ボルヴィスさんの改心とセラスの過去
「お、俺は、俺はなんて事を……」
もう一度小さくそう呟いたボルヴィスさんはゆっくりと立ち上がって、良い子座りをして自分を見つめているオオカミのセラスの元へふらふらと向かった。ちょっと足元がおぼつかないけど大丈夫か?
「セラス……今の、今の彼の話は本当なのか?」
「ワン」
まるで縋るみたいにセラスの大きな頭を両手を広げて抱きしめたボルヴィスさんの言葉に、目を閉じてされるがままになっていたセラスはごく短く、まるで犬みたいに小さな声で鳴いた。
その瞬間、弾かれたみたいに顔を上げて手を離し、無言のままセラスを見つめるボルヴィスさん。
恐らくだけど、今のワンって鳴いたのは、イエスって意味なのだろう。
言葉で従魔とコミュニケーションが取れないなら、最低限イエスとノーの鳴き声くらいは決めているだろうからな。
「そうか……そうだったのか……すまなかった……」
もう一度セラスの頭を力一杯抱きしめたボルヴィスさんは、何度もそう呟きながらそのままずるずるとその場に膝をついてしまった。
それに合わせてゆっくりと頭を下げて、自分に縋り付いているボルヴィスさんが倒れないようにしているセラスを見て、俺まで泣きそうになった。
だって、床に座り込んだボルヴィスさんは、もう辺りを憚る事なくセラスにすがりついて号泣していたんだからさ。
無言で差し出された新しいお茶が入った湯呑みを受け取り頷き合った俺とギルドマスターは、その温かくて甘い優しい味のお茶を飲みながら、ボルヴィスさんが落ち着くまでの間、何も言わずにただただ黙って待っていたのだった。
「すみませんでした。ちょっと取り乱しました……」
しばらくしてようやく泣き止んだボルヴィスさんは、赤くなった目を隠しもせず、そう言って俺に向かって頭を下げた。
「教えてくださり、心から感謝します。スライムの有効性を祖父が知らなかったのか、それとも以前からスライムを馬鹿にしていた俺に怒って教えなかっただけなのか。今となっては知る由もありませんが、もう間違えません。戦いの役に立つ事だけが従魔の価値ではないのですね。今後はどんなジェムモンスターであっても、その子を見てテイムするかどうかを判断する事にします」
ようやく俺の言葉が届いた事を確信した俺は、こっちも赤くなっているだろう目元を拭って誤魔化すように笑って鼻を啜った。
「おわかりいただけたようで安心しました。それからもう一つ助言をさせてください。確かにもう、お祖父様に直接お話を聞く事は出来ませんが、貴方が魔獣使いになりさえすれば、そうすればお祖父様の事を知っているであろうその子達が、きっとお祖父様との日々を教えてくれますよ」
驚いたように目を見開くボルヴィスさんを見て断言する。
だって、これってよく考えたら、俺がハスフェル達にテイムした子を譲ってやったり、ランドルさんがスライム達をまとめてテイムして、ハンプールの街へ戻ってクーヘンに後からまとめて譲っていたのと一緒だよな。
譲られた後も、従魔達は俺やランドルさんの事をちゃんと覚えていた。呼びかける時には、前のご主人って言っていたからな。
ランドルさんとクーヘンの場合は魔獣使い同士だったから紋章が混じったし、俺の場合はハスフェル達はテイマーでも魔獣使いでもないので紋章はそのままだったけれど、お祖父様もボルヴィスさんもテイマーだった彼らの場合は、何も印が無いから目に見える変化は無かったのだろう。
それでも、俺の話を聞いたセラスやラッキーの様子を見るに、あの子達がお祖父様との日々を覚えているのは間違いないのだろう。
となると、彼が魔獣使いになりさえすれば、お祖父様の事をもっと詳しく従魔達から聞けるだろう。もしかしたら、お祖父様を指導した、優秀だったと言う魔獣使いの事だって何か分かるかもしれない。
シャムエル様が以前言っていたみたいに、昔の魔獣使いの悪しき慣習的な事はあるかもしれないけど、俺だってリナさん以外の昔の魔獣使いの人がどんなだったのか知りたいと思う。
「分かりました。では明日にでも早速郊外へ出てまずスライムを三匹テイムしてきます。失ってしまったあの子達の分まで可愛がってやります。それに、他にも何かいれば頑張ってテイムしてみます。そして、戻ってきて神殿で紋章を授けていただけば良いのですね」
「ええ、いきなり滑らかな言葉を交わせるわけではありませんが、従魔達も貴方もすぐに慣れますよ。見る限りその子達も貴方にとても懐いているようだから、きっと彼らも貴方と早く話をしたいはずですからね」
笑った俺の言葉に、ボルヴィスさんの従魔達が揃って同意するかのように鳴いたり飛び跳ねたり羽ばたいたりした。
「ありがとうございます! たくさんたくさん、ご主人に前のご主人の事を話します!」
マックスみたいに尻尾を扇風機状態にしたセラスが、ハアハアしながら俺に向かってそう言ってくれる。
「ああそうか。俺なら聞けるよな。なあ、前のご主人だったそのお祖父様の師匠ってどんな人だったか知っているか?」
そうだよ。お祖父様の師匠の話なら別に俺が聞いても構わないよな。
ふとそれに気づいた俺は立ち上がり、セラスのそばへ行ってそう話しかけた。
「そう言われてもかなり以前の事ですから……確か一緒にいたのはごくわずかな間だったし、前の前のご主人の事は、正直に申し上げてあまり覚えていないんですよね」
予想外の爆弾発言に、思わず目を見張る俺。
「ええ、ちょっと待ってくれ。一番最初にお前をテイムしたのは、ボルヴィスさんのお祖父様じゃあなくて、師匠の方だったのか?」
俺の叫びに、こちらも驚きに目を見開くボルヴィスさんとギルドマスター。
「ちょっ、ちょっと、その辺りを詳しく教えてくれるか!」
思わずセラスの首元に手を当てた俺は、そう言ってから慌てたようにボルヴィスさんを振り返った。
「これって、俺が聞いても問題ありませんか?」
「どうぞ、好きなだけ聞いてください。そして出来れば聞いた話を私にも通訳してくださると嬉しいです」
「もちろん全て通訳します」
即座に返ってきたその言葉に、俺は真顔で頷いてから改めてセラスを振り返ったのだった。