前の前のご主人の事
「じゃあ、まずはセラスがテイムされた時の事を、覚えている範囲でいいから教えてくれるか」
ボルヴィスさんに聞かせるつもりで少し大きめの声でそう尋ねると、良い子座りになったセラスは、少し考えてから口を開いた。
「そうですね。確か、私は森で数頭の普通のシンリンオオカミ達と群れを作って一緒にいました。そこはかなり深い森で、人の子はほとんど来ないような場所でした。でもある日、猫科の従魔を複数連れた魔獣使い達が現れました。その人間達と従魔達に仲間のオオカミ達は全て狩られてしまい、私はその人間に確保されてテイムされたのです。ですが、その場ですぐにまた別の人間に譲渡されました。それが前のご主人です。前のご主人の元には二匹のスライムとホーンラビットのラッキーが既にいました」
おお、成る程。ホーンラビットとスライムしかまだテイム出来ていない弟子に、師匠である魔獣使いのご主人がオーロラ種のオオカミをテイムしてから譲ったわけか。しかし、ホーンラビットの次がオーロラ種のオオカミってまた極端だねえ。
密かに呆れつつ、とりあえず今の言葉をほぼそのままボルヴィスさんに伝えてやる。
「そして、コレはテギレだ。コレならタカクウレルだろう。その人はそう言って、前のご主人をその場に置いてすぐにいなくなってしまったんです。あれはどう言う意味だったのでしょうか?」
どうやら意味を理解していない言葉は、カタコトに聞こえるらしい。今のはそれをそのまま再現したのだろう、若干不自然な発音だ。
無邪気に首を傾げるセラスの言葉に、しかしその意味が分かってしまった俺は絶句するしかない。
ええ、師匠から手切れを渡されるって事は、どう考えても独立じゃあなくて破門とかそういう感じだよな。
「ええと……」
背後からは、今、セラスが何を言ったのか聞きたがっているボルヴィスさんの視線をひしひしと感じる。
だけどこれってこのまま説明してもいいのか……?
「なあ、ちょっと聞くけど、そのあとってどうなったんだ?」
「どうもしませんよ。そのまま前のご主人に連れて行かれて、街へ行って……前のご主人はこう言ったんです。ウルツモリだったけど、俺と一緒にいてくれるか。って。ウルツモリが何かは分かりませんでしたが、もちろん私はずっと一緒にいるつもりでしたから、喜んで『はい』と答えました。でも残念ながら前のご主人は、それ以上の子達をテイムする事なくずっとテイマーのままだったので、結局私は前のご主人とはこんな風に言葉を交わす事はありませんでした。しばらく一緒に旅をして、とある街で家を買ったご主人はお店を始めたんです。私はお店の警備担当で、昼間は裏庭で休んで、夜はお店の中で休んでいました。何度か泥棒が入った事がありましたが、全て捕らえて叩きのめしてあげましたよ。ああ、もちろん殺していませんよ。前のご主人から、泥棒が入ったら捕えるだけで絶対に殺すなと厳命されていましたからね。何かある度に、前のご主人によくやったと言って褒めてもらうのがとても嬉しかったんです」
得意そうにそう言って尻尾が控えめにパタパタ揺れるのを見て、俺は無言になる。
成る程、どういう経緯かは分からないが、お祖父様は魔獣使いになりたくて弟子入りしたが、何らかの理由で途中で冒険者を辞める事になったのだろう。だけどその師匠はせっかく育てた弟子を途中でただ放り出すのではなく、店をする資金作りの意味を込めて高く売れるであろうオーロラ種をテイムして渡したのか。手切れだと言って。
でも売らなかったって事は、以前のクーヘンやバッカスさんみたいに、お祖父様は開店資金をすでに貯めていたのかもしれないな。まあ、もしかしたらセラスが可愛くて手放せなかっただけなのかもしれないが。恐らくこれで間違ってはいないだろう。
師匠から従魔を譲られたのだと聞いて、感心したようにうんうんと頷いているボルヴィスさんを見て、俺はこの後の展開をどう説明しようか考えて密かにため息を吐いた。
そして、ふとある違和感を覚えてまた考える。しばらくして違和感の理由に気づいて小さく呟く。
「あれ? だけどそれなら師匠の紋章がセラスには刻まれているはずだけど、見る限り紋章らしきものは無いぞ? なあセラス。師匠はお前に紋章を刻まなかったのか?」
鞄からアクアに出てきてもらい、俺の紋章を見せながら尋ねる。
「ああ、それならここにありますよ。前の前のご主人は、全ての従魔のここに紋章を刻んでおられましたね」
そう言って、頭を下げて耳の後ろ側を俺に見せてくれるセラス。
「分かりにくっ! ええ、普通紋章って、誰が見ても分かる位置に付けるんじゃあないのか? こんなの、街へ連れて行ったら、従魔だって気が付かずに驚く人だっていると思うぞ」
まあ、この大きさで首輪をしていれば少なくとも野生では無いと分かるかもしれないけど、なんとなく俺的には魔獣使いの紋章って、人にすぐに見える位置に刻んで、これは魔獣使いがテイムしている従魔なんだって事を知らしめる為のものかと思っていたので、この控えめな紋章にはちょっと驚いたよ。
ちなみに前の前のご主人の紋章は、クリスマスのリースみたいな丸い輪っかに柊みたいな葉っぱが絡まる、なかなかにオシャレなデザインだったよ。そのままカードのイラストとかに使えそうだ。
「街の人を驚かせたり、森の中で私を攻撃してくる冒険者や狩人を驚かせるのがシュミだと仰っていましたね」
確かに紋章を刻んだ従魔が攻撃されたら、最初の一撃は防御の術が発動するって聞いた覚えがある。
森でオーロラ種のオオカミを見て、嬉々として狩りに来た冒険者や狩人にしてみれば、突然防御の術が発動すれば、そりゃあ驚いただろうさ。
「前の前のご主人、何やってるんだよ!」
どうやら悪戯好きで相当な変わり者だったらしいお祖父様の師匠の事を考えて、思わず力一杯叫んだ俺だったよ。
「ええと、どこから説明すればいいんだ。これ……」
話の続きを聞きたくて期待に満ち満ちた目をしているボルヴィスさんを見て、もう一回大きなため息を吐いた俺だったよ。




