弟子の為なら頑張るぞ!
「じゃあ、前回と同じ作戦で行くか。ええと……どれが良いかな? よし、いちばん手前にいる、あれが目標だ。俺が足止めするからクーヘンは魔法でひっくり返してくれよ。上手くいったら俺が腹側を斬りつけて倒すよ。クーヘンも余裕があればそのままやっつけてくれていいぞ」
「分かりました。じゃあまず目標は一頭倒す事ですね」
「だな、じゃあよろしく頼むよ」
俺の足元にはアクアとサクラが、クーヘンにはドロップとミストが付いている。アンキロサウルス程度の突撃なら、なんとかスライム達でも防げるらしい。
すると、少し離れたところで見ていたハスフェルが思い出したように声をかけてくれた。
「ああケン。それなら西アポンの街で買ったミスリルの槍を使ってみろ、あの槍なら、アンキロサウルスの鱗如きは軽々と貫くぞ」
「何それ怖い!」
思わず叫んだ俺は間違ってないよな?
あの、ガチガチの鎧みたいな鱗を軽々と貫くって……ミスリル怖い。
だけど、確かに剣よりも槍の方が安全度は高そうだ。
頷いた俺は、剣を鞘に戻して足元にいたアクアからミスリルの槍を出して貰った。
出してから、今ならクーヘンから丸見えだと思って焦ったが、振り返るとドロップが伸び上がってクーヘンに何か話している真っ最中でした。
あれはどうなんだろう? 偶然? それとも、ドロップもサクラとアクアの事を知ってて協力してくれているのかな?
足元のアクアを見ると、頷くかのように紋章が上下した。
「ドロップは知ってるよ。それで、アクアが何か出す時はああやって誤魔化してくれてるんだよ」
小さな声でそう言われて、俺は笑ってアクアの紋章のところを撫でてやった。
「そっか、仲良くしてるもんな」
「だよー。仲良しだよー」
「じゃあ、万一の時はよろしくな」
改めて取り出した槍を持ち直す。
「あれ? この輝きって、今使っている剣と同じじゃんか」
思わずそう呟いて、改めて槍を見る。うん、この輝きは間違い無い。
「って事は……俺の剣もミスリル製だったのか。ほお、知らなかったよ」
納得して小さく笑った。
確かにあの剣はよく切れたもんな。そっか、あれもミスリル製だったんだ。シャムエル様、また随分と良い剣をくれてたんだな。
ちらりと横を見ると、右肩に座ったシャムエル様は胸を張ってドヤ顔だった。
「ありがとうな。色々感謝してるよ」
笑ってもふもふの尻尾を突っつき、改めて槍を構え直した。
それから軽く深呼吸をして腰を落として槍を構えたまま、ゆっくりといちばん手前にいるアンキロサウルスに近づいて行った。
前回と同じく、俺をちらりと横目で見ただけで全くの無反応だ。
「やっぱり無視されると腹立つよな!」
そう叫んで、足元を斬りつけ、思い切り突き刺して飛び下がった。嫌がるように身じろぎしたアンキロサウルスだったが、斬りつけた足は重い体重を支え切れずに音を立てて倒れ込んだ。
「今だ!」
クーヘンが短剣を振りかざして火の玉を腹側で爆発させた。
「うわあ! すっげえ熱い!」
熱気が襲い掛かってきて、慌てて俺は手をかざして顔を守って下がる。
しかし、顔を上げて見た光景に、俺は槍を構え直してそのまま突進した。
横倒しになっていたアンキロサウルスの腹に、吸い込まれるようにミスリルの槍が突き刺さる。
次の瞬間、アンキロサウルスは巨大なジェムになって転がった。
「うわあ、改めて見るとデカい!」
地面に転がった巨大なジェムは、バスケットボールよりも大きいぐらいだ。
幸い、前回と違ってここで穴イノシシが突っ込んで来る事も、金色の巨大なティラノサウルスが現れる事もなかった。いやまあ、金色ティラノサウルスは姿を変えてここに居るんだけどね。
「じゃあ、ジェムは交互に確保しましょう。次は私がいただきます」
やる気満々なクーヘンの言葉に、俺は笑って槍を持ち直した。
俺達が二人掛かりで頑張っている間に、ハスフェルとギイも大奮闘してくれていた。
二人で協力して倒したアンキロサウルスが十匹になったところで、一旦休憩していたら、奥から何やら物凄い音が聞こえてきたもんだから、思わず心配になって二人して見に行きました。
まあ、相手は神様二人だから心配するだけ無駄だとは思ったけどね。クーヘンが心配そうにしていたから、一応確認に行ったんだよ。
奥が見えないほどに広いここの空間は、地面はなだらかな凸凹で、所々に合体して巨大な柱になった石柱があり死角が多い。
その巨大な石柱の奥にある、一段下がった別の広場で、二人はそれぞれ嬉々としてアンキロサウルスの亜種のジェムを量産していた。
普通なら群れの中に亜種が混じっているんだが、アンキロサウルスは、普通種と亜種が別々にいるらしく、俺たちがいた場所には亜種はいなかった。しかし、アンキロサウルスの亜種はとにかくその大きさが桁違いだった。
そして尻尾の先の瘤がはっきり言って凶器レベル。
ブンブン振り回して、当たった地面がえぐれて大穴が開いていたよ。石灰質の硬化した地面は、ツルツルのカッチカチなんだけどなあ。
普通種は、動きも鈍いし足止めさえすれば狩るのはまあ俺達でも何とかなるレベルだが、あいつらが戦ってるのを見て、亜種は絶対無理だと思った。
とにかく動きが桁違いに早い上に、あの突撃。あんなの下手に当たったら交通事故より悲惨な事になるぞって。
その亜種を相手にして、嬉々として暴れている二人を見て、俺達は顔を見合わせて黙って首を振って元いた場所に戻った。
しかし、俺達がいない間に、残っていたアンキロサウルスは従魔達が殆ど駆逐してくれたようで、水浸しの地面には、数え切れない程の巨大なジェムがあちこちに飛び散っていた。
「ああ、以前ケンが言っていた、これが本当の一面クリアですね」
「だな。確かにそうだよ。うわあ、なんて言うか……アンキロサウルスごめん、って感じだな」
「ですね。十頭倒して喜んでいたのが恥ずかしくなってきました」
もうこうなったら笑うしか無い。
ジェムを拾い集めているスライム達を見て、もう一度顔を見合わせた俺達は乾いた笑いを零して肩を竦めたのだった。
「ご主人。集めたジェムってどうしたら良い?」
アクアとサクラが足元に来て伸び上がって俺に尋ねる。
「ええと、最初に俺達が倒した十匹分は、半分にするから五個は確保してくれ。後はまとめて……」
「駄目ですよ! ケン。従魔達が倒したのも半分に分けますよ!」
「ええ、開店資金の為のジェム集めなのに、俺が半分ももらったら意味無えじゃんか」
「いやいや、半分ずつって約束でしょうが! まさかこんなに集まるなんて思いませんでしたから、もう充分ですって。お願いしますから、きちんと半分引き取ってください!」
「まあ確かに、あいつらの分もあるもんな」
小さく笑った俺は、足元のアクアとサクラにお願いした。
「じゃあ、半分はクーヘンに渡してくれるか。残り半分は俺がもらうよ」
「分かった、じゃあそうするね」
二匹が嬉しそうにそう言って、ドロップの所に戻って行った。
見ていると、そのままミストと一緒に三匹揃って奥にいるハスフェル達のところへ行ったから、どうやら向こうも一面クリアしたみたいだ。
「おい、そっちは終わったか?」
戻って来たハスフェルの声に、俺達は振り返った。
「ああ、とりあえず二人で十頭倒したよ。そのあとは、あいつらが大張り切りしてくれたよ」
「まあ、二人で十頭倒せれば大したもんだよ。洞窟専門の冒険者達でも、アンキロサウルスを十頭倒すのは容易では無いぞ」
ハスフェル達の戦いを見た後で聞けば、洞窟専門の冒険者も大した事ないって思いそうになるけど、それは絶対違うよな。そう思っちゃ駄目なんだよな。比較対象がおかしいだけで、洞窟専門の冒険者って、はっきり言って上位冒険者の中でも精鋭らしいもんな。
その時、シャムエル様が不意に俺の右肩に現れた。
「お疲れ様。かなりのジェムが確保出来たみたいだね。それよりハスフェル。洞窟に誰か入ってきたよ。恐らく洞窟専門の冒険者達だと思うけど、どうする?」
「何処にいる?」
驚いた俺に構わず、ハスフェルが真顔でこっちを向いた。
「一番最初の、トライロバイトの百枚皿のところで展開してる。全部で五人いるね」
「まあそこなら問題ないさ。奥まで入るほどの腕ではないか?」
「だと思うけど。まあ注意しておくよ」
「頼む、俺達はもうそろそろ戻ろうかと思っているんだが、それなら別の道から出るか」
「ええと、それってつまりそいつらと会わないようにする為?」
すると、ハスフェルとギイは困ったように顔を見合わせた。
「まあ、冒険者全部が善人って訳じゃない。特に、こういった局地へ来る奴は、大抵が自分の腕に絶対の自信を持っていて、奥から俺達が出て来たと知ったら、絶対にどうやって入ったと絡んでくる。下手をしたらテリトリーを荒らしたとか言う奴がいたりするから、こういった場所では余程の事がない限り、他の冒険者とは会わないようにしているんだ。ケンは人間と争うのは嫌なんだろう?」
無言で何度も頷く俺を見て、ハスフェル達は肩を竦めた。
「俺達だって、襲って来られれば応戦するが、好んで人と戦いたくは無い。まあそんな訳だから、また別の道から戻ろう。昼飯は外へ出てからかな」
「お任せします。ついて行くから、そいつらとは会わない方向でお願いします」
俺の言葉に、ハスフェル達は頷いて入って来た時とは違う通路を指差した。
「じゃあ先ずは地上へ出よう。それから飯を食って従魔達の狩りを兼ねてゆっくり街へ戻る事にしよう。何なら途中でジェムモンスターの巣に連れて行ってやるぞ」
「あ、それは良いですね。是非お願いします。出来れば持っていないジェムで」
目を輝かせるクーヘンに、ハスフェルは笑って親指を立てた拳を突き出したのだった。
おお、帰りもまだ戦うみたいだ。
まあ良いやこれも弟子の為、弟子の為。