除をしていたくらいですね」
やっぱりテイマーだとその辺りはまだ未発達なのかな?
困ったように考える俺を、シャムエル様は何か言いたげに、それでも黙って見ていたのだった。