クーヘンの店の話
「じゃあ先ずは外に出よう。こっちだ」
ハスフェルの案内で、俺達はまた列になって来た時とは違う通路に入っていった。
「ハスフェルは、この広い洞窟の中の道を全部覚えているのか?」
各自が手にしたランタンの灯りに照らされた狭い通路を歩きながら尋ねると、得意気に振り返って頷いた。
「勿論だ。言っただろう、ここは俺の遊び場の一つなんだよ。最近はあまり来ていなかったけれどな。久し振りに来たが、ここのジェムモンスター達も完全に復活しているようで安心したよ」
「ちなみに、バイゼンの近くにある洞窟は、俺の遊び場だぞ。バイゼンへ行ったら案内してやるぞ」
ハスフェルの隣で、ギイが振り返って自慢げに笑って言う。
「おお、それは楽しみだな。よろしくお願いします。ヘラクレスオオカブトの角で剣を作ってもらったら、その、近くにある洞窟へも行ってみようって話をしていたもんな」
「あそこも色々と出るからな。まあ楽しみにしていろ」
って事は、まだ当分彼らは一緒に旅をしてくれるみたいだ。何となく、旅慣れた彼らがいると安心だよな。
「私もいるよ。忘れないでね」
また、いつの間にか定位置の俺の右肩に現れていたシャムエル様が、俺の頬に尻尾を叩きつけながら自己主張の回転ダンスをしている。
「はいはい、シャムエル様とは最初からだもんな。これからもよろしくな」
もふもふ尻尾を突っついてやり笑っていると、隣を歩いていたクーヘンが、驚いたように俺を見ている。
「ん? どうかしたか?」
「ケン、聞き違いで無ければ今、バイゼンでヘラクレスオオカブトの角で剣を作るって仰いましたか?」
「ああ、そうだよ。今のところ旅の目的地がバイゼンなんだ」
「さすがですね。まさか、ヘラクレスオオカブトの角をお持ちとは」
苦笑いしたクーヘンは、俺を見上げた。
「それにしても、この二十年ほどの間のあのジェムモンスターの激減は一体何だったんでしょうね。それがこんなに急激に元に戻るなんて、不思議な事もあるものです」
思いっきりその回復した原因が目の前にいるんですけど、俺にも何があったのかはさっぱり分からないので、ここは知らないふりでスルーしておく。
「急激なジェムモンスターの消滅は、創造主様がお怒りになっておられるんだ。この世の終わりだなんて話も聞きましたけれど、回復した今となっては、笑い話ですよね」
へえ、そんな話まであったんだ。
まあそうだろうな。見てきた限り、俺の元いた世界が石油に依存していた程ではないが、この世界は、確実にジェムに依存して成り立っている。その肝心の燃料であるジェムが無くなれば、どうなるかなんてちょっと考えれば分かる事だ。
この世の終わりだ! 神がお怒りだ! って、言いたくなる気持ちも分かるような気がする。
「心配するな。創造主様はそんな無慈悲な事はしないさ」
ハスフェルの言葉に、クーヘンは笑って頷いた。
「そうですよね。何であれ安心しました。これなら私の商売も上手くいきそうです」
「そうそう、店を出すって言ってたけど。具体的には何の店を出すつもりなんだ? 飲食店? それとも雑貨屋とかか?」
少なくとも、料理は得意じゃないと聞いたから飲食関係では無いだろう。それなら、何を仕入れて売るにしても、資金はそれなりに必要だよな。
すると、クーヘンは照れたように笑った。
「クライン族と言うのは、ドワーフ程ではないのですが、手先が器用で銀細工や宝石を使った細工物が少々得意なんです。カルーシュ山岳地帯では、クライン族の郷のすぐ近くに、小さいですが良質の銀鉱山と宝石鉱山が有るんです。私もまあそれなりの事はしますが、私よりも兄が、それは見事な細工物を作るんです。それに姉の婿殿、つまり私の義理の兄も相当の腕前の細工師なんです。ですが、以前申し上げたように、クライン族の里は簡単には辿り着けないカルーシュ山岳地帯の険しい山の中にあります。その為、せっかく作った細工物も、簡単に売りに行くことが出来ず、僅かに郷を出入り出来る者達が、ハンプールの街で行商している程度なんです。ですが、商売の基本も知らずに、安い値段で買い叩かれたりする事もあるんです。私はかなりの長い時間、あちこちの街を旅して勉強して来ました。相場と申しますか、そう言った目利きも多少は出来るようになりましたので、仲間達の作る細工物をきちんとした定価で売る店を作りたかったんです」
「へえ、良いじゃないか。それならハンプールに目をつけたのは中々良いな。あそこは初めての商売をする者にはうってつけの街だ。商業ギルドがしっかりしているから、無茶な事をする店も少ないし、客筋も悪くはない。王都からも近いから、掘り出し物を求めて王都の商人も定期的に来ているからな。王都の商人に繋ぎを取れれば、商売繁盛間違い無しだぞ。それに、定期開催される早駆け祭りのおかげで外部からの人も多いからな」
おお、仕入れルートも市場調査もバッチリじゃんか。なんかすげえぞクーヘン。
感心していた俺だったが、さっきのハスフェルの言葉に、聞きなれない言葉を見つけて首を傾げた。
「なあ、早駆け祭りって、何?」
「ええ? ご存知無いんですか? 有名なんですけどね」
驚くクーヘンに、俺は笑って誤魔化した。
「あはは、ごめんよ。俺、その辺の一般常識は時々ぽっかりと抜けてるからなあ。それってどんな祭りなんだ?」
「ハンプールの街は、行っていただければ分かるんですが、元々あった旧市街と、新しく港を中心に広がった新市街の二つの街があるんです。街としては一つなんですけれども完全に分かれていて、旧市街は真ん中にある巨大な御神木を中心に街が作られた為、見事にまん丸なんです。その為、旧市街を囲う城壁は巨大な円形をしているんです」
初めて聞く話に、俺は身を乗り出して聞き入っていた。
「その旧市街の城壁の外周に、ぐるっと一周幅の広い道が作られているんです。普段はもちろん普通の道として使われているのですが、春、夏、秋の年三回、その外周を使って開催されるのが早駆け祭りです。基本は馬に乗って行われるんですが、脚があって走れる動物ならなんでも構わないんです、それこそ二本足でも四本足でもね。以前は多くの魔獣使いやテイマー達が参加していたんですが、最近はとんと見かけなくなりました。今戻れば、上手くすれば夏の早駆け祭りに間に合うかもしれませんから、店の宣伝を兼ねて、こいつと一緒に参加しても良いかと思っているんです」
「へえ、面白そうだな。それってハンプールの住民じゃなくても参加出来るのか?」
「ええ、指定の参加料を払えば、騎馬を所有している人なら誰でも参加出来ますよ」
それを聞いた俺は思わず拳を握り、そんな俺を見たハスフェルとギイも揃ってニンマリと笑い合った。
ナニソレ、めっちゃ楽しそうじゃん。
もちろん見るのも面白いだろうけど、ここはひとつ、マックスに頑張ってもらおうじゃ無いか。万一、今回の夏の祭りに間に合わなくて参加出来なくても、次回の秋の開催時期を聞いておいて、忘れずに戻って来よう。うん、是非そうしよう。
そんな話をしていたら、もう外の光が見える所まで出て来たみたいだ。
「おお、やっぱり外の光は明るいな」
ようやく見えた通路の先の光に、俺達は揃って笑顔になったのだった。