愛しき子達
「ええと、そのお祖父様は今どちらに?」
なんとなく予想はつくが、そう尋ねてみる。
「少し前に亡くなりましたよ。私は十代の頃から冒険者をしていて、主に商隊の護衛をしていました。文字通り、商隊の人達とともに世界中回りましたよ。少し前、久し振りに帰郷した時に、もうかなりの高齢だった祖父からこの子達を貰ってくれないかと言われましてね。テイマーでもない俺が引き取ってどうするんだと言ったら、なんでも地脈が整ったおかげで、恐らくだが今の俺ならテイマーになれるだろうからと言われたんです。それでテイムのやり方を教えて貰って、近くの森で試しにスライムを一匹テイムしてみたんです。それで上手くいってテイマーになれました。祖父はとても喜んでくれて、それでこの子達を譲り受けたんです」
ちょっと得意そうなその言葉に、思わず俺も笑顔になる。
成る程。テイマーとしての素質があっても、地脈が弱ってジェムモンスターや魔獣の絶対数が激減していた時期には、そもそも才能はあってもテイムする機会に恵まれず、テイマーにすらなれなかった人も多かったのかもしれない。
「じゃあ、この子達以外にもスライムが三匹もいるんですね。どんな色の子ですか?」
少し考えた俺は、さっきの話を思い出してそう聞いてみた。もし、俺が持っていない色の子だったら、どこに住んでいたのか直接スライムに聞いてみてもいいかも。
そこまで考えての言葉だったんだけど、それを聞いたボルヴィスさんは呆れたように首を振った。
「譲ってもらったのは、このオオカミとホーンラビットだけです。スライムなんて、そんなの連れているだけでも恥ずかしいでしょう? ああ、このオオタカは独立してから投石機を使って自分で捕まえてテイムしましたよ」
予想外の突き放したような言葉に絶句してしまう。って事は、自分達だけ新しいご主人に引き取ってもらえなかったスライム達が、師匠であるお爺さんが亡くなった後にどうなったかは想像に難くない。
いや、それどころか! 試しと言われてテイムだけされて、恐らく名前すらもらえずにすぐに放逐されたスライムがその後どうなったかなんて……。
「な、なんて可哀想な事を! 酷いです! ボルヴィスさん! それは酷いですよ!」
思わず拳を握って立ち上がりながら、大声でそう叫んでしまう。
「おいおい、いきなりどうした? ああ、すまん。なんでもないよ」
俺の大声を聞いて、何事かと駆け寄ってきた店主と思しき年配の男性にギルドマスターが手を振り、俺の腕を軽く叩いて引っ張る。
「いいから座れって。なあ、今の話のどこに何が可哀想で、ボルヴィスが酷いって要素があるんだ?」
俺を見上げて不思議そうに首を傾げるギルドマスターを無言で見下ろし、同じくらいに不思議そうに俺を見ているボルヴィスさんを見て、俺は大きなため息を吐いてとにかく座った。
「スライム達が可哀想だって言ったんです」
ため息と共にそう言って、グラスに残っていた白ビールをぐいっと飲み干す。
「スライム達が、可哀想?」
明らかに分かっていない風のボルヴィスさんの様子に、また怒鳴りそうになるのを俺は必死で堪えた。
彼は知らなかったんだから、仕方がない。
価値が無いと思い込んでいたんだから、せっかくテイムしたスライムを放逐したって仕方がない。
彼のお祖父様だって、お祖父様の師匠だったと言う魔獣使いの人だって、スライムの価値も捨てられた従魔がその後どうなるのかもきっと知らなかったんだ。だから仕方がない。
これは仕方がない事なんだ。
頭の中で、何度も何度も自分に言い聞かせるように、まるで呪文のようにその言葉を唱え続ける。
急に様子が変わった俺を見て、二人は困ったように顔を見合わせている。
「とにかく食べましょう。詳しい話はギルドへ戻ってから教えてあげます」
人目のあるここで、彼のした事の何が悪かったのかを冷静に説明出来る自信が無かったので、なんとか気を取り直して大きなため息と共にそう言った俺は、とにかくお皿に残っていた料理を片付ける事にした。
「お、おう。そうだな」
明らかに安堵したようなため息を吐いたギルドマスターの言葉に頷き、ボルヴィスさんも食べるのを再開した。
しばしなんとも言えない気まずい沈黙の時間が過ぎる。
その時、足元に誰かがくっ付くのに気がついて驚いて下を見た。
エリーもアヴィもテーブルの上にいるんだから、もしかしてボルヴィスさんのウサギかと思ったんだよ。
だけど、そこにいたのはニニとそっくりな長毛の三毛猫だった。落ち込んでいた俺の気分が一気に上がる。やっぱりもふもふはいいよな。
「うわあ、可愛い! もしかしてこの子が言っていた看板猫ですか?」
「ああ、お前も出てきたのか。こいつはミーケ。まあ、名前の由来は一目瞭然だな」
笑ったギルドマスターの言葉に、俺も笑って手を伸ばしてミーケちゃんを撫でてやった。
ご機嫌で喉を鳴らし始めたミーケちゃんは、以前のニニを見ているみたいでちょっと涙目になったよ。
「って事は……」
確か看板犬もいるって聞いたぞ。
目を輝かせて周囲を見回すと、俺の視線に気づいた、これまた以前のマックスにそっくりな柴犬風の薄茶色の子が一声吠えてこっちに向かって駆けてきた。
「おお、これまた可愛い! だけどお前、ちょっと太りすぎだぞ」
笑って両手を広げてやると、以前のマックスがよくそうしたように一直線に俺の胸元へ飛び込んでくる。うん、以前のマックスよりもかなり胴回りが太いぞ、おい。
だけど不意に出会った久し振りの大きさの子達を見て、抱きしめて、先程から感情が乱高下していた俺の涙腺はとうとう決壊してしまったのだった。
大きい今のニニやマックスは最高に可愛いけど、やっぱりこの大きさの子も良いよな……。
ご機嫌で尻尾を振りながら俺を舐めてくる懐かしいむくむくの短い毛に顔を埋めた俺は、あふれる涙をなんとか止めようと、俯いたままで必死になって鼻を啜っていたのだった。