それぞれの常識と齟齬
「ううん、どれも美味しい!」
山盛りに取ってきた料理を味わいながら、昼間っから冷えたビールを飲む。ううん最高の贅沢な時間だ。
大満足で食事をしながら、俺は別皿に取ってきたドレッシングをかけていない温野菜や、カットした果物をこっそりアヴィとエリーにあげたりもしていた。ブロッコリーを一つエリーにあげて、カットしたリンゴをアヴィにあげようとしたその時、ふと妙な視線を感じて顔を上げた。
食べる手を止めたボルヴィスさんが、何故か真顔でそんな俺の様子を見ていたのだ。いや、眉間に皺が寄っているからちょっと不機嫌そうに見える。
あれ? バイキングとはいえ店の料理である人間用の食事を勝手に従魔にあげるのはNGだったか?
内心ちょっと焦りつつ、どうしました? って感じに見返してみる。
「い、いや……従魔に、自分の皿から食事を与える人を初めて見ました。その、嫌ではありませんか?」
一瞬何を聞かれているのか分からず、手が止まる。
目の前に差し出されたリンゴをアヴィが引っ張るのに気づいて、慌てて手を離してやる。
「ああ、ごめんよ」
カットしたリンゴを嬉しそうに齧り始めたアヴィの後頭部から背中の辺りを、俺は笑ってそっと撫でてやった。
「あの……ボルヴィスさん。それは、何に対する、嫌、ですか?」
しばし妙な沈黙が続き、俺は意を決して口を開いた。ギルドマスターも異変を感じたのか、食べていた手を止めて俺達を見ている。
確かに以前いた世界でも、動物を飼っている人と飼っていない人では、こういう時の常識の感覚って全然違っていた気がする。
例えば、自分が食べているものを平気で動物に与える人もいれば、一緒に食べるなんてとんでもない! 主に衛生的に嫌だ! って人もいた。
もちろん、それぞれの動物に合わせて食べさせてはいけない食材なんかがあって、俺もその辺りは一応気を使っていた。もちろん、生理的に嫌だって人もいたよ。
でもまあ俺は、今みたいに味をつけていない温野菜や果物程度なら、少しくらいはいいんじゃね? とも思っていた。
例えば俺がヨーグルトを食べようとすると、ニニはいつも俺の膝の上にそそくさと乗ってきて、無糖のヨーグルトを食べたがった。特に某メーカーの高級ギリシャヨーグルトが好きで、たまにコンビニや近所のスーパーでちょっとお高いそのギリシャヨーグルトをわざと買ったりもしていた。
もちろん、猫用の小皿にスプーンで軽く一杯か二杯くらいを取り分けてあげる程度だけど、嬉しそうに舐めるニニを見ている時間は楽しかった。
ちなみに残りのヨーグルトには、カットしたフルーツやシリアル、ハチミツなんかを入れて朝食にして食べていたよ。
マックスは基本何でも食べたがる子だったから、特にうちへ来た最初の頃はかなり気を使っていた。うっかりすると、机の上に置いてあった朝食のトーストを落として齧られたりもしたからさ。
まあ、その辺りはしっかりと躾をして以降、勝手に食べられる事はかなり減ったんだけど、それでも俺が食べているものを欲しがって、突撃してくるのを防ぐのに苦労した覚えが何度もある。
だけど、少なくともテイマーであるボルヴィスさんが、衛生概念がゆるゆるなこの世界で、従魔に手ずから何かあげたところで非衛生だって文句をいう確率は低い気がした。四六時中従魔と一緒にいるのだから、生理的に嫌だってのも違う気がする。
となると、今の言葉は、何に対する、嫌、なのだ?
本気で分からなくてボルヴィスさんを見ると、彼も無言になって何やら考えている。
「どうやらケンさんの常識と、私が教えてもらったテイマーや魔獣使いとしての常識は、見る限りかなり違うようですね」
大きなため息と共にそう言われて、食べかけていた手がまた止まる。
「へえ、教えてもらったって事は、ボルヴィスさんには師匠がいるんですか」
って事は、おそらくだけどその人は魔獣使いだろう。それはちょっと会ってみたい!
興味津々で身を乗り出す俺を見て、ボルヴィスさんは苦笑いして首を振った。
「教えてくれたのは俺の祖父です。若い頃にテイマーだったとかで、すごい師匠の元でテイマーになり、冒険者になったのだと言っていました。ですが怪我をして冒険者を続けられなくなり、引退後は辺境の村で雑貨屋をやっていました。家にはいつも二匹のスライムと、それからこいつらがいたんです」
そう言ってボルヴィスさんがあのオーロラ種のオオカミを振り返った。
彼の視線に即座に気付いたオオカミが、また遠慮がちにパタパタと尻尾を振る。
「ええ、つまり……従魔達をお祖父様から譲り受けたんですか?」
驚きに目を見開く俺の言葉に、当然だとばかりに頷くボルヴィスさん。
「へえ、これはまたすごい人が現れたねえ」
唐突に俺の目の前にシャムエル様が現れて、そう言いながら短い腕を組んだ。
「そっか、以前の従魔の常識に縛られているから、今のご主人にも無邪気に甘えられないんだね。これはちょっと可哀想だけど……どうするべきかなあ」
何やらぶつぶつと言いながら真剣に悩み始めたシャムエル様の様子を、俺は何と言ったらいいのか分からなくて黙って見つめていたのだった。