お祖父様の葛藤?
「ええと、ちょっと確認なんですけど、ボルヴィスさんが知っている範囲でいいので教えてください」
改まってボルヴィスさんに向き直った俺の言葉に、てっきり続きを話してくれるのだと思っていたボルヴィスさんが不思議そうに首を傾げる。
「はい、改まって何でしょうか?」
「子供の頃のボルヴィスさんは、お祖父様と一緒に暮らしていたわけではないんですか?」
「ええ、同じ街に両親と一緒に住んでいました。でも祖父が店を開いていたのは街外れの少し辺鄙な場所でしたから、小さな頃は、勝手に一人で祖父の家へは行くなと言われていましたよ」
「そのお祖父様なんですが、テイマーのままだった理由をご存知ですか?」
俺の質問に、何故か黙り込んでしまうボルヴィスさん。
「五匹の従魔を従える事が出来れば、神殿でお願いすれば魔獣使いの紋章が授けられます。まあ一応幾らかのお金は必要ですが、オーロラ種のオオカミを従えているお祖父様なら問題なく払える程度の金額ですよね?」
開店資金が必要だったとしても、普通に払える金額だからお金の問題では無いと思う。
それに、魔獣使いの師匠がいたのだから、紋章を持つ事の意味やスライムの有効性だって分かっていたはずなんだけどなあ。
密かに首を傾げる俺を見て、しばらく黙り込んでいたボルヴィスさんは苦笑いしながら口を開いた。
「実を言うと、俺も幼い頃に祖父に同じ事を聞いた覚えがあります。どうして冒険者を辞めたの? あと一匹捕まえれば魔獣使いになれるのに、どうして捕まえないの? とね。テイマーより魔獣使いの方が格好良いのに、とも言いましたね」
「あはは、素直な子供ならではの質問ですね。それでお祖父様は何と答えたんですか?」
すると、ボルヴィスさんはまたしても黙り込んでしまった。
まるで答えたくないかのように見えて、迂闊な質問だったかと思って謝ろうとした時、一つため息を吐いたボルヴィスさんがようやく口を開いた。
「冒険者を辞めたのは、足の怪我が元だと。確かに祖父は少しですが右足を引きずっていました。そして、どうしてテイムしないのかというと、俺には魔獣使いになる資格が無い。師匠にそう言われたからだ。と、そう言っていました」
「ええ、魔獣使いになるのに、資格なんて要ったっけ?」
予想外の答えに割と本気で驚いてそう呟く。
「祖父によると、師匠からこう言われたそうです。従魔を愛せないお前に、魔獣使いになる資格は無い。と」
驚きに目を見開く俺を見て、ボルヴィスさんは少し寂しそうに笑った。
おお、ハスフェル達とはまたタイプの違う筋骨隆々のイケメンだけど、憂い顔もまた……。
若干脱線しそうになった思考を無理やり引っ張って戻す。
「従魔を愛せないお前に、魔獣使いになる資格は無い? これまた手厳しい言葉だなあ」
またしても予想外の言葉に、そう呟いて考え込む。
「実際に師匠と別れた後、あの街へ来るまでの間に祖父は、何度も何度もあと一匹テイムしてみようとしたのだとか。ですが、何故か一度も成功しなかったそうです。以前は簡単に捕まえられたスライムでさえ、確保すら出来ずに逃げられたのだと聞きました。なので創造神様が、俺が魔獣使いになる事を許してくださらなかったのだと言っていました。幼い頃には、その言葉をあまり深くは考えませんでした。ですが自分がテイマーになってみて思い知ったんです。恐らく俺も同じだと」
最後は自虐的にそう呟き、セラスを見る。
セラスは、彼の視線を感じてその場でパタパタと尻尾を振った。だが何も言わない。
「祖父から従魔を譲ってもらった時、セラスとラッキーだけを選んだ俺を見て、祖父は何か言いかけて、でも結局何も言いませんでした。恐らく、言いたい事は先ほどの貴方と同じだったのでしょう」
元々スライムを馬鹿にしていたボルヴィスさんを、お祖父様はどんな気持ちで見ていたのだろう。そして、結局魔獣使いになれなかった自分自身の事も。
だけど、それでもテイムして一緒に暮らしていただけでもスライムの有効性は分かりそうなものなのにな?
どうにも納得出来なくて、ちょっとシャムエル様の意見を聞いてみたくなった。
『なあ、シャムエル様。今どこにいるんだ?』
部屋にいない事を確認してからこっそり念話で呼びかけてみる。
『ちょっと待ってね。色々調べているところだから!』
唐突にそれだけ言ってガチャ切りされてしまった。
おう、どうやらシャムエル様なりに調べてくれているみたいだ。
一つため息を吐いた俺は、とにかく先ほどセラスから聞いたお祖父様と師匠のやりとりをボルヴィスさんにそのまま伝えた。
「手切れ? これなら高く売れるだろう? 確かに、独立というよりは……破門と言う方が適切ですね。成る程。祖父があそこまで頑なになっていたのは、師匠のその言葉もあったからかもしれませんね」
大きなため息と共にそう呟いたボルヴィスさんは、ゆっくりと立ち上がるとセラスの前へ行って両手を広げて大きな頭を抱きしめた。
「今まで寂しい思いをさせてきたな。なあ、爺さんは、爺さんはお前達を愛してくれなかったのか? 以前の俺のように……」
最後はごく小さな呟きだったけれど、残念ながら無駄によく聞こえる俺の耳には全部聞こえていたよ。
「前のご主人なりに愛してくださっていたとは思います。少なくともちゃんと面倒は見てくださいましたよ。街に住むようになってからは、私の食事だと言って、大きな骨付き肉をいつも持ってきてくださいましたから。ですが、ですが愛情を一切表には出されませんでしたね。普段はごく短い言葉で、飯だ。とか、こっちへ来い。などの指示があった程度です。私が泥棒を捕まえた時だけは、よくやったと褒めて撫でてもらえましたから、その時だけは最高に幸せだったんです。その度に、もっと頑張ろうって思っていました」
嬉しさを堪えきれないかのように、少し丸まったふさふさな尻尾がパタパタと左右に動く。
特に犬科の子達の尻尾は、本当に嘘をつけない。
なんだか堪らなくなって、一つ深呼吸をした俺は横からそっと手を伸ばしてセラスを撫でてやった。
「お待たせ〜〜〜! 色々分かったよ〜〜〜!」
その時、唐突に現れたシャムエル様が、ズサー! って感じに俺の目の前の床に滑り込んできた。
そして、これまた一瞬でセラスの頭の上に現れた。
「どうやら、彼のお婆様。つまり前のご主人の奥さんが、そもそもの原因みたいだね」
これまた予想外のシャムエル様の言葉に、俺は無言のまま目を見開いたのだった。