ごちそうさまとその後
「はあ、とにかく食っちまおう。慰めてくれてありがとうな」
何とか落ち着いた俺は、一つため息を吐いてから笑ってそう言って、俯いたまま俺を慰めてくれた懐かしい柴犬風の子を撫でてやった。
ご機嫌で飛び跳ねて俺の足に頭突きをしてくるこの子も最高に可愛い。
「この子はなんて名前なんですか?」
もう一回抱きしめてやりながら、顔を上げずにそう尋ねる。
「おお、その子はブラウン。まあ理由は分かるよな」
俺のネーミングセンスも大概だと思っていたけど、ここの店主はそれの上をいくな。
若干失礼なことを考えつつ、もう一度ブラウンを思いっきり撫でてやった。
一つ深呼吸をしてから手を離してやると、え? もういいの? と言わんばかりに首を傾げて俺を見上げたブラウンだったけど、俺が笑って頷くと、甘えるみたいに俺の足にもう一回頭突きしてからまた別のテーブルへ向かっていった。
確かにあれは賢い。冗談抜きで、俺が凹んでいるのに気付いて慰めに来てくれた気がするよ。
ブラウンが向った席から歓迎の歓声が上がるのを聞いて小さく笑った俺は、こっそり取り出した布で鼻を拭きかけて不意に手を止めた。そうだよな。ここはスライムの素晴らしさを見せる良い機会だよな。
顔を上げた俺は、わざとボルヴィスさんを見てから普通の声でこう言ってやった。
「サクラ、綺麗にしてくれるか」
涙と若干の鼻水で濡れている俺の顔を見た彼が何か言うよりも早く、足元に置いてあった俺の鞄からサクラが転がり出てきて一瞬で広がり俺を包み込んだ。
それを見た瞬間、咄嗟に腰の剣に手を掛けるボルヴィスさんと、同じくらいの素早さで一瞬で腰に取り付けた収納袋の小物入れから大きな戦斧を取り出すギルドマスター。おお、戦斧の鬼って二つ名持ちは本当だったんだ。
「どうしたんですか?」
一瞬で元に戻ったサクラを膝の上に捕まえて撫でてやりつつ、平然と二人を見ながらそう聞いてやる。
「い、いや……ああ、すまんすまん。何でもないぞ」
武器を取り出したギルドマスターを見て、またしても何事かと血相を変えて駆け寄ってきた店主に、一瞬で戦斧を収納したギルドマスターが申し訳なさそうに謝る。
「あ、あの……」
「おう、すまんかったな。大丈夫だよ」
まだ心配そうにしている店主に向かってもう一回謝ったギルドマスターは、大きなため息を吐いて黙々と食事を再開した。
俺も一つため息を吐いてとにかく食事を続けた。
ボルヴィスさんも俺達を見て食事を再開したけど、ずっと食べながら何か言いたげに俺をチラチラと見ていた。
だけど俺は、一度も顔を上げる事なく知らん顔で黙々と食事を続けたのだった。
多分、こっちの世界へ来てから一番気まずくて味気ない食事の時間だったろう。せっかくの美味しい料理に申し訳ないくらいだ。
後半はもうヤケみたいになって無言で食べまくり、デザートの果物まで平らげ、結局三本の白ビールを飲み干した俺だったよ。
ボルヴィスさんは、取ってきていた陶器の瓶を自分で購入していたから、さすがにあの量は一人では飲みきれなかったみたいだ。
ちなみに、シャムエル様はまたすぐに消えてしまって、結局一緒に食べる事は無かった。
これも考えてみたら、多分初めての事だよな。食事中に現れたシャムエル様が、何も食べずに消えちゃうなんてさ。
まあ、もし戻ってきて腹を空かせていたら、手持ちの料理かお菓子を出してやろう。
「ごちそうさまでした」
空になったお皿の前で手を合わせる俺を、二人はまた黙って見つめていた。
「ごちそうさまでした。これも感謝の言葉ですか?」
ギルドマスターの言葉に、顔を上げた俺は苦笑いしながら頷く。
「ええ、そうですよ。いただきますは、命を与えてくれた食材に関する感謝の言葉なら、ごちそうさまは、この料理を準備してくださった方々に対する、ええと、あちこち駆けずり回って食材を集め、手間暇をかけて料理をしてくれた、全ての方に対する感謝の言葉です」
今ではハスフェル達やシャムエル様まで、いただきますやごちそうさまを当たり前に言ってくれるようになった。
良い習慣なんだから、是非ともこっちの世界でも普及させたいんだよな。
俺の説明に納得したように頷いた二人も、揃ってごちそうさまを言ってくれた。
笑顔の店主に見送られて店を後にした俺達は、無言のままギルドの建物に戻った。
そのままギルドマスターの案内で、会議室のような、シンプルな机と椅子以外何もない部屋に案内された。
「まあ座れ。茶ぐらい入れてやるよ」
俺達に椅子を勧めたギルドマスターだったけど、俺は笑って止めた。
「お茶ならあります。ちなみにお酒もありますけど?」
白ビールの瓶を一本だけ取り出して見せると、苦笑いしたギルドマスターが残念そうに首を振った。
「魅力的なお誘いだが、さすがにここで飲むと色々と人目があるので面倒なんだよ。俺の好きな茶葉があるんだ。まあ座って待っててくれ」
どうやらお茶好きらしいギルドマスターは、取り出した茶葉の入った缶を見せながらそう言って笑っている。納得した俺は、そっちは任せておく事にした。
ボルヴィスさんは、椅子には座らずに黙ったまま何か言いたげに俺を見ている。
だけど、あえてそんな彼を無視した俺は、まずは虹色の毛並みを持つあのオオカミの前に立つ。
「初めまして。魔獣使いのケンだよ。名前を聞いてもいいかい?」
直接従魔に話しかけた俺を見て、目を見開くボルヴィスさん。
「初めまして魔獣使いのケン様。セラスと申します」
嬉しそうにそう言って、尻尾をパタパタとさせるオオカミのセラスを俺はそっと手を伸ばして撫でてやった。
「そうか、セラスっていうのか。良い名前だな」
俺の言葉を聞いたボルヴィスさんの目がさらに見開かれる。
「な、何故その名前を……」
「だって、この子が教えてくれましたから」
笑顔でそう答えた俺を見るボルヴィスさんは、まるでバケモノでも見るみたいな目になっていたのだった。
そんな彼を見ながら、俺は頭の中で何から話すべきか考えていたのだった。
まあ、ちょっと思考が戦闘モードになっているのは、勘弁してくれよな。
さて、まずはどこから攻めるべきだ?