メタルスライムと雪スライム達
「出来上がり〜〜〜!」
流れ作業で届けられた下拵えのすんだトンカツをせっせと揚げていた俺は、最後の一枚を油切り用に使っているザルにあげてドヤ顔で二人を振り返った。
まだポカンと口を開けたまま固まっていた二人だったが、先に復活したのはギルドマスターの方だった。
「い、いや……何と言うか……聞きたい事が多すぎて、何から聞けばいいんだ?」
そう呟いて頭を抱えたギルドマスターは、そのまま崩れるみたいにしてその場に座り込んでしまった。
そして瞬きもせずに、床に転がるスライム達を見つめているボルヴィスさん。
「よかったら食べてみてくださいよ。お茶の摘みにするには少々脂っこそうですけどね」
苦笑いした俺が取り出した小皿に小さめのヒレカツを一枚のせてやると、顔を上げたギルドマスターは、床に座り込んだまま手を伸ばして皿を受け取った。
無言で熱々のヒレカツを見たギルドマスターが、指でヒレカツを摘んでそのまま一口で食べてしまった。おお、豪快にいったね。
そしてそのまま無言で咀嚼する。熱くないのかな?
「……普通に美味いな」
ポツリと呟いたギルドマスターは、これ以上ないくらいの大きなため息を吐いてから立ち上がって俺に皿を返した。
「すまなかったケンさん。俺も実を言うと、スライムなんて初心者テイマーが練習用にテイムする役立たずだと思っていた。俺が冒険者を始めたばかりの若い頃には、まだ強い魔獣を連れた魔獣使いが何人かいたんだ。まあ、皆それなりの年齢になっていたがな。だけどそんな彼らがスライムを連れているのを見た時には、正直言って数合わせにスライムなんかテイムしやがって、って思っていた。だって、見る限り戦闘で役に立っている様子は全くなかったからな。戦闘が終わった後に何かやっていた気もするが、正直よく覚えていない。だが、この子達は全く違うな。一体何をどうすればスライム達にこんな事をさせられるんだ? それにその……見慣れない色のスライムが山ほどいるんだが……」
最後は遠慮がちにそう言って、床に転がって遊んでいるメタルスライム達と雪スライム達を交互に見た。
「ああ、この子達は希少種のメタルスライムと雪スライム達ですよ。可愛いでしょう?」
ちょうど近くにいたメタルスライムのシアンと雪スライムのアワユキを捕まえて、手の上に並べてギルドマスターに見せてやる。
「こっちのメタルスライムは、ハンプールの街から近いカルーシュ山脈の奥地に出現場所があります。ギルドには届け済みなので、なんなら問い合わせしてみてください。カルーシュ山脈の奥地へ行く事が出来るだけの腕のあるテイマーや魔獣使いなら、メタルスライムを発見しさえすれば誰でもテイム出来ますよ。ただし、こっちの野生の雪スライムは、冬季限定で雪のあるところにしか出ない更なる希少種です。しかも異様に動きが早くて、人や従魔の肉眼では到底その動きを捉えられません。一応従魔登録はしてありますが、この子達の存在を知っているのは俺の仲間以外だとバイゼンのギルドマスターと一部のスタッフさんだけで、それ以外では貴方達が初めてです」
まあ、本当は大勢のケンタウロス達も雪スライム達を知っているんだけど、それをここで言ったらもっと大混乱になるだろうから、それは武士の情けで言わないでおくよ。
そして俺がそう説明した次の瞬間、アワユキは一瞬で移動してギルドマスターの足元に現れて彼の靴を叩き、また一瞬で移動して、まだ固まったままのボルヴィスさんの右肩に現れて、伸ばした触手で彼の頬を叩くみたいにして突っついてから俺の手の上へ戻ってきた。この間、多分1秒未満。
突然現れた雪スライムに頬を叩かれたボルヴィスさんが、まるで驚いた猫みたいに文字通り上に飛び上がってまた固まった。反応遅っ!
ちなみに俺にはなんとなくアワユキの動きが予想が出来たから、アワユキの動きが止まったのとほぼ同時に見つけられたけど、自分の靴を見つめていたギルドマスターは当然全く反応出来ず、もう目玉が落っこちるんじゃあないかと思うくらいに大きく見開いた目で、俺の手元に戻ってきたアワユキを呆然と見つめていた。
飛び上がっただけで、その後も固まったまま微動だにしないボルヴィスさん。
お願いだから、せめて瞬きくらいはしてくれ。冗談抜きで目が乾いて大変な事になると思うぞ。
「貴方達にこの雪スライムを見せたのは、俺なりの誠意のつもりです。スライムは、決して役立たずなんかではありません。それどころか、確かに戦闘力はほぼありませんが本当に役に立ってくれるとても賢い従魔ですよ。ジェムモンスターを多く倒した時などは、地面に転がるジェムや素材を拾い集めるのを手伝ってくれます。物陰に落ちたジェムや素材だって、決して取りこぼす事なく全て集めてくれます。本来はなんでも溶かしてしまうスライムだけど、テイムした事によって知能は格段に上がっていますから、溶かしてはいけない物を一つずつ実際に見せて教えてあげると、もう次からはちゃんと覚えて溶かさずにいてくれます。さっき、料理のお手伝いをしていたのを見たでしょう? あれは、実を言うと俺が教えたのではなく、俺に懐いているスライム達が、俺が料理をしているのを横で見て覚え、少しでも手伝いたいと考えて自発的に始めてくれた事なんです。最初は簡単な単純作業を少し手伝う程度でしたが、今では段取りをすっかり覚えて、あんなに手際良く手伝ってくれるようになりました。郊外で料理をしても、ゴミは一切出ません。一部の野菜クズなんかは草食の子達にあげる事もありますが、それ以外のゴミは食べ汚しも含めて全てスライム達が片付けてくれます。それこそ、ここで買った大きなデカ栗の焼いたやつ。熱々のこの硬い皮だって、スライムは一瞬で綺麗に剥いてくれましたよ。それ以外にも、言い切れないくらいに様々な事を手伝ってくれます。俺の旅は、スライム達によって支えられていると言っても過言ではないくらいに、日々助けられているんですよ。役立たずなんて酷いこと言わないでください」
はっきりと断言した俺の言葉に、ようやく納得したのだろうギルドマスターが、大きく何度も頷く。
そして目を見開いたまままだ立ち尽くしていたボルヴィスさんは、その場にゆっくりと崩れ落ちるみたいにして膝と手を床についた。
「そ、そんな……祖父の教えは間違っていたのか……」
泣きそうな声でそう呟くボルヴィスさんを見て、俺の中にあった怒りがシュルシュルと萎んでいくのを感じていた。
そうなんだよ。俺の怒りって、マジで長続きしないんだよな。